EP.44 不安定な世界の言葉
三つ子はもう目を開けることが出来るようになった。
視覚もあるようで、紗和が手を上下に動かせば、その動きに合わせて視線と共に頭を上下に動かす。その姿にノックアウトされたのは、紗和やエイダだけではなく、ベティも同様だった。
元々エドガー付きの侍女である彼女は、側近達がモンスターが居ることを承知するのであればそう反対はしないらしい。
実際に三つ子を見たときは驚いていたようだが、今は少し距離を置いて眺めるくらいには許してくれているようだ。
チェスターも驚きはしたが、ちゃんと説明すれば分かってくれた。
フランは驚くこともなく笑っていた。きっと紗和の性格を読んでいたのだろう。『やっぱりな』と右の目尻に皺を浮かべて言った。
真ん丸い目を開いたことで、さらに可愛らしさを増した三匹に名前をつけなければと、エイダが提案したのは数分前の事である。
藍色の目の、尻尾が尖っている一番やんちゃな子は先ほどから何故か、アーヴィンの足元をぐるぐると走り回っていた。その子はアーヴィンをお気に召したらしく、遊び相手を彼と定め常にそこで動き回っている。時々コリンに投げ飛ばされては喜ぶというわけの分からない子でもあるのだが。
羽の生えた子は紅い目で、とても警戒心の強い子でもあった。最初は紗和の傍を離れず、やってくる人間達を注意深く見定めているようだったが、彼らが害のないものと判断したのだろう。エイダの膝に擦り寄っていったと思った時にはすぐにチェスターの肩に乗ったりと、皆の関心を己に集めている。ある意味とても賢い子だなと、紗和は思う。自分のかわいらしさを前面に押し出しているのだ。これで人間達は彼らに害を成すことはまずないだろう。
そしてずっと眠っているのは緑色の目の、鱗で覆われた小さな子。紗和の膝の上を占領して、一日の大半を寝て過ごす、ある意味根性のある子だ。あまり警戒心というものがなく、誰にでも抱き上げられてしまう。
だがやはり、三匹とも、誰が自分を拾ってくれたのかわかっているようで、最後には紗和の元へ帰ってくる。
ちなみに、藍色の目と緑色の目の子供の性別が男で、紅い目の子が女の子。そして、紗和の独断で、兄弟の順番も決めた。上から、尻尾のとんがっている子、羽の生えている子、そして鱗のある子である。
「名前、ねぇ」
膝の上で眠る末っ子を撫でながら、紗和は思案する。
「………三つ子だし、なんか関連性のある名前がいいかなぁ」
「サワ様のお好きな言葉や名前はいかがですか?」
紗和の隣で、末っ子を見下ろしていたエイダが言う。
「やはりここは、彼らを一番最初に見つけたお譲様が名づけ親になるべきだと思います」
紅い目の長女を抱き上げているチェスターが微笑みを浮かべる。
なかなかお淑やかな動作が目立つ長女と落ち着いた雰囲気のチェスターが一緒だと、まさにそれは一つの絵のようだ。
一人と一匹に圧倒されながら、紗和は一生懸命考える。
正直、名前を考えるのは苦手だ。双子ならまだしも、三つ子だとさらにややこしい。
「…………カクさん、スケさん、……ヤシチ、とか?」
「「「「「「?」」」」」」
紗和の精一杯のジョークは、あいにく異世界人の周りの人間には通用せず。
「なにそれ、変な名前」
コリンの言葉に一刀両断にされた。
―――これじゃ、私、滑ったみたいじゃないかい……。
がくっとうな垂れるが、元ネタが分からない限り彼らに反応を求めるのはお門違いだ。紗和は日本に居るツッコミに秀でた幼馴染を思って一人涙する。彼女が居れば、自分が滑ることはまずない。彼女はいつでもどこかで紗和に手厳しい言葉をくれるのだから。
「何がいいかなぁ」
「シンプルなものが良いのではないでしょうか」
相変わらず何が面白いのか、自分とエドガーの足元を元気に駆けずり回っている長男を見下ろしながらアーヴィンが言う。
「すぐにわかって、そしてサワ様らしいお名前など」
「……何気に難しいこと要求してくるのね」
「え、いえ、そんなことは」
紗和の皮肉にアーヴィンは慌てたように言葉を紡いだ。彼は最近彼女の一言一言にこうして反応してくる。年下だからこそかわいいと思うのだが、時々とてもめんどくさくなる。
「ちょっと言っただけで落ち込まないの!」
暗い霧を背負い始めたアーヴィンを軽く叱咤して、紗和はもう一度三兄弟を見渡した。
彼らを見て一番強く印象に残るもの、そしてとても綺麗だと思うもの。それは、彼らの瞳の色。
「アイイロ、アカイロ、ミドリイロ、か」
「?」
傍に居たエイダが紗和の呟きを聞きとめ、小首をかしげる。
「サワ様、なんと仰られたのですか?」
「アイ、アカ、ミドリ」
今度ははっきりと発音した。
するとそれを聞いた周りは小首をかしげて口々に言い募った。
「それは、どういう意味でしょうか?」
「聞きなれない言葉ですね」
「不思議な発音だな」
「サワ様ってさ、時々変な言葉をしゃべるよね」
「………え?」
彼らの感想に今度は紗和が驚く番だ。自分は普通に彼らと同じ言葉をしゃべっていると思っていたのに。
―――日本語を、しゃべってる?
だとするなら、なんて。
紗和の瞳の奥が揺らいだ。
それを目ざとく見つけたのは、最近気がつけば紗和の事を目で追っているのだがどうしてだろうと不思議がりながらエイダに呟いていたアーヴィンで。
「サワ、さ」
声をかけようとすれば、急にチェスターに抱かれていた長女とアーヴィンの足元を駆け回っていた長男が一目散に紗和の元へと走りよっていった。眠っていた末っ子もばっと目を開けて上を仰ぎ見た。
そんな彼らの行動に驚いたのは紗和自身も同じこと。
「みんな」
モンスターは紗和が想像する以上に彼女を見ているようだ。心の変化にもとても敏感なようである。動物は周りの変化にとても敏感だというが、それはモンスターであっても同じことらしい。
「名前決めた」
藍色の目の長男の頭に手を当てる。
「お前の名前は、ラン」
次は赤色の目の長女の頭を撫でる。
「お前はコウ」
最後に末っ子の鼻に人差し指を当てて笑う。
「そして、お前がリョク」
大切な自分の国の言葉のままに、彼らを名づけてしまうのは自分本位で身勝手な行動だろう。きっとこの国の人々には理解できない不思議な音をもつ名前なのだ。
でもいいじゃないか、いつかここから消えてしまう運命にある自分が、ここにいたという証を少しくらい残ししたいと思っても。
「それはどういう意味ですか?」
「ラン、コォ、りゅーく、ですか?」
「違う違う。コウとリョク」
「リューク」
エイダが発音する。
「そこは伸ばさない。リョク」
「リョク」
きちんと言えた。やはり英語圏の人、しかも古いイギリス英語を喋る人には難しいのだろうか。
「それはどういう意味ですか?」
エイダの言葉に紗和は外を見つめた。
「ランは、藍色。コウは、赤色。そしてリョクは緑色。……私の大切な場所の言葉だよ」
今存在する世界の人々の誰もが知りえることのない、紗和の心の中だけにある、とても不安定な世界の、証。