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EP.34  最高等神官



 「なんじゃ、姿はクリスティアナそのものじゃな。おもしろくないのぉ」


 そう言って、サイラス・エインズワーズは高らかに笑った。普段の紗和ならば、ここで、なにがそんなに可笑しいのかと思うところだが、今日は違った。

 初対面で「面白くない」と感想を言われた彼女は、思わずその場に棒立ちになってしまっていたのだ。珍しいことに。


 それに気がついたサイラスが紗和に向かって手招きをして見せた。


 「何をしておる、さっさとこっちに来んか」

 「……あ、はい」


 素直に言葉に従い、彼の座る反対側のソファーに腰かけた。

 しばらくお互い言葉なく座っていた。というのも、お互いがお互いに、値踏みするような様子で相手を観察していたためである。


 紗和を見つめる瞳が緑色なのはこの国においてそんなに珍しいことではない。髪の毛は白髪なのか元々からシルバーブロンドだったのか怪しいところだが。それでもフサフサしているのは良いことだと思う。

 その感想は、昔から髪の毛が薄くなっていくことを気にしていた紗和の父を彷彿させた。

 サイラスの服は神官らしい白に銀の装飾が施されているローブのようなもの。これがまた似合っているのが中々子憎たらしい。


 ―――いい年したおじい様のくせに。どこの魔法使いだよ。


 そんな黒いことを紗和が考えているとは思っても居ないだろうサイラスが先に口を開いた。


 「おぬしが、あれか、異世界から来たという娘か」

 「まぁ、実際は娘っていう年でもないんですけどね」

 「わしからしてみたら、皺がない時点でまだまだ小娘じゃい」

 「……私も、王様の次に偉い人が、こんなに皺くちゃなおじいちゃんだとは思いませんでした」

 「まだまだ若いもんには負けんぞい」


 紗和のほんの少しの皮肉すらも、サイラスは高らかに一笑してみせる。

 その笑いに、紗和は彼が癖のある人間だということを直感する。詳しく言えば、少し自分寄りの人間だということにも。


 「お主のことは、ジョンダイルから聞いておる。中々面白い人物のようじゃのぅ」

 「面白い人物なのかどうかは分かりかねますが、あの子のいうことをすべて真に受けるのは止めましょうよ。被害を受けるのはこっちなんですから」


 現にあのボケボケ天使は、サイラスがどういう人物なのかまったく説明していなかった。いつも一番重要なことを言い忘れるのだ。


 紗和の呆れの篭った言葉を聞いたサイラスは再び朗らかに笑う。


 「確かにのぉ。……うむ、お主はジョンダイルの事を良く知っているようじゃ。やつは天使にしては少々可笑しいやつじゃが、人を見る目には長けておる。改めて自己紹介といこうかの」


 そこでようやく、サイラスの目がゆったりとした色を持った。今まで品定めをされていることに気がついていた紗和は、とりあえず最初の難関は通過したのだと胸を撫で下ろす。

 いくら軽口を叩いているとはいえ、相手は自分の倍は生きている人間だ。それなりに緊張感は持っておく必要がある。初対面なのだから、尚更のこと。


 「わしの名はサイラス・エインズワーズ。この国にあるすべての神殿の最高の地位、最高等神官をしておる。他の者には詳しくは言ってはおらぬが、お主同様に、この国の四大天使とは一応面識を持っておるぞ。ジョンダイルから、お主の事情の方は聞いて居るゆえに、わしに隠し事は無用じゃ」


 エメラルドの瞳がキラリと輝いたのは、果たして太陽の反射のせいか。


 「そうみたいですね。というか、元々そんなに隠し事ってほどのものはもってないんですが……。それでは、改めて。……始めまして、サワ・マチダです。今はクリスティアナちゃんの体を借りているのでこんな姿ではありますが、一応二十八です。こっちには、ダイちゃんに頼まれて来ました」


 背筋をただし、己の名前を名乗る。自己紹介をした後は、日本人の礼儀に習い小さく頭を下げた。

 心の中で三秒数えて頭をあげれば、興味深げな色を持った老人と目が合う。


 「ほぉ、サワはもしかしなくとも東洋の人間か」

 「え?」

 「彼らは頭を下げる習慣があると聞くぞ」

 「あ、は、はぁ」


 少し動揺した。


 この世界は紗和が元いた世界のパラレルワールドだと聞く。そしてここはイギリスかその辺りの国になるのだろうとも予想が出来る。それはつまり、『日本という国』が『パラレルワールドの一部』として存在していても可笑しくないということを証明する手段でもあるのだ。


 「しかし、厄介なことになったのぉ」


 決して厄介そうとは思っていないような笑顔でサイラスは言う。


 「クリスティアナの魂が行方不明になってしまったようじゃしの」

 「そうなんですよねぇ」


 ようやく本題が見えてきたところで、紗和はため息をついてみせる。

 二人の間に流れるその空気は、どこかの茶の間での一コマを思い出させるほのぼのとしたもの。それは、彼らが本当の焦りをお互いに見せないためだ。それなりの修羅場を越えてきたものにこそなせる業。


 「私も、聞いたときはびっくりしましたよ。まさかこんなことになるとは」

 「彼女の側近達が聞いたらどんなことになるかのぅ」


 再びほっほっほっ、という高笑いが聞こえた。完全に楽しんでいるようだ。


 それを確信すると同時に、紗和の口元が引きつった。始めの方ですでに、彼が癖のありそうな人物であるということも、自分に似ているような節があることにも薄々感づいていただけに冷や汗が流れ出る。


 これでもし、自分が彼の立場であったなら。


 「面白がってますよね」


 それは疑問ではなく確信だ。


 「ん?」


 老人のくせに、その笑顔は十代の若者のようにキラキラしていた。


 「案ずるな、お主が絶体絶命になれば必ず助けてやるのでな」

 「………」


 言外に、『それまでは楽しませてもらうぞい』と言っているようなものだ。

 そしてきっと絶体絶命になるのは、『クリスティアナ』ではなく、『町田紗和』の方。


 ―――絶対絶命になれば、ね。


 嫌な言葉である。


 「じゃあ、とりあえず、クリスティアナちゃんの魂の見つけ方、教えてもらえます?」


 この分では、きっとサイラスは最低限の手助けしかくれないだろう。それはもういい。自分で出来るだけの事はやってやろうではないか。というか彼に助けを貸しを作るのは少し癪だ。

 覚悟を決めて、紗和は質問した。

 思わぬ返答に驚いた様子であったサイラスは、それでも口元の笑みを消さないまま紗和と視線を合わす。


 どれほど面白い人物か興味があったが、これは中々意外に、と、サイラスは思う。その心を隠して、彼は言う。


 「クリスティアナは聖女じゃ。それゆえに、かの娘の魂の色は特殊である。そうじゃのぉ、しいていうのであれば……金色に輝いておる。見ればすぐに分かろうぞ」

 「金色……」


 紗和は脳内メモに必要な単語を書き残していく。


 「見つけることは容易ではない。魂だけの状態であるとはいえ、意思はある。しかもクリスティアナは外の世界を幾程にも知らんからの、一体どこへ行ったのか皆目見当がつかん。そこは天使達に任しておいて良いじゃろう。元々あやつらの失態のせいで聖女は行方不明になった。尻拭いは自分でするじゃろうて」


 天使にむかってあやつら、などと言える彼を素直にすごいと思う。

 という紗和も、ダイちゃんに対してだけは容赦がないのだが、それは完全に棚に上げてしまっていた。


 「地道に探して見つけるのが一番現実的じゃの」

 「地道、ですか」

 「地道、じゃ」


 二人は見つめあい、そしてそれは紗和のため息と共に終了となった。


 頭に手をやって、なにやら眉を潜める。それは彼女がどのように今の状況を感じているのか如実に表していて、サイラスは再び高らかに笑った。

 それを耳にした紗和が寄り一層眉を潜めたが、彼に通用するわけがあろうはずもない。


 「では、貴重な情報、どうもありがとうございました」


 必要なことはすべて聞いた。長居は無用である。

 そう感じた紗和は、さっさとこの場を去ることにする。ソファーから立ち上がってサイラスと目を合わせ、いまだ少しおかしそうに口角をあげる年寄りに頭を下げた。


 「もう行くのか」

 「みんなが心配しますので」

 「めんどくさいのぉ」

 「………」


 ―――お前が言うか。


 思わず、じと目でサイラスを見てしまっていた。しかし彼はそんな事気にした様子もなく、ただただ愉快そうに紗和を見上げるだけ。


 しかしそこに見つけてしまった。


 「これが私の役目です」


 サイラスの瞳に浮かぶモノ。それは少しばかり厄介なものでもありそうで。

 紗和は早々にこの場を去ろうと足を進めた。


 「……その役目、お主自身が好き好んで受けたわけではなかろうに。不憫な娘よのぅ」


 扉に触れた手が、一瞬だけ震えた。


 「なにかあれば、また再びここへ来ると良い。お主であれば、いつでも歓迎しようぞ。……安らかな死を迎えられずに居る異世界の娘」


 最後の一言は、果たして紗和の耳に届いたのだろうか。


 扉が閉まる音が部屋に響いた。


 ジョンダイルに急かされて会った異世界の娘は、意外なほど面白い人物であり、そして予想通り、少しだけ厄介な者でもあった。

 思案顔になるサイラスの隣に音もなく立った長身の影が、ゆっくりと彼を見下ろす。


 「相変わらず底意地の悪ぃやつだなぁ、お前も」


 サイラスが音も無く傍へやってきた彼を見上げると、紅い瞳に写った年老いた自分を見つけた。彼は、『彼らは』何も変わらないのに、自分だけは否応なしにでも歳をとっていく。


 「お主には負けるさ」


 サイラスは昔と変わらない苦笑いをその顔に浮かべて、それだけ言った。







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