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EP.49  忌み嫌われるわけ


 

 十分な沈黙を保って、最初に紗和が言った言葉は呆れるほど単純な疑問の言葉だった。


 「堕天使ラクザレス、お主は知っておるんじゃろう?」


 サイラスが首をかしげる。


 「えぇ、知ってますけど、………おじいさんがかわいこぶる仕草をすると、これほどまでに気持ち悪いものになるなんてことも知りましたね、今」


 紗和の実に直球の批判にサイラスは口元を引きつらせる。


 「時間が経つ事にどんどん容赦がなくなっていく気がするんじゃが」

 「大丈夫です。気のせいじゃないです」


 紗和はにっこりと笑った。

 どうやら、この間の最後のやり取りは相当紗和の反感を買ってしまったらしい。

 再びサイラスと紗和、二人だけのやり取りに戻りそうになる。その流れを打破すべく美人さんが再び繰り返した。


 「だから、俺がその堕天使。ラクザレス」

 「……………………え?」


 またまた十分な間をおいて、それから同じような反応を返した。


 「はあああぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 一拍おいて紗和はソファから立ち上がり、これでもかというほど目を見開いて目の前に座る自称堕天使を見た。


 まるでなんでもないように名乗った本人だが、紗和にとっては衝撃的過ぎる。先日堕天使に関する本を読んだばかりなのだ。

 気分的にはまったく見も知らぬ金持ちの人間が急に目の前に現れて、自分に遺産相続が残されていたと手紙を渡しに来た時ぐらいの驚きだ。


 ―――って、驚く以前にどこの小説の話よ。ないないない、ありえない。ていうか、その人の気持ちもわかるわけない。


 自分で想像しておきながら真っ先にそれに突っ込みを入れた。

 そんな一人漫才はさておき。


 「ラクザレス?堕天使?あの追放された?」


 元から真相を知っていた男達は人の悪い笑みを浮かべながら、驚きに言葉をなくす紗和を見守る。先ほどから飄々としていた娘の驚く様は見ていて中々におもしろい。それを作った原因が自分達であるならば尚更だ。気持ち的には一泡噴かせてやった気分である。


 口元に手を当てていた彼女はさらに絶句するように呟いた。


 「こんな変態が……っ!!」

 「「…………」」


 男達の時が止まった。

 そんな事を知る由もない紗和は更に言い募る。


 「ダイちゃんといい、この最高等神官のおじい様といい、堕天使といい。………その手の人達には変態が多いなんてっ」

 「驚くところが違うじゃろ!!」


 サイラスの激しい突っ込みが入った。


 「はぁ」


 ラクザレスが額に手を当ててため息をついた。まるで何かを諦めた、もしくは受け入れたようであ る。


 「……ジョンダイルが気に入った娘だっつぅから、やっぱまともな娘じゃねぇよなぁ」


 彼は思わず天を仰いだ。


 「なに?」


 顔を天に向けたまま、目線だけを紗和にやっていたことがいけなかったらしい。なにやら眉を寄せた彼女が低い声で尋ねてきた。

 明らかに気分を害した様子だ。


 「怖いねぇ」


 大して怖がっている様子のない堕天使は小さく首を竦めて見せた後、黒マントの広がりによりどこが足なのかもわからない状態の中、太腿があるらしい位置を支えとするように己の腕をそこに乗せ、心持前かがみになるように紗和を見つめた。


 「お前、俺が怖くねぇのか?」


 突然問われた質問。紗和は何度か瞬きを返して、その質問の真意を問うた。伊達に何千年という長い時を生きていたわけではないラクザレスは、すぐさま紗和の心中を的確に察し言葉を続けた。


 「俺の見てくれのことだよ。お前さんは『変態』っつう奇妙な感想をくれたがな、怖くはねぇのか?」

 「その瞳とかのこと?」

 「あぁ」

 「ふっ」

 「「………」」


 何故、鼻で笑った。

 一応この国に二人といない貴重な存在である男達は、予想外の娘の反応に、再び瞳を点にさせた。


 「私にとってはそれくらい、別になんとも思いませんよ」


 そう言い切った紗和の脳裏に蘇るは、日本での日々。


 他の人より少しだけ道を逸れてしまった幼馴染に連れられて行った幾つものイベント会場。もちろん、そこは普通のイベント会場であるはずがない。

 一歩そこに踏み入れればたちまち別世界に入り込んでしまったかのような錯覚に襲われる。銀色の長髪が居れば赤い瞳の人間も居た。まったく見慣れぬ不思議な服装を着た者も居た。そしてそれはもちろんすべて作り物。これらを纏っている人間のほぼ半数以上が日本人なのだからまた奇妙な話である。

 そう、それが所謂、『コスプレ大会会場』であったりしたわけだ。

 紗和の幼馴染ももちろんコスプレをし、時には男装をしてはしゃいでいた。そんな中にどうして紗和が居たかというと、単純な話、幼馴染に良い様に使われるカメラマンの役を担っていたからだ。

 彼女はどれだけ幼馴染に懇願されようと絶対にコスプレを着るのだけは拒否した。


 考えても見るがいい。どこを見ても東洋系の人間にしか見えない自分が緑色のコンタクトレンズをつけて金髪のかつらを被り、そしてメイドの服を着る。想像しただけで失笑しか出てこないではないか。自分の顔の彫りが薄いということは百も承知である。


 そんな過去の経験上からいわせれば、今紗和の目の前に居る赤目の人物は、まったくその姿に違和感がない。というか、今まで見た誰よりもその格好が似合っていた。顔の彫りが深く、かといってそんなに強烈な印象を与えるわけでもない整った顔立ちには、赤い瞳がよく映えた。


 実をいうと、紗和は、まったく同じ感想をクリスティアナの側近達や父親にも感じていたりする。だからこそ、男が長髪という現実を受け入れることができたし、日本じゃありえない不思議な瞳の色を見てもそこまで動揺することもなかった。


 ―――その前に、彼らの顔の造作に動揺してた私にとっちゃ、今更って話よねぇ。


 「むしろ似合ってるからいいんじゃない?」


 紗和の言葉にラクザレスは瞠目する。


 意外な言葉だった。この紅い目と黒い長い髪を見た人間達は、今この場に居る一人の男を除き、誰も彼もがその色合いを忌み嫌い、恐れ戦いた。

 他の四人の天使にはない、真っ赤な血にぬれたこの瞳と夜闇を切り取ったような真っ黒な髪。空を統べていた居た自分が何故こんなにもおぞましい瞳と曰く付きの髪の色を持つのか、若かった頃は自分を作り出した神を何度も呪ったものだ。


 それなのに目の前の娘はただ一言、『似合っているから別にいい』と言っただけですべてを解決させてしまった。

 悩んでいた自分が馬鹿らしくなるほどに単純な答えである。


 悪い意味でも、良い意味でも、四大天使の中でもっとも天使らしいと評されるダイジェルの気に入りの娘、その理由がはっきりわかった気がした。




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