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EP.41  向き合う事の大切さ



 エドガーの忠告に素直に従い、紗和は三匹のモンスターの赤子を隠す。

 アーヴィンの身につけていたマントを己が着て、軽く腕を組めば、不自然に思われない形で彼らを隠すことが出来た。


 心配そうに駆け寄ってきた護衛や侍女達をアーヴィンに軽く追い払ってもらい、自分の部屋に急ぐ。

 ここはベティに見つかるのも得策ではないと思ったため、彼女にはエドガーが用事があるのだと伝えて使いに走ってもらった。


 自分が『お嬢様』であっても、信用できる人はこんなに少ないのかと、紗和は小さな哀しみを感じていた。


 「サワ様!」


 エイダが慌しく部屋の扉を開けて中へ駆け込んできた。


 その頃にはすでに三匹は紗和の腕から解放され、部屋の中をゆっくりと画策するように歩いていた。 ただし、一番小さな子は、紗和の膝の上で寝てしまっている。

 そんな子供を見つめて紗和は笑っていた。先ほども眠っていただけに、少しだけ呆れも入った微笑だ。


 「その子達は?」


 紗和の周りをぼとぼとと歩く小さな生き物に驚きながら、決して怖がった様子のないエイダの様子に紗和は安堵した。

 アーヴィンはやはり、赤子であってもモンスターに代わりのない彼らに少しだけ恐怖心があるようだったのだ。だから、少し距離を置いて立っているのだろう。


 エイダはすぐに紗和の傍に膝をついて、モンスターの一匹を軽々と持ち上げた。

 羽の生えている子だ。

 急に地面から離れてしまったことに驚いたのだろう、羽のある子は、短い手足をバタバタとさせて鳴き声を上げる。


 「モンスターの子、ですか」


 すぐに床に戻してあげ、エイダは紗和を見た。


 「うん」

 「どうしてまた三匹も」

 「それには、なが~いわけがありまして」


 その言葉を皮切りに、紗和は三匹に出会って固まってしまった己の姿から今ままであったことを順序良く話して聞かせた。

 エイダなら分かってくれると思って。



 「サワ様は、正しい選択をされたと思います」


 そしてエイダは、紗和のほしい言葉をくれた。その時のエイダの瞳が不思議なぐらい静かで、前に、神話の話しをしていた時を思い出した。

 彼女は時々、こちらの気持ちを落ち着かせてくれる雰囲気をくれる。


 「それに、この子達、こんなにかわいらしいですもの!!」


 その不思議な気持ちはすぐに消えて、いつものエイダが戻ってきた。にっこりと笑って羽の生えている子を抱き上げると嬉しそうに頬を摺り寄せた。


 「でしょ!?かわいいよねぇぇぇ」


 紗和も気分を盛り上げて、やんちゃ盛りの子供のように床を飛び跳ねていた尻尾の尖っている子を抱き上げた。

 膝にいる鱗を持っているモンスターは熟睡中なので邪魔はしたくない。

 抱き上げられた二匹は最初は嫌がるように鳴いていたが、それでも少し経つと大人しくされるがままになる。特にやんちゃな子は慣れてくると逆に楽しそうに尻尾を揺らし始めた。


 こんなに小さいのに、中々はっきりと性格の違いが見えていることに驚く紗和だ。


 けれど、忘れてはいけないことがある。


 「エイダ、この子達を見ていてくれない?」


 膝の上に眠っている子供をエイダに手渡して、紗和が言った。


 「はい?」

 「私、フランを、見てくる」

 「サワ様」


 アーヴィンの紗和の名を呼ぶ戸惑い声には、何故そこまで、と疑問を持つ意味が含まれているように聞こえた。紗和は彼の目をしっかりと見つめて立ち上がる。


 「フランをあんなふうにしたのは、私よ」

 「それは違います」

 「直接的ではなくても、状況を作り出したのは私に代わりはない」


 そういう少女の瞳が強かった。


 「連れて行って、フランのところへ」

 「……」


 アーヴィンは諦めたようにため息をつくと、凭れ掛かっていた壁から背を離し、扉を開ける。自分についてくるように視線で促せば、黙って頷いた少女が歩き出した。


 彼女が自分の後ろをついてくるのを確認して自らも歩き出しながら、彼は不思議な気持ちでいた。

 どうして自ら辛い道を歩こうとするのか、彼には理解できない。

 先ほどフランの傷を見たときもそうだ。あえて傷を見せないようにしていたフランに対し、厳しい声で傷を見せるように言い、見た途端己の罪悪感に押し潰されそうになっていたではないか。

 今もそう。

 いますぐに傷の具合を確認する必要がどこにある。まだ癒えていない傷を見て彼女が再び罪悪感を持つのは明白だ。ならば、傷が回復するのを待って、そしてフランが仮面を付けて現れるのを待てばいい。そうすれば、彼女は傷のおぞましさを目の当たりにする必要はなくなる。


 アーヴィンの足が止まった。


 「アーヴィン?」


 後ろを振り向けば訝しげに自分を見る紗和の姿を捉えることができる。


 最近になってわかってきた。今、自分は『クリスティアナお嬢様』ではなく、『サワ様』を見ていることに。

 その表情も、仕草も、そしてなにより瞳の輝きが、お嬢様とは異なっているのだ。最初はあんなに嫌悪感を持っていた違い。それなのに自分は今、それらを感じられることが嬉しいと思う。一体この変化はなんなのだろうか。


 「どうしたの?」


 傷つく姿を見たくない。

 できることなら彼女には、いつもの彼女で居てほしい。強い輝きを失わない、芯の通った尊敬できる年上の女性のままで。


 「早く案内してちょうだい」

 「サワ様、今行く必要がどこにあるんです。何故、自分から辛い思いをしようとするのですか」

 「え?」


 急に質問を返された。


 アーヴィンの言葉に、紗和は戸惑う。

 今、この時にどうしてそんなことを聞くのかと驚いたが、彼の表情を見て思った。彼は自分を心配してくれているのだと。

 紗和は小さく息を吐き出す。


 「あのね、アーヴィン。人は人生の中で、色々苦しい体験をすると思う。人は苦しいのは嫌だから、できればそんな事になりたくない、だから回避しようとする。フランの傷を見れば、私が辛い思いをする、あなたはそう思ってるんでしょ?なのにどうしてわざわざ見に行こうとするのか疑問に思ってる」


 アーヴィンは素直に頷いた。


 先ほどエドガーと話していた時も思ったが、彼女は本当に人の考えを読み取ることに長けていると感心せざるを得ない。


 「辛い、苦しいと思って回避する、だけどその苦しさには種類があると思うの。回避していいものと、向き合わなければいけないもの。……たとえば、苦手な人が居るとする。自分が辛い思いをしたくないからその人と向き合うことを最低限回避する。それは一つの方法。もしもその苦手な人が、あなたの人生の中において大切な部分を占めなければ、ほら、仕事関係の人とかさ、そうであれば、それは上手な方法よね」


 外見からすればアーヴィンよりも遥かに若い自分。そんな自分が、彼に言い聞かせるように話している。それは客観的に見たら異様だ。なにより話をしている自分がそう思ってしまうのだ。

 けれどアーヴィンはそうは思っていない。

 実に素直に自分を見て、時々頷くように真剣に聞いてくれる。

 それは彼が紗和自身を見てくれているという何よりの証拠。



 ―――信用できる人が少ないからって、嘆く必要なんてない。自分を知っている人が居ないからって落胆することなんてない。信用しようとしてくれる人が、自分を理解しようと努力してくれる人が一人でも二人でも、居てくれるなら。



 紗和は、自分の想いを噛み締めながら言った。


 「でも避けてはいけないこともある。それは自分が引き起こしてしまった出来事への償い。大切な人と向き合わなければいけない出来事が起きた時。いつか向き合わなければいけないのなら、逃げる前に、自分から行かないと。でないと、後回しにするほど、辛さは倍増してしまうのよ」




 だから、自分は、フランと向き合うのだ。





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