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EP.47  最悪な第一印象


 

 今回のモンスターの一件の事で、キースがずっと考え込んでいたことはなんとなく知っていた。だから、呼び出された時、それに関する何かだとは思っていた。


 けれど、彼が何を考えていたかまではわからなかった紗和は、その提案がされたとき思わず驚きの声を出してしまったのだ。


 「ほ、本邸に戻る、ですか?」

 「あぁ」


 キースが難しい顔で紗和を見ている。


 「まさかこの屋敷の裏庭にまでモンスターが出るとは予期していなかった」


 彼の視線がフランに向けられる。

 今のフランはもう仮面をしていなければ包帯もしていない。その代わり、彼の顔の左半分にある三つの傷跡が外気に晒されてた。一つはとても大きなもの。それはちょうど目の上を惨い様に走っていて、そのせいで彼の左目はもう開くことはない。後の二つは大きな傷の約半分ほどの大きさ。大きな線を囲むように両端にあった。それは一目でなにかの爪痕だと思わせる強烈なものだ。

 傷跡を見るたびに、紗和は自分の胃の少し下がきゅうと締め付けられる感覚に襲われる。それはきっと生涯消えることのない罪の証なのだ。 


 「湖のときもそうだ。あそこは安全地帯だといわれていたはずなのに、結果的にモンスターが居た。今、この辺りは危険だ」

 「……なんか、変なんですよねぇ」


 キースの言葉に紗和も思案気な顔をする。


 「変、とは?」


 今部屋には、七人の側近全員が揃っているが、誰もキースと紗和の会話を妨げようとする者は居ない。

 忘れられているかもしれないが、彼らはただ側近に過ぎない。ここで彼らより偉い立場に居るのは主人のキースとその娘のクリスティアナだけ。


 「いや、だってなんで私が居るときに限ってモンスターが現れるんですか。変でしょう、どう考えても」

 「タイミングの問題ではないのかい?」

 「まぁ、考えすぎだとは思うんですけどねぇ」

 「それを考慮に入れておくとしても、私の決定には賛同してもらえるね」


 その声音には有無を言わせぬ力があった。元より紗和は否定するつもりもない。

 クリスティアナの父は彼なのだ。彼が娘のためを思って出した結論であればなんにでも従おう。


 「もちろん、私に反対する理由なんてありませんよ」

 「では、明後日にはこの屋敷を出発する」

 「あ、でもその前に一つだけお願い、聞いてもらえます?」



 ●  ●  ●  ●  ●  ●





 「お主自らここに来るとはな、意外じゃった」

 「嘘。絶対分かってたでしょ」

 「ほっほっほっほっほっ」

 「その笑い方止めてくれません?クリスマスの夢を一身に背負った白髭のおじいさんと被るので。あのおじいさんに申し訳ないんですよあんたなんかと同じ笑い方されたりしちゃって」

 「………なんじゃ、前の時とまったく態度が違うではないか」

 「いや、もうめんどくさくなってしまったものでして。去り際のあの言葉は効きましたよぉ、あそこまでけちょんけちょんに言われて、私があなたの下手に出るとでも?」


 紗和の背中がなにやら不穏な空気を背負い始める。


 「うーむ、思っていた以上に強烈じゃの、お前さんは」


 サイラスはそう言って目の前に座る少女を見つめながら優雅に紅茶を飲む。


 「それで?今回は何用じゃ」

 「いえ、別に用という用は」


 サイラスに促されて、紗和は紅茶のカップを手に取った。


 カップの中を覗き込めば、茶色の液体に映った『少女』が居た。シルバーブロンドの髪が輝く、発育の遅れている小柄な少女。

 最初は鏡越しにでもその顔を見ることができなかったのに、彼女に対する罪悪感が生まれてからはこうして見る事が出来るようになった。なんて皮肉だ。


 「今日、本家に移るので、その道すがらあなたにご挨拶でもと思って」

 「ほぅ」

 「本家に入ったら、そう簡単には敷地内から出られないと聞いたもので」

 「貴族とは面倒なもんじゃ」


 白い髭を撫でながら、彼は言った。


 「じゃが、お主からしてみればそのようなもの、少しの足枷にもなりはせんじゃろうて」

 「まぁ、私別に貴族じゃないですし」

 「………貴族達と対等に渡り合っていけそうなお主が、わしゃ怖い」

 「そんなの買い被りですよ、はははは」


 茶目っ気たっぷりに言われた言葉に、少しだけ心当たりがあった紗和は、引きつり笑いを浮かべながら否定の言葉を入れた。しかし、それに被せる別の声があった。


 「へぇ、さっきあんなに不穏な空気背負っといてよくいうじゃねぇか」

 「ぎゃ!!!」

 「おっと」


 急に背後から聞こえてきた声と、耳に吹きかけられた生暖かい空気。そして覗き込んだ紅茶のカップに反射するように映った人の影。


 乙女らしくはない叫び声をあると同時に紗和は持っていたカップを落としそうになった。

 突然現れたその人物によって、紗和もそのカップも受け止められたが、突然すぎる出会いに少女はとりあえずその人の手を振り払ってサイラスの座るソファーの陰に隠れた。


 左耳にはまだ息を吹きかけられた感覚が残っている。


 「へ、変態か!」

 「誰が?」


 次は右耳にそっと触れる舌のぬるっとした感触。

 


 正直に言おう。これ以上にないほどに鳥肌が立った。

 


 「あんたのことだ!!」


 我慢が出来なくなった紗和がそう叫ぶと共に、部屋中に派手に響いた乾いた音。


 「おぉ、こりゃぁいいもんが見れたわい」


 暢気なサイラスの声が静かな部屋に響く。


 「………な、誰よこれ!!」


 ソファの背もたれを握り締めてサイラスに話しかける紗和の声はどこか震えていた。その意外な様子に、サイラスは、紗和も案外乙女な部分もあるのかと思った。


 が。


 「なんだってこんな変な格好してんの!もう一目で変態ですって人じゃない!!てか変態って言葉を擬人化してるじゃないの!!こんな人が何勝手に神殿の、しかも最高等神官の部屋にいるわけ!?ちょっと護衛が緩いんじゃないの!!」


 前言の撤回を要請する。紗和ほど、乙女という言葉が似合わない人物は居ない。


 「耳元で叫ぶではない。わしの耳を潰すきか」

 「……潰してほしいのなら喜んで?」

 「裏表の激しい娘じゃのう」


 先ほどまでの慌てぶりを一瞬で消し去り、その代わりにやりと黒い笑みを浮かべた少女を見つめて、サイラスはため息をつく。その際さり気なく耳元を手で隠していた。


 サイラスがまったく警戒心を持っていないことから、きっと彼らは知り合いなのだろう。だが、それにしたってこの姿は問題だ。

 紗和は冷たい視線をそのままに横に立つ人物を見つめた。


 まず、その人物は男だ。美人なのにちゃんとした男だ。

 背は高い。すらりとした体格であることはマントを着ているとしても一目瞭然だ。それにとても丹精な顔立ちをしているのも見ればすぐにわかる。その美しさは側近達の上をも行くのではないだろうか。


 しかし問題はそこではない。


 「髪長すぎだし、目は赤いし、なのになんか死んだ魚の目してるし!!どこのコスプレよ!?」

 「こすぷれ?」


 サイラスの疑問を紗和は無言で無視した。


 年は二十代後半、紗和と同じぐらいに見受けられる。その黒くまっすぐな髪は床につくかつかないかというほど長く、なによりその真っ赤に染まった瞳が印象的だ。

 だがしかし、よくよく見てみれば、彼は実にやる気のなさそうな目をしていた。これを人は、死んだ魚の目とでもいうのだろう。

 美しい人なだけになんとも惜しいものである。


 「心配せんでもこやつはわしの知り合いじゃ」

 「こんな変態が!?……いや、あなたも十分変態要素を持った人でしたね」

 「そんなわしと似ておるお主も変態じゃ」

 「な、失礼な!」


 無言で紗和を見つめてくる美人な変態の存在を忘れ、サイラスとの口喧嘩を始めた彼女に、変態さんは口端を吊り上げた。


 「へぇ、案外強気なお姫様だことで」

 「うぎゃ!!」


 頬を力いっぱい叩かれた挙句、自分の事を完全に無視されたにも関わらず、その人物は興味深げな声を発しにやりと笑った。そして紗和の手を取るとそのまま自分の方に引き寄せ、その頬に口を寄せる。


 「な、やめ!!」


 またしても、素晴らしほど小気味のいい乾いた音が部屋いっぱいに響き渡った。




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