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EP.3  見知らぬ世界のお嬢様

この作品には軽い流血、殺生などの残酷表現が含まれます。


 「ですから、お嬢様……」

 「私はお嬢様じゃないって、何回言ったらわかるわけ?」

 

 次に意識が戻った時も、紗和は地獄絵図の中に居た。


 またしても悲鳴を上げて逃走を図った彼女であったが、起き上がろうとしたところで、目の前が一瞬真っ白になった。貧血気味だと判断し逃走を諦めた彼女は、最後の足掻きというように毛布の中に蹲る。

 そして毛布越しに、彼女は周りの人間達と会話をしていた。

 先ほど見た限りでは、今この部屋に居る人間は全部で六人。しかも揃いも揃って美男子と来たものだから、毛布で姿を隠しつつも汗が吹き出るのを止められない紗和の気持ちもどうか察してほしい。


 「あなたがお嬢様でなければ、あなたは誰です?そしてお嬢様はどこですか」


 少し無機質にも聞こえる声が紗和に質問してきた。

 その質問に、彼女の口元が引き攣る。


 ―――わたしがそっくりそのままその質問を返してやりましょうとも。


 少し情緒不安定になっていた紗和は、目を瞑ったまま一度だけ毛布を跳ね上げ顔を覗かせると、そこに居るであろう若者達に対して言ってやった。


 「そんなの、知ってたらさっさと答えてるわ、アホ!」


 今時幼稚園児でも言わないであろう捨て台詞を吐いて、彼女は再び毛布に包まる。その行動はまるで二十八の女性に相応しくないものであるが、自分の状況も碌に掴めていないのだから仕様がない。

 案の定、回りの人間は不意を食らったように大人しくなった。


 「………俺の、俺のお嬢様が……」

 「アーヴィン!」


 誰かが部屋から出て行く音が聞こえた。

 その後を誰かが追う足音もした。

 一気に静かになる部屋に、さしもの紗和も不安になる。

 もしかしなくても、少々どころではないほどまずいことになっているのではないだろうか。


 とりあえず、頭の中で今までの状況を整理してみる。

 確かに自分は死んだのだろう。だからこそ、こんなに見も知らぬ変な場所にいるわけだ。これが天国か地獄かは後々考えていくことにして。そして、今のこの体は『町田紗和』のものではない。自分の体の持ち主である『お嬢様』はこの場所でも偉い人らしい。しかし何故か日本で交通事故に巻き込まれて死んでしまった『自分』が今はその『お嬢様』になってしまっているようで。


 「まったく何がなんだかわかんないっての!!」

 「「「「!?」」」」


 毛布の中に轟いた紗和の怒号に、周りの人間が驚いたように息を呑んだのが気配でわかった。

 ふいに誰かの手が頭の上に乗ったのが毛布越しに伝わる。大きな、手だ。


 「……お嬢様、では、」

 「お嬢様、じゃない」


 今までに比べて渋さの入った男の声に、不機嫌そのままの声で訂正を入れる。

 男が呆れたような溜め息をつく。紗和自身も、なぜ自分がこんなにも子供じみた行動をとっているのかわからないでいた。

 すべてを情緒不安定、という言葉で片付けることもできるのだろうが。


 「じゃあ、あなた、でいいですか?」

 「う……ん」


 なんだかすごく疲れてきた紗和は、半ば適当に相槌を打った。


 「まずはきちんとお話がしたい。どうすれば、俺達と向き合ってくれるのです?」

 「か、仮面でも被っていただければ……」


 沈黙が訪れた。

 紗和自身とんでもない事を言っているということは分かるが、それ以外方法が思いつかないのである。というか、これが一番簡単で手っ取り早い。

 顔を隠せばその麗しいキラキラとしたものを見なくてすむのだから。


 「とりあえず聞いておきますが、我々の何にご不満が?」


 先ほどの男とは違う、男とも女とも取れぬ中世的な声が聞こえた。少し何かを堪えているような声音は、きっと紗和に対する腹立たしさが込められているのだろう。

 さきほど出て行った男のように。


 「……いや、その、私、綺麗な人が苦手で……」

 「何故?」

 「いや、トラウマが……」 


 思い出すだけで鳥肌が立つ過去の記憶がフラッシュバックをした。

 紗和の頼りなげな声を聞いたのか、今度は部屋にいた全員が、困ったように溜め息をつく。


 「では、我々が顔を隠せば、あなたはお話できるのですね」

 「……た、多分」 


 なにぶん試した事がないので、自信はない。

 それに今は酷い眠気が彼女を襲ってくる。

 やはり、先ほど叫び声をあげながら全速力で走った挙句、慣れない木登りなんぞをその場しのぎの馬鹿力で行ってしまったからだろうか。


 「あの、眠いんで、寝かせてもらえませんか」


 正直に言う。今の自分は『お嬢様』で、周りの人間が彼女の仕えていることはこれまでの会話の中から大体推定はできた。

 ならば、ここで少しその力関係を利用しようと誰も文句はいわないだろう。

 紗和がそう告げると、周りは一気に静かになった。その後彼らは是と答えた後、部屋を退室した。

 その際彼らが、不安げに丸まった毛布に視線を投げかけていたことなど、すでに眠りについていた紗和が気づくわけもなかった。



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