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EP.42  フラン


 

 フランが居るのは、彼の部屋だという。


 アーヴィンに案内され、彼の部屋へたどり着く。

 最初にアーヴィンが中に入り、そして紗和がその後に続いた。


 フランの部屋は、意外にも清潔感のある綺麗なものだった。もちろん、クリスティアナの部屋などよりは遥かに小さいだろうが、屋敷の主人の娘の側近ということもあり、それなり大きいとは思う。

 一人で過ごすにはちょうどいい。


 「お嬢様」


 部屋の端にある簡素なベッドの上に、フランは居た。そこには他に、ベリアとチェスターも付き添っている。


 二人とも仮面を付けているが、顔面を治療中のフランはもちろん何もつけていない。

 顔半分を包帯で覆ったその姿は見ていてとても痛々しく、紗和はやはり罪悪感に襲われた。

 治療はすべて終わったようだ。紗和が入ってきた時、ちょうどベリアが医療道具を片付けるところだった。紗和の姿を右目だけで確認したフランは、驚いたように目を見開き、そして慌てたように傍にあった仮面を装着する。

 ベリアが医師としてその行動を咎めるような表情をしたが、紗和のためだとわかると呆れたようにため息をついた。


 「フランの容態はどんな感じだ?」


 黙ったまま動かなくなった紗和の気持ちを汲んで、アーヴィンがベリアに尋ねた。

 お嬢様だけでなく、その側近達の担当医師でもある彼女は最後の道具をかばんの中に押し込んで少しだけ考える顔つきになった。それから言葉を選ぶように口を開く。


 「処置は終わった。フランが元々丈夫な体であったことも幸いして、特に体に支障はない。今日と明日とゆっくり養生すれば、すぐに動けるようになる。……ただ」


 彼女の目が、ちらりと紗和を見て、すぐにアーヴィンに戻る。


 「フランの左目はもう、使えない」


 紗和の肩がぴくりと動いた。

 静かにフランに付き添っていたチェスターの纏う空気が重くなる。


 「合計で三つの傷が残るだろう。その内の一つは縫い合わせたが、それを瞼と共に縫い合わせた結果、左目はもう開けることすら困難になってしまった」

 「いいさ、右目だけでもオレには十分だ」


 フランの明るい声が部屋に響いた。

 そこで今まで口を開かずに居た紗和が喋った。


 「……フランと二人で話がしたいんだけど、今、いい?」




 そうして、フランと紗和を除く三人が部屋を出て行き、残されたのは二人だけとなった。


 室内の中央で立ちすくんだままだった紗和は、それからゆっくりとベッドの傍に向かう。


 上半身を起こした状態で座っているフランの顔色は青白く、それはきっと大量出血のせいだ。それでもこうして包帯を巻かれただけで終わっているのは彼自身の忍耐の強さだろう。

 きっとまだ傷は痛みを持っているに決まっている。


 黙って己に視線を注いでくる少女を見上げて、フランは苦笑した。

 さっき見たときと同じ痛みが、紗和の瞳の奥に見え隠れしているのが良く見えて、思わず笑ってしまったのだ。彼女は何も悪くないのに。自分は、彼女を守るためにここにいるのだから。


 「お嬢様が、気に病む必要はない。これは、オレの行動の結果だ」


 あくまでも優しい声音で彼は言った。


 「お嬢様が無事なら、それでいい」


 フランの紡ぐ音に何も答えないまま、紗和はそっと彼の仮面に手をかける。


 彼女が何をしようとしているか、フランがそれに気がついたのは自分の視界が大きく広がってからだった。そこには、仮面を付けているときの圧迫感や視界の狭さがない。


 外されたのだ。


 目の前にあるのは、良く見知った『お嬢様』の顔。

 娘のように思って、今まで慈しんでいた幼い少女の顔。けれど今は違う。

 仮面をとった先にあったのが同じ顔でも、そこに浮かべる表情はまったく違っているように思えた。


 「フラン、謝って許されるとは思ってない」


 少女の瞳が揺れる。


 それはまっすぐに己の顔の左半分に注がれているようだ。目を逸らすわけでもなく、彼女はしっかりこちらを見ていた。見ているこちらの方が胸を締め付けられる、そんな瞳をして。


 「でも、ごめんなさい。私、クリスティアナちゃんを守るって約束したのに。私が一番に、彼女の事考えなきゃいけなかったのに」


 『お嬢様』が、『クリスティアナ』を守れなくてすまないと謝る。


 「守れなくて、ごめんなさい。貴方を傷つけてしまって、本当に、ごめんなさい」


 紗和は深く頭を下げた。


 ―――私はお嬢様じゃないから。彼らは『私』に仕えているわけではないのだから、『私』は心から謝罪をしなければいけない。二重の意味でも。


 「サワ様」


 格別にやさしい声が聞こえると共に、頭の上に手が乗せられた。


 「顔を上げてくれ」


 言われたとおりに、そろそろと視線を上げれば、緑の瞳と目があった。アーヴィンやエドガーのような切れ長の瞳と違い、フランの瞳は少し垂れ気味の温かみのあるものだった。まるで、彼の人柄を表しているような。

 三十代は男の盛りであると思っている紗和にとって、始めて見るフランの顔はとても頼もしい人間味のあるものだと思う。まるで夕日を写したかのような赤毛の髪に森の色を彷彿させる緑色の瞳。絶妙な色のコントラストと、エドガーやアーヴィンよりも経験豊富さを全面に表す大人な表情。


 顔の半分が包帯に覆われた形になってしまったけれど、こうして向き合えてよかったと思う。


 「サワ様でよかった」

 「え?」

 「『お嬢様』のためにオレ達の元に来たのが、『サワ様』でよかった」



 こんなにも包容力のある人間が居るのかと、一瞬思ってしまった。

 ―――酷い目にあったのに、そんなことを忘れさせるぐらいの優しい笑顔を私に向けてくれるなんて。



 フランが笑う。すると、目元に小さく皺が出来るのだということを今始めて知った。

 皺がはっきり見えるのは、彼が良く笑うからだ。それは人の良さを如実に表していて、紗和はまた泣きそうになった。





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