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EP.43  コリン


 

 二日の間、紗和は実に見事に三つ子達を隠し続けた。


 いつも診察に来るベリアや、常に傍に居るベティからも隠し続けられていることで、紗和は己がどれだけ秘密を守ることに長けているのかを改めて痛感していた。

 それは決して喜べるものではないので、なんともいえない気持ちではある。


 今のところ、このことを知っているのは紗和とエイダ、エドガーとアーヴィンだけ。




 そして今、また新たな人物がこの重大な秘密を目撃してしまった。


 「……お嬢様、なにしてるのさ」

 「こ、コリン、くん」

 「なに、その動いてるやつ」


 コリンはいつも、ノックをして部屋の中に入ってくるまでの時間が短い。返事をする前に扉を開けてしまうのは本当に困ったものだが、今回の困ったはいつもの比ではなかった。紗和が三つ子を隠す前に、彼が中に入ってきてしまったのである。


 紗和は三匹を隠そうとした途中経過の、四つんばいで床に手を伸ばしているという奇妙な姿のまま固まる。

 その場に居たアーヴィン、エイダ、エドガーも見事に固まってしまった。

 ただ状況がよくわかっていないモンスターの子達だけはとても楽しそうにその場を駆けずり回っている。その様子が少し恨めしく思えてしまう人間四人であった。


 「アニマル、じゃないよね」


 コリンは鋭く目を光らせ、三匹を観察する。

 もう隠すことはできないだろう。


 時々、大人顔負けの言動を見せる少年に、四人は諦めたように肩の力を抜いた。きちんと説明をするしか道はないだろう。

 元々ずっと隠し通せるなどとは思ってはいなかったのだし。


 「モンスター?」


 彼はすぐに三匹の不思議な出で立ちを、一つの可能性に繋げた。答えを促すように周りに立つ大人を見つめる。

 代表として、今回の出来事のすべての責任者である紗和が一歩前に出た。

 最初は後ろめたさもあり、コリンの方をまっすぐ見つめられなかったが、それでも意を決する。目を強く瞑って、そしてコリンの方に顔を向け瞳を開けた。


 「うん、そう、モンスターの子供達。二日前に私が拾ったの。……この子達の親が、私に頼むって言ってきてね、見捨てられなかった」

 「だから屋敷に持ち込んだの?畏怖の対象のモンスターを、三匹も?」

 「……その通りでございます」

 「それでどうすんのさ。まさか、何も考えずに連れてきたわけじゃないよね?なんてみんなに説明するの?納得させるの、かなり難しいと思うよ」

 「お、仰るとおりで……」


 紗和は力なく彼の言葉を肯定し、十以上も年下の少年の前になす術もなく崩れ落ちた。


 「だけどまぁ」


 自分の目の前で白い灰と化したお嬢様を見つめた後、コリンは足元に寄ってきたモンスターの一匹を抱き上げる。先のとんがった尻尾を持つモンスターを見上げれば、急にやってきた浮遊感を感じて不思議そうに小首を傾げている様子が見て取れた。


 確かに、これはかわいすぎる。


 まだまだ手乗りサイズのその子供は愛くるしい以外のなにものでもない。

 それにコリンはモンスターをわけもなく毛嫌いするような人種ではなかったため、そのかわいらしさにあえなく撃沈してしまった。


 「かわいいし、小さいし、いいんじゃない。ボクは反対しないよ、この子達が居ても」

 「コリンくん」


 紗和が驚いたように声をあげた。

 他の三人も、意外そうな表情で片眉をあげ、少年を見る。

 自分が言ったことがそんなにおかしいのかと思いつつ、コリンはその本音を簡潔に述べた。


 「だってさ、親に頼まれたんでしょ?」

 「う、うん」

 「それに、モンスターであっても、こんな小さい子その辺に捨てていけるわけないじゃんか。そんなことができるのは、本当に冷徹な人だけだと思うよ」


 コリンはそう言いながらにっこりとした笑顔でモンスターに顔を近づけた。するとモンスターの子は、興味津々の様子でコリンの鼻に己の鼻を少しだけこすりつける。

 それは猫が人間にする時と良く似ていた。

 外見が似ているだけに、尻尾さえ見なければその姿形はもう猫そのものである。


 「……」


 コリンの言葉を受けて、紗和はさりげなくエドガーとアーヴィンを見た。

 彼女の瞳が何を思って彼らを見ているのかわかったのか、二人の男性はぎこちなく彼女の視線から逃れるように顔を背けるのであった。


 大人達とは違い、その子供心残る少年は、モンスターを怖がった様子もなく三匹と楽しそうに触れ合い始めた。


 その光景を見ていた紗和は、知らず知らずのうちに口元を緩める。

 己にとても素直な子。

 弟である貴羅の息子にとても良く似ている少年は、初めてできた紗和の甥っ子が成長したらこうなるのかと想像させてくれた。あんなに懐いてくれていたのに、自分はもうその甥っ子の大きくなった姿を見ることは叶わない。


 「……トウマ」

 「?」

 「あ、ご、ごめん」


 甥の名前が無意識の内に声に出ていた。

 皆が胡乱げに紗和を見る。


 「ちょっと、コリンくんに似てる子を思い出してさ」

 「似てるの?ボクに?」


 驚いたように言った少年に、紗和が苦笑を返した。


 「なんとなく、ね。その子はまだちっちゃいんだけど、大きくなったらきっとコリンくんに似るのかなぁって」

 「どんな風に?」

 「………素直で、生意気で、だけどちゃんと周りの事を考えられる、良い男になる原石、みたいなさ」

 「それだけボクの良いところ言えたなら、もう大丈夫だよね」

 「ん?」


 コリンが何故か、にやりと笑った。


 「ボクの顔も、見てよ。もう窮屈でしょうがないんだ」


 紗和が何かを言う前に、コリンは一気に己の被っていた緑色の仮面を外してしまった。


 琥珀色の丸い瞳が、いたずらっ子のようにキラキラと輝きを放ちながら真っ直ぐに紗和を見つめる。金髪の前髪が彼の額に覆いかぶさり、けれど色気がないのは、彼がまだ幼いから。短い金の髪と丸い琥珀色の瞳、そして桃色の形の良い唇は大人になろうとする少年のもの。将来を心の底から楽しみにさせてくれるその表情が、紗和の目の前にようやく現れたのだ。

 彼の持つ表情は想像していたとおり、素直な生き生きしたもの。願わくば、その笑顔が曇ることがないといい。


 「……さすがはコリンくん」


 コリンの顔を見ても、紗和は笑顔を崩さなかった。それどころか、より一層慈愛に満ちた笑みがその顔に浮かぶ。


 「まさか、自分から仮面を取るなんて思わなかったよ」

 「へへ、でしょ?」





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