表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/79

EP.39  失われた代償

軽くではありますが、流血などの残酷表現が含まれています。

 

 「エドガー、サワ様を連れて走ってくれ!」


 アーヴィンが力いっぱいに紗和の腕を引っ張り上げ彼女の体を起こすと、そのままエドガーの方へ押し出した。


 「俺達が時間を稼ぐから、その間に屋敷へ向かえ!」


 飛ぶように向かってきた大蛇の頭を剣で弾いたフランが後方に向かって叫ぶ。


 仲間の指示を聞いた後のエドガーの行動は早かった。

 すばやく紗和の腕を掴むと、半ば引き摺るように走りだす。

 屋敷の場所さえわからない、ほぼ放心状態の紗和はただエドガーに引かれるままに走る。

 走る際に受ける風に当てられたのか、三匹の耳が微かに動き始め、そして彼らは目を覚ました。彼らを抱いている紗和が走っているということは、彼ら自身も走っているということと同義。周りの景色がすごい勢い変わるその様に驚いた三匹は一斉に鳴き声をあげ始める。


 「シッ!静かにして!」


 ここであの大蛇がやってきてしまえば、クリスティアナの身が再び危険に晒されてしまう。そして紗和に、この三匹を守ることは不可能だ。


 「エドガー様!」

 「お嬢様!ご無事ですか!?」


 先方からたくさんの人間達の足音が聞こえてきたと思うと、すぐに護衛の兵士達が木々の間から姿を現した。


 ―――た、助かった……。


 十人以上は優に超えそうな騎士達の姿を見た紗和は安堵を覚える。


 護衛達が彼らを超えて、フランとアーヴィンの援護に回るために走り去るのを見送った後、紗和とエドガーはようやく走る速度を緩めた。

 全速力で走ったせいで、紗和の体力はもうすでに限界にまできていた。立っていることさえ苦痛になり、その場に座り込む。


 しかしここで地面に近づいてしまったのがまずかったらしい。

 腕の中で小さな鳴き声をあげていた三匹が、次々に紗和の腕から飛び降りてしまったのだ。立っている時であれば、その高さに恐怖して行動に移さなかっただろうが、座ってしまうとまた話は別である。


 「あ、ちょ、ちょっと待って!」

 「サワ様、お待ちください!」


 それぞれが遅いながらも混乱状態のまま周りを彷徨うように動き出す子犬のような生き物と、その三匹の後を追った紗和、それを呼び止めるために腕を伸ばしたエドガー。

 



 紗和がなんとか三匹を捕獲した時、状況が一変した。


 「サワ様!」

 「!?」


 エドガーの声が驚愕の色を持ち、紗和の動きが完全に止まる。

 紗和の行く手を遮ったのは、先刻見た巨大な影。寸分違わぬその姿形は忘れようはずもない。

 そろそろと目線を上に向け、見たそれは、体中から血を流しながらも獲物を捕らえて放さない強く恐ろしい獰猛な化け物の瞳。


 息が止まった。


 一触即発の雰囲気ではもうなくて、死刑宣告をされた瞬間のようだ。

 どうやっても助からない。

 今回はなにも考えられない。

 体が動かないのは、今までにない恐怖で心が震えてしまったから。

 大蛇が動く。


 「っ!」


 小さな生き物を守るように体で遮り、そして目を瞑った。


 「ぐっ」


 けれど、想像していた痛みの瞬間はやっては来なかった。

 変わりに聞こえたのは誰かが痛みに耐えるような低い鈍い声と大蛇の甲高い悲鳴。


 「………」


 嫌な予感がした。


 「アーヴィン!早く急所を打て!」


 目を開けて真っ先に見えたのは見慣れた大きな背中。そして少し視線を下げた先にあったのは、地面に散らばる無数の赤い染み。


 アーヴィンの銃口が火を噴き、大蛇が断末魔の叫び声を上げ、仰け反るように地面に崩れ落ちた。


 「サワ様!」


 エドガーが駆け寄って、紗和の無事を確認する。


 「ふ、らん?」


 大蛇はもう動かない。危険は去った。


 なのに、地面の赤い染みは増えていくばかりだ。フランの大きな背中が小さく震えているようにも見える。そしてなにより、いつもならすぐに『お嬢様』の安全に確認しようと振り向くはずの彼が、いつまで経ってもこちらを見ようとしない。


 変だ。


 紗和はエドガーの手を跳ね除けて、フランの正面に回った。

 そして息を呑んだ。


 「……ぁ、」

 「お嬢様」


 フランは仮面をしていなかった。それはきっと先の戦闘でどこかへいってしまったか、または紗和さ去った後に自ら取ったかのどちらかだろう。


 問題はそこではない。

 紗和はここまで自分の恥じたことはなかった。ここまで、自分に罪悪感を感じることは今までなかった。


 「フラン、ふ、らん」

 「大丈夫だ。気にするな」

 「その、目……」


 こちらを安心させるように微笑むフランは、けれどすぐに痛みでその表情をゆがめる。

 隠すように左目を覆うフラン自身の真っ赤に染まった左手。そしてその間から溢れるようにこぼれる赤い何か。


 三匹を一本の腕の中に収めた紗和は、自由になった右手をフランの左手に添えた。

 見なければいいのに、それでは彼女の気が済まなかった。


 「お嬢様、離してください」

 「見せて」

 「だめだ」

 「見せなさいっ」

 「……」


 きっと今、紗和に表情はないだろう。追い詰められれば追い詰められるほど、彼女の顔からは表情がなくなるのだと、昔、幼馴染の少女に教えられた。

 フランは目を見開いた後、再び顔を歪め、そして諦めたように左手の力を弱めた。


 そして外された先にあったフランの左目。


 そこは赤く染まって、もうどこに瞳があるのかわからない有様だった。


 瞳を抉られたわけではないようだが、それでも瞳を覆うように直線に引かれている醜い線は、顔の肉を抉った時に作られたもの。

 皮は剥がれ、顔の肉が外気に晒されている。

 その肉の裂けた後は一本だけには留まらず無数にある。そのどれからも皮膚を越した肉が見えて、吐き気を覚えそうになった。


 これは確実に深い傷となるだろう。

 一生治らない深い傷。



 この傷を負わせてしまったのは、他でもない紗和自身だった。





登場人物の一人、エドガーをオリバーと表記していたのを訂正いたしました。読者の皆様を混乱させてしまい、申し訳ありませんでした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ