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EP.50  ラックン


 二つの長椅子のうち、一つをラクザレスが一人で占領している。そしてその向かいにあるもう一つの椅子に、紗和とサイラスが座っている。最初は見せ付けるように広がっていた二人の距離も、徐々に縮まってきていた。


 「ほれ、お互い初対面じゃろ、自己紹介でもせんか」


 空気が落ち着いてきたところで、見てくれが一番年長者であるサイラスがそう切り出した。


 「あ、それもそっか。……始めまして、マチダ・サワといいます。ダイちゃんとは仲良くさせてもらってます」


 サイラスの言葉に素直に従って、紗和はラクザレスに向かって頭を下げた。


 それを横目で確認していたサイラスは誰にも気づかれないように小さく笑う。

 少しずつ自分の傍に寄ってきたところと言い、こうして素直に自分の言葉に従うところといい、先ほどまで自分をおちょくっていた娘とは思えない姿だ。幾ら他の人間より年上だといっても、言動が大人であっても、彼にしてみたら紗和はまだまだ若い娘である。ただ、人一倍捻くれているだけで。


 「お、おぅ。俺はラクザレスだ。お前のことはジョンダイルから聞いている。………苦労してんだろう」

 「ははは、まぁ。………それはお互い様でしょう?」

 「ちがいねぇ」

 「「はははは」」


 二人の会話を聞いていた、サイラスは小さく涙を拭った。

 自分も若い頃は相当苦労したものだ。


 「……あやつは、根っからの天使気質じゃからのぅ」

 「天性のわがままだぜ、まじで」


 ラクザレスの死んだ魚のような目が常以上にやる気をなくしていた。


 「………」


 幼馴染にいわれように紗和は口元を引きつらせた。

 確かに彼らの言葉に異論はない。というか、寸分違わず同じことを自分も思っているのだから救いようがない。


 「でも、嫌いきれないんですよねぇ」


 紗和がため息をつく。


 「最後には許してしまうんじゃのぉ」


 サイラスが頭を振った。

 それがジョンダイルという人間、もとい、天使だった。


 「じゃあ、ラクザレス、さん?」

 「ん?……さん付けなんてみずくせぇ、呼び捨てでかまわねぇよ」

 「愛称でも付けてやったらどうじゃ、ジョンダイルのように」

 「え、でも」


 サイラスの悪戯を思いついたような目を見つめ、しかし紗和は躊躇うように言葉を濁した。するとラクザレスが再びため息をついた。

 やる気のない様は、仕様なのかそれとも素なのか。


 「おいおい、初対面で人の面引っ叩いといて今更何言ってんだよ」

 「………っ」


 痛い所を突かれた。

 今更取り繕ったところでもうすでに時遅し、である。

 ここは開き直ることにしよう。彼らを前に猫を被ってもいいことなんてない。あるのは非常に不愉快な気持ちを抱くということだけ。


 「じゃあ遠慮なく。ラクザレス……ダイちゃんはジョンダイルだったから、んー、ラックンですかね、やっぱり」


 口の悪い堕天使をラックンと命名するのに、そう時間はかからなかった。


 「てめぇ、最初っから考えてただろ」


 あまりに早すぎる命名時間にラックンは心持少しだけ地を這うような声で言った。目の前ではサイラスが爆笑している。


 「だって良いっていったじゃない」


 悪びれる様子のない紗和を見て、彼女が普通ではないことを思い出した。

 それに紗和自身、指摘されまでもなく勝手に愛称を考えていた。心の中ではその愛称で呼ぼうかとも思案していたりしたのだ。そちらの方が楽なのだし。

 けれどこうして公認してもらえるならばありがたくお言葉に甘えよう。


 「ら、ラックンじゃとっっっ」

 「おい、サイラス、てめぇ、いい加減黙りやがれ」


 腹を抱えて笑う悪友を見るのは何年ぶりになるだろうか。ラクザレスはそう思いつつ睨みを効かせながら悪友を見つめる。今にも窒息死しそうなほど笑われるのは癪に触るが、彼の久々の笑い顔を見ることができたのだから良しとしようか。


 不機嫌そうにサイラスを責めるその声はけれどそこまで怒っている風には聞こえない。

 二人は本当に仲がいいのだと、見ていた紗和は思う。


 「ラックンは、なんで地上にいるの?ダイちゃんは、天界から出られないって言ってたけど」


 だからこそ、自分とダイちゃんは鏡越しのやり取りを繰る返しているわけだが。

 するとラックンがなにやら人の悪い笑みを浮かべた。


 「企業秘密だ」


 そうして戻ってきた紗和からの言葉のキャッチボールは、意外にもあっさりしたものだった。


 「あっそ」


 紗和は関心がなくなったような表情で外を見やる。


 「そろそろ行かないと、みんな心配するかも」


 そのあまりに潔すぎる態度にラックンは唖然とした。


 「………」


 もう少しくらい食いついてくれもいいだろうに。

 その考えを読み取ったのだろう。前に座るサイラスが頭を振る。


 「相手が悪かったのぅ」


 それだけ言うと、彼は紗和に帰るように促す。


 クリスティアナの側近達は皆、差はされど非常に過保護な部分がある。特に片目に眼鏡をつけた執事の青年は酷い。昔一度だけ会ったことがあったが、それだけで彼がいかにクリスティアナを大切にしているかわかるというもの。

 果たして彼に、クリスティアナ以上に大切に想う者ができるのか些か疑問である。

 その傍ら、だが、という相対する気持ちを持ったまま、サイラスは今まさに部屋を出ようとする紗和の姿をその瞳に映した。



 あの破天荒な性格は、一体どこまでの人間を揺り動かすのだろうかと、まだ見ぬ未来に思いを馳せながら。



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