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EP.52  嬉しくない招待状


 

 本邸に入って二日の間は、紗和は好きなようにさせてもらっていた。


 もっぱら屋敷の中を見て歩くだけの生活ではあったが、それぞれの部屋に所狭しと並ぶ調度品を見るたびにどこかの博物館に迷い込んでしまったかのような気分になり、飽きることはない。


 もしも写真でよく見かける城を縦長いと評すのならば、この屋敷は横長いといえた。

 横に大きく広がっているそこにはいくつもの窓が続いていて、それは四段階に分かれていた。つまり、入り口前にホールのある階を地上階にするならば、その次、クリスティアナとキースの寝室、客間がある階が一階ということになる。

 二階にはエドガーやフランといった側近達の寝室があり、その上の三階には侍女達の寝泊りする部屋があった。

 そして地下にあるのが、使用人の男性達の寝室と物置、そしてキッチン。

 小さな窓が備え付けられているので、昼間は日の光が入るし、蝋燭をともせば食事は作れる。地下は物を保管しやすいので、ワインの蔵もあった。

 元々ワインが好きだった紗和が物欲しそうな顔で側近達を見上げればすぐにだめだと言われ、その後こっそりと使用人に味見をさせてもらおうと思えば、それに気がついたフランに蔵から摘み出されてしまった。


 ―――今度は誰にも見られないところでこっそりと。


 もちろん反省の色は、ない。


 地上階の入り口とは反対に位置する場所にあるのはキースの奥方が趣味でしていたという小さな庭 と、日光が燦々と降り注ぐモーニングルーム、つまり憩いの場所だ。

 小さな庭は、それこそ数は減ってしまっているものの、残された花々たちが綺麗に咲き誇っていた。これはいかに奥方が使用人達に慕われていたかを示していると、紗和は思った。

 ここでも、家庭菜園が趣味だった紗和は、後でキースに花を育ててもいいかと聞いてみようかとも思案した。だが、ここは奥方の大切だった場所だ。それを赤の他人の女である紗和が手を加えることを、きっと屋敷の主は喜ばないだろう。

 紗和は潔く諦めた。

 その代わり、別の場所にある庭の一角を貸してもらえるか交渉してみようと思う。



 二日目のお昼、ようやく大体の場所と部屋の利用方法を把握で来た時、二階にあるキースの書斎に呼ばれた。


 二階に上がるための、銀で出来た螺旋階段を上がる。

 そこから真っ直ぐ進んでちょうど突き当たりの右側にある扉を開けば、キースが机の上で書き物をしているのがわかった。

 その隣にはフランとチェスターが居る。

 この屋敷に帰ってきてから、彼らはキースに付く事が多くなった。なんとなく補佐官のようだ。


 「サワ殿、どうだい、屋敷の様子は」

 「豪華すぎて、迂闊なことができないのは問題ですけど、まぁとりあえずは大丈夫です」

 「………迂闊な事かい……。何をしようとしていたのか非常に気になるところだけど、今は聞かないでおくよ」


 そう言ってキースが笑えば、紗和も心の底から笑い返した。


 ―――さすがは大人な男の対応ね!これがエドガーときた日には、きっとぐちぐち言ってくるわ。


 「……なんですか」

 「別に」


 エドガーと目が合い、すぐに逸らした。


 「それで、今回呼び出した用件なんだが……」


 そこでキースが始めてなにかを渋るような表情をした。言おうか言うまいか思案している風である。思案顔は良く見るが、こんな風に言い澱む姿は珍しい。


 ―――むちゃくちゃ嫌な予感がするんですけれども。


 そして紗和は知っている。自分が感じるこの「嫌な予感」が、ほぼ八割の確立で当たるということを。

 分かりやすく言えば、六発入る拳銃のうち、五発には弾が入っているという計算になる。その銃を向けられたものは、ほとんどが、死ぬ。


 「やはり噂というものは怖いものでね、貴族達の間には今、一つの噂が飛び交っている」

 「噂?」


 キースがため息をついて紗和を見た。


 「………オールブライト公爵の一人娘、数百年ぶりに現世に現れた聖女。病弱だった彼女がようやく体調を持ち直し、近々社交界デビューをするらしい、と」

 「は?」


 後の側近達曰く、この時の紗和の顔は、もう少しで顎が外れるのではないかと本気で危惧したほど、大きく口を開いたまま目を見開いていたらしい。

 それを聞いた紗和は、『どれだけアホ面晒してたのよ、私』と笑って返した。


●  ●  ●  ●  ●  ●


 キースの言い分では、体調が戻ってしまったと知られてしまった以上、社交界デビューは免れないとのことである。


 紗和の方の言い分は、自分はただクリスティアナの体力回復が目的なのであって、あんな貴族のドロドロとした腹の探りあいの場になんか死んでも行きたくない、という。


 「というか、あなた、何故そんなに社交界に詳しいのですか」


 エドガーが驚いて尋ねてきた時、紗和の拒否する言葉の力強さが増した。


 「公爵の娘である以上、いつかは出なくてはいけないんだよ」


 キースの顔が困り果てていた。彼としても、申し訳ない気持ちはあるらしい。


 「公爵って良く聞くけど、そんなに偉いんですか?」


 キースは先ほどから、『公爵の娘だから』という言葉を多用しているので、それが少し気になった。

 紗和の質問に、部屋に居た人物達が面食らった顔をした。


 「公爵といえば、爵位第一位に相当します。この辺りは彼が納める領地の一部でもあるのですよ」


 チェスターの控えめな言葉が聞こえた。

 紗和はそんなに驚かなかった。いや、もう驚くことに疲れてしまったのだ。

 逆に、キースがあまり家に居なかった理由をチェスターの言葉の中に見つけた。


 「私の地位の話もあるが、それ以前に時間がない」

 「どうして」

 「もう、招待状を受け取ってしまった。宛名はもちろん、クリスティアナだ」

 「………」


 もうすでに外堀は埋められつつあったのである。


●  ●  ●  ●  ●  ●


 数日後にダンスパーティに参加することになった紗和は、ダンスレッスンを受けるべく一つの部屋を訪れていた。


 そこは地上階の右端に位置する場所にある大きな一室。

 大きなシャンデリアと大きな窓、そして小さなステージが片隅にある以外は殺風景なその部屋が、ダンスレッスン教室となった。

 昼の太陽の光が目一杯に降り注ぐその部屋に居るのは、側近六人とキース、そしてベティ、エイダ、紗和の合計十人。もちろん三匹のモンスター達も居る。


 紗和は壁の傍にある椅子に腰かけ、その隣には紅茶セットの乗っているカートを携えたエイダが佇んでいる。リョクはもちろん定位置である紗和の膝の上。キースも、そんなに遠くない所に座っていて、エドガーは紗和の隣、エイダとは反対側の位置に居た。コウはエドガーの足元に優雅に座り込んでホール全体を静かに見渡している。


 小さなステージに上がり、演奏の準備をしているのは、フラン、コリン、チェスター、ベリアの四人。フランは洋ナシのような楽器を椅子に座って構えており――楽器の名前はレベックというらしい――ベリアは小ぶりなグランドピアノ、コリンは横笛を吹く準備をしていた。チェスターに至っては持っているハープと女物のドレスを纏う彼があまりにも似合いすぎて、紗和は一瞬声を無くした。


 部屋の中央にはアーヴィンとベティが立っている。ランは彼らの足元をうろちょろ走り回っていた。

どうやらこの二人が模範となるらしい。


 「お嬢様、とりあえず、最も主流であるダンスをお教えします。アーヴィンはもちろん、ベティーナの動きも注意してみていてくださいね」


 エドガーの声に素直に、紗和が素直に頷いたのを確認して、四人が音楽を奏で始めた。

 ゆっくりと、楽器一つ一つの音を聞かせるような伸びやかな曲。優雅で、それでいて煌びやかな音楽を聴いていると、なにやらとても気持ちのいい気分になってきた。

 踊るアーヴィンとベティの足元をランが器用に飛び回っているのがまた面白い。


 足を組んで、エイダの差し出してきた紅茶を受け取った紗和は、隣に立つ侍女を見上げて笑った。


 「いいわね、なんかどこかの貴族の令嬢になったみたいよ」

 「えぇ、本当に。わたしも、貴族のお嬢様に仕えるメイドのような気分を満喫中です」

 「「「「「「「………」」」」」」」


 フランが、弦を一つ引き間違えた。

 エドガーが視線を隣に向けた。


 「……ベティーナ、て、手が」

 「っ、アーヴィン様、申し訳ありませんわ」


 そんなやり取りが、見本を見せている二人の間で行われていた。

 そんな事を知る由もない少女二人の会話は続く。


 「見て見て、やっぱりあの怖いベティも、アーヴィンとかの前じゃ一人の女に戻るのねぇ」

 「それはもちろんですよ。アーヴィン様、あれでも側近の中では一番人気の高い方なのですよ。もてもて、なのですから」

 「う~ん、あの好青年っぷりにやられるお嬢様が続出なのね。そうね、素敵な人の前じゃ、どんな女性も女に戻ってしまうものなのね……」

 「それが男と女の宿命なのですよ」

 「興味深いものよねぇ」


 エドガーの、隣を見つめる視線の温度が急激に下がってきた。

 今度はチェスターが弦を間違える。


 「いっ」

 「ベティーナ!申し訳ないっ」

 「え、えぇ……えぇ、よろしいのです」


 アーヴィンがベティの足を踏み、慌てて謝罪した。それに対してベティは笑って返す。アーヴィン曰く、悪魔の笑みだったそうだ。


 それでも尚、そんな事を知る由もない紗和とエイダの会話は続いた。


 「そうでした。サワ様、これ、料理長からです」

 「わぁ、おいしそうなタルト!……なんかさ、よくタルトくれるのよね、みんな」

 「だって、紗和様が言っていらしたんですよ?この国のタルトは、今まで食べた中で一番おいしいって。本邸に戻られてからは、新しい種類を増やすのだと息巻いておられるんですから」

 「それは楽しみだ」


 そう言って紗和はタルトを頬張っていく。


 「こんなに贅沢してたら、ほんと、冗談なく太っちゃう気がするんだけど」


 紗和がそう言った時だった。


 「でしたら、食べなければよろしいのでは?」


 向かって左隣から、地を這うような声が聞こえた。

 見ればエドガーがこれ以上にないほど口元を引きつらせている。その額に浮き出る青い線は一体何本あるのだろうか。いつの間にか、音楽も聞こえなくなっていた。


 「お嬢様!!エイダ!」


 ベティもすごい形相でアーヴィンから離れ、こちらに向かってくるではないか。


 「どうしたの二人とも。そんなに怒ってると早く老けちゃうよ」


 紗和の忠告に、一旦二人は黙り込んだ。

 しかしそれは、怒りを溜めるためのものであったらしい。


 「「それはあなた方のせいでしょう!!!!」」


 次の瞬間、その場に居た者の肩が一瞬でも揺れるほどの大きな怒号が響き渡った。





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