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EP.55  チェスターの兄

 

 事実、チェスターの兄と会うというのは、紗和にとって死活問題である。なんせ弟ですらまだ直視できていないというのに、その更に上を行くであろう麗人を見ろということは本当に難題なのだ。

 供にはチェスターを始め、エドガーやアーヴィン、そして今回は珍しくエイダもやってきた。五人で馬車に乗ると、少し手狭な気がするが、小柄なクリスティアナではそう苦でもない。


 ちなみにモンスター三兄弟はベティとコリンが面倒を見てくれている。彼らは三匹のかわいさにすっかり参ってしまったらしく、最近では率先して相手をしてくれていた。

 

 チェスターの話によると、彼の父とキースは顔見知りであるらしく、その上家も近辺にあるのだという。


 ―――いや、近辺っていったってそれぞれの屋敷がでかすぎるからそんなに近所でもないんだろうけどね。


 背後に遠ざかる公爵の屋敷を見やりながら紗和は小さく付け足した。


 「私の父は伯爵で、キース様にお使いする身なのですよ」


 馬車の中の沈黙を破るために、チェスターが口を開いた。


 「伯爵って、どれくらい偉いの?」

 「爵位第三位に値するものです。まぁ、普通の貴族と比較すればそれなりに高いでしょうね」


 エドガーの豆知識に頷いて、紗和は外に視線を戻した。

 しばらく静かに外だけを見ていれば、馬車の窓越しに見えてきた大きな屋敷があった。キースの本邸よりはやや劣るものの、十分な大きさである。


 ―――もうある程度の事になら驚かない自信が出来たわよ。


 紗和が少し遠い目をしていると、馬車は静かに門をくぐり邸の目の前に小さな音を立てて止まった。


 まずは男性達が先に下りて、エイダと紗和が降りる際の手助けをする。

 エイダは侍女なので立場上そんなことをされる身分ではないのだが、クリスティアナの側近達は根っからの紳士なので、自然と手を差し出してくるのだ。

 伸びてきたエドガーの手を照れたように取って馬車から降りたエイダの後に続いて、紗和はアーヴィンの手に引かれて地面に降り立つ。


 「ありがとう」

 「いいえ」


 アーヴィンに礼を言って顔を見れば、とても強い瞳で見つめられた。


 ―――あぁ、まただ。


 紗和は心の中でため息をつき、不自然に思われない動作で彼から離れる。


 「それではご案内します」


 チェスターが歩き出した。

 彼に続いて邸の玄関を潜り抜ければそこに広がるのはキース邸と同じ大きなホール。その端には木材で出来た螺旋階段も見受けられる。


 「チェスター様、お帰りなさいませ」

 「ただいま戻りました」

 「お久しぶりでございます」


 執事らしい壮年の男性に笑いかけているチェスターと並んであいさつをするのは、クリスティアナの執事であるエドガー。


 エドガーが話を始めた頃合いを見計らって、紗和はチェスターの隣に並ぶ。


 「さすが貴族のお屋敷ね」

 「ですが、キース様の本邸ほどではありませんので、サワ様もそう驚かれはされませんでしょう?」


 確かに驚きはしないがと頷くも、それでも物珍しそうに辺りを見渡していた紗和は、ある人影が視界に入ってきたことに気づき慌ててその者へと視点をあわせる。


 「チェスター!!」


 髪は女性と見間違うほどに長く、その声も中性的なものではあったが、その服装から察するに男であると思われる。如何せん布のようなもので顔を覆っているため表情すら判別できない。見えるのは布の上からのぞく瞳だけ。

 螺旋階段から降りてくるその男性は色素の薄い茶髪の長い髪を三つ編みにしている。彼が動くたびにその長い三つ編みが楽しそうに揺れていた。


 チェスターがかの人に気づき声を上げた。


 「あ、あねぅ」


 次の瞬間、何かがものすごい速さでチェスターと紗和の間を走り抜けた。あまりの速さに、サワとチェスターの髪が風を受けて軽くなびくほどだ。


 「………へ?」


 恐る恐る『自分の隣』を過ぎ去ったものの行方を追って後ろを振り返れば、『壁に見事に突き刺さった』『何か』を見つけた。


 目を点にして壁に突き刺さっている『何か』を凝視していれば、チェスターがなにやら深いため息をついてその『何か』を壁から取り外した。


 「私の失態です。申し訳ありません」


 チェスターは執事を見て苦笑した。

 外された壁には、小さな罅が刻み込まれている。きっと修復が必要になるに違いない。それを含めてチェスターは執事に謝ったのだと思われた。彼がこの屋敷の管理をしているのだろうから。


 主の一人である青年の謝罪を受けた執事はこちらもなにやら苦笑して頭を振っていた。

 なにやら慣れている風でもある。


 そんな中、紗和はただ黙ってチェスターの持っている『物』に注目していた。そして零れたのは本当に些細な、けれどある意味基本的すぎる疑問。


 「な、なんで『櫛』が、『壁』に突き刺さるわけ………?」


 しかも丁寧に罅まで作って。

 まるで忍者が手裏剣を投げたようなものではないか。いや、手裏剣は壁に突き刺さることは物理的に不可能だということを、誰かに聞いたことがある。


 「それは弟へのプレゼントだ」


 いつの間にかチェスターの兄であろう人物がすぐ傍にやってきていた。


 「ありがとうございます」


 チェスターも苦笑いながらお礼を言っていた。

 そんな彼らのやりとりを、紗和は目を白黒させながら見守る。


 「あぁ、彼女が聖女様だね。弟がいつも世話になっている」

 「………始めまして」

 「申し遅れたが、私がチェスターの兄、アルフレッド・バーンズだ。今後はアル、と呼んでくれて構わないよ。はっはっはっ」


 そう言って、アルフレッド―――アルは、紗和の手を取ると非常に大げさな握手をしてきた。彼のされるがままに腕を大きく上下に揺らしながら、紗和は乾いた笑みで対応する。


 チェスターの兄だというから、それはそれは麗しい感じの人を想像していたが、これは一体どういうことだろう。握手をし終え気が済んだらしいアルが、傍にいた側近達に興味の矛を移したので、紗和はその様子を注意深く見守る。


 執事との会話を済ませたらしいエドガーも視線をアルに向けていた。それを目敏く発見したのは、他でもない視線を向けられていた張本人である。


 「やぁエドガーくんではないか。久しぶりだね、どうだい元気にやっているかな。いやいや、返答はいらないよ、見る限り君は元気そのもののようだしね、はっはっはっ」

 「………アル様も、相変わらずのようで」


 エドガーが言葉少なに返事を返すのも珍しい。というか、少し引き気味である。


 「おや、君は?見かけない顔だね」


 アルの関心はエイダに移った。一点に関心が向かない、忙しい人のようだ。

 アルの質問を受けて、エイダが無敵の笑顔を浮かべたまま服の端を掴み深々と頭を下げる。


 「お初にお目にかかります。わたくし、クリスティアナ様の近辺のお世話をさせていただいている侍女、エイダ・アボットと申します」


 侍女という身分である以上、余計なことは言わない。さすがはキース邸に仕える侍女。仕草や作法は完璧だ。エドガーも誇らしげに頷いているのがわかる。

 静かにエイダの様子を見守っていたアルはそれからにっこりと笑って、彼女と大きな握手を交わした。彼の中では身分差は大した問題ではないようだ。


 そして最後に残されたのはアーヴィンである。

 アルはアーヴィンを見て言い放った。


 「おや、君も居たのかい。これは失敬、気づかなかったよ。はっはっはっ」


 ―――チェスターくんも、アーヴィンくんには強気だったけど、お兄さんも同じだったのね……。




 ちらりとアーヴィンに視線を向ければ、小さくうな垂れている彼が見えた。



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