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EP.53  ダンスレッスン


 

 「そもそも、貴族の令嬢のような気分を味わっているという言葉がおかしいんですっ。あなたはれっきとした公爵令嬢なんですよ!」

 「エイダもきちんと自分の立場を弁えなさい!満喫中とはなんですか、仕事中なのですよあなたは!!」


 エドガーとベティがタッグを組めば、それはそれで最強だ。


 「私達は今、サワ様のためにここにいるんです、それをお忘れですか!なにを男と女がどうとかこうとかと下世話な話をしているんです!?」

 「下世話って、ちょっとした世間話じゃないのよぅ。女の子はこういう話題が好きなの。それは古代より私達の脳に刷り込まれたことなんだから」


 エドガーの言葉に紗和が反論する。

 紗和の場合、確信犯なのか素でやっているのか判断に難しい。口元がにやけている辺りが、計画的犯行にも思えるし、冒頭の会話は天然でやったのかもしれない。


 だが彼女の笑顔でニコニコ笑っている侍女は確実に素だ。

 わかっているからこそ、彼女の対処はベティに任せることにする。


 「……よくわかりました。やはり人間、見て覚えるよりも実際に慣れてもらうほうが良いのかもしれませんね」

 「へ?」

 「私はちゃんと忠告しましたよね、しっかりと見ておくように。先ほどアーヴィン達が踊っていたのが主流のダンスです。サワ様、どうぞ部屋の中央へ」

 「げっ」


 紗和の顔がたちまち醜く歪んだ。ただし、クリスティアナの顔なのでやはり可愛らしいままではある。醜く歪んだのは、紗和の心だ。


 「サワ様」


 アーヴィンが手を差し伸べている。これは逃げられる気がしない。

 一つため息をついて、リョクをエイダに渡した紗和はゆっくりと思い腰を持ち上げる。

 向かって左側の手をアーヴィンの右手に乗せると、反対側の手で彼がクリスティアナの腰に手を回した。


 「左手を俺の腕の上に置いてください」

 「はい」


 普通ダンスといえば、男性は女性の腰に手を回し、女性が男性の肩に手を置くのが一般的だ。しかしアーヴィンは紗和に対して、自分の腕に手を置くように言った。しかもそれは彼の二の腕の事を示す。

理由は至って単純だ。

 アーヴィンの胸元までしか身長のないクリスティアナでは肩まで手が、届かない、のである。


 「もっと背筋を伸ばしてください」


 近くに立っているベティが時々助言を加える。


 「テンポが遅れています。少しでも遅れると殿方の足を踏みかねません。基本的なリズムは一緒ですよ」


 そう言って彼女は一定のリズムの手拍子を叩いて、紗和の足踏みのテンポを整える。


 「む、難しい」

 「慣れるまでは大変でしょう」


 眉を寄せて足元を見つめる紗和に対して、アーヴィンが目尻を下げて慰めの言葉を送る。

 彼としてはさきほどから紗和の触れている腕の部分が尋常じゃないほどに熱を持っているような気がしてならないのだが、必死に冷静を装っていたりする。

 しかもその理由が今一わかっていないときたものだから、彼自身溢れてくる汗をどうしようもなく持て余すのだ。

 近々もう一度エイダに話を聞いてもらおうかと思案をしながら、ステップに沿って、紗和の体を支えたまま一回転をした。


 その後更に曲を二、三曲踊り、エドガーが終了を知らせる手を叩いた。


 「それでは、今日のところはここまでとしておきましょう。また明日、同じ時間に」


 良いのですね、というと同時にエドガーの睨みが紗和を射るように向けられる。これは暗に逃げても無駄だと言っているのであった。


 ―――逃げはしないわよ。


 紗和は内心ため息をつきながら、足元でまだ跳ね回っていたランを抱き上げ頬擦りをした。このふにふに感と、腕の辺りだけを持ち上げたときに力なくだらりと伸びる体が本当に愛おしいと思う今日この頃だ。


 ―――ちゃんと練習しないと、恥をかくのは私だし。


 ランと戯れる紗和を、アーヴィンが優しく見つめている。


 キースとエドガー、ベティはなにやら話しをしていて、演奏をしていた四人は各自己の楽器を直しているところだ。故に、アーヴィンの少し意味合いが異なるようにも見えるその面差しを見ることが出来たのは、エイダとコウの一人と一匹だけ。

 エイダは微笑ましそうに見つめていたし、コウは少し興味深そうに大きく紅いその瞳を微かに細めた。


 「そうです、サワ様」

 「ん?」


 まだ手のひらに収まるほどの小さな体を持つランは、紗和の肩を使い頭の上によじ登ろうとしている。それを手で支えつつ好きなようにさせていた紗和は、エイダの声を聞いてゆっくりとだがその顔を彼女の方へ向けた。

 同時に、紗和の頭の上に体の上半身を覆い被せていたランもエイダの方を向く。


 「サワ様が本来の姿でアーヴィン様と並ぶと、どれぐらいの身長差が出来るのですか?」


 エイダは何気ない質問をしたつもりだった。

 紗和も、なんてことない、普通の質問を受け取ったつもりだった。だから、普通に返事をした。


 「ん~、多分、アーヴィンくんの……丁度肩ぐらいが私の目の位置になるんじゃないかな」

 「まぁ、思ったよりもかなり身長がおありなのですね」

 「まぁ、それなりにね」


 床に伏せをしていたコウが、耳をひくひくと動かし上体を起こすと、そのまま優雅に紗和の足元へ寄っていく。

 リョクもエイダの腕の中で目を覚まし、なにやら鼻を微かに動かしながら部屋を見渡すように首を回す。


 「よし、部屋に戻るか」


 紗和は持ってきていた小さな籠に三匹を入れ、その上に布の蓋をする。この屋敷の人間はモンスターの事を知らない。

 知っているのはここに居る十人だけ。


 知られればきっとまた面倒ごとに巻き込まれてしまうだろう。だから紗和は、あえて隠し続けていた。


 三匹もそれを分かっているのか、籠に入れられた時や紗和が静かにしているように促した時は、きちんと大人しくするようになった。ただ、時々ランが異常に騒ぎ出しそうになる時がある。その時はコウがすぐに彼の尻尾を踏んで黙らせているのが常だ。ちなみにリョクはそんな兄姉を横目で見つつ、我関せずという体勢を崩さない。そしてそういう場合、彼は決まって大きな欠伸をした。


 「エイダ、行こう」

 「はい」


 カートを押しながらエイダが返事をする。


 「それじゃあ、また後でね」


 彼らが去った後の部屋は、異様なほどに静まり返っていた。





 「ねぇ、エイダ」

 「はい?」

 「………あなた、本当に私の心を読んでるみたいよね。時々本気であなたが普通の人間なのか疑うときがあるんだけど」

 「なんのことでしょう」

 「深くは追求しないわ。………ありがとう」

 「なんのことかは存じませぬが、どういたしまして、と言っておきますね」


 そう言って笑ったエイダの瞳は、静まり返った湖を宿しているように、紗和は思った。





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