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EP.33  白の神殿




 神殿はこの国の首都のすぐ傍の小さな区域にあるらしかった。


 小さな街のようなその場所は、大聖堂があるために人の出入りが激しく、いつも多くの人で賑わっているらしい。しかもそのほとんどが参拝客なのだという。

 王の次に位の高い最高等神官がいるせいか警備に余念がなく治安も良いらしい。

 遠出は一度は体験してみたものの、自然を感じる遠出と街へ出向くという遠出では意味合いが異なる。 

 屋敷の前にある小さな街を抜け、平野が広がる田舎道のような場所を走り続ければ、すぐに賑わいのある道々が見えてきた。


 「そういえば」


 レンガで出来た街路を走る最中、馬車の中で同じように揺れていた紗和は思い出したようにキースを見る。

 彼女と同じように揺られながら外を眺めていた屋敷の主人は少女の声に反応した。


 「なんだい?」

 「今私のいるあのお屋敷って、別荘かなんかですかね?」

 「え?」

 「いや、使用人の数も少ないですし、貴族っていえば普通本家は首都とかにあるものだと思ったのものですから」

 「……」

 「自然が変に多いから、クリスティアナちゃんの静養のためにいるのかなぁって思ったんです。それにキース様、屋敷に不在の時の方が多いじゃないですか」


 しばらくの間キースは固まっていた。

 また自分は余計なことを言ったのかと紗和が思い始めた頃、キースがなにやら感心したように呟く。


 「エドガーのいうように、君は勘が鋭いね」

 「まぁ」


 ―――そういう職場にいたものですので。


 などとは決して言わない。めんどうだから。


 「あぁ、その通り。あの屋敷は私の別荘の一つだ。本邸は首都にあるよ」

 「へぇ」


 ―――別荘の一つって、まだ他にもあるのか。しかも本邸が首都にあるってことは、きっと彼は名のある貴族なんだろうなぁ。……あー、やだやだ、早くクリスティアナちゃん探しださないととんでもないことになっちゃうかもしれない。


 一応覚悟はしているが、それでも大勢の前で十三歳の貴族のお嬢様の真似事をするなんて極力御免こうむりたいものだ。きっと鳥肌ものである。


 そんなことをつらつらと考えていると、突然馬車が止まった。


 「着いたようだね」


 窓の外を眺めながら考え事をしていたのに、考えることに夢中になりすぎて、周りの光景がまったく視界に入ってこなかったらしい。

 キースの言葉が聞こえたと同時に我に返って窓を見れば、そこには真っ白い大きな建物があった。

 たくさんの柱に支えられたその建物は、まさに神殿と呼ぶに相応しいものである。


 「……ギリシャにあるやつとそっくり」


 幼馴染に見せてもらった神秘的なものやファンタジーっぽいものを纏めた本の中に載っていた写真を思い出す。そしてそれはテレビでもよく取り上げられるギリシャの神殿にも良く似ていた。


 従者が馬車を完全に停止させると同時に、扉が開いた。


 そこに立っていたのはエドガーで、いつものように底知れないにこやかな笑みをその麗しい顔に貼り付けていた。


 少し表情がキラキラして見えるのは、きっと今の状況を楽しんでいるからに違いない。


 それがわかっているだけに、紗和はむすっとした心内の隠そうともせずに馬車を降りた。降りる際、エドガーが差し出してきた手を完全に無視して、代わりに近くにあったアーヴィンの手をとる。

 子供っぽい仕草ではあったけれど、エドガーを胡乱げな眼差しでしばらく見つめた後、フンと鼻を鳴らしてあからさまに顔を逸らしてやった。


 「おいおい、勘弁してくれ」


 フランの弱りきった声が聞こえたが、紗和には関係ない話だ。


 一方のエドガーといえば、予想をしていなかった紗和の行動に虚を突かれたように一瞬固まってしまった。

 彼も頭の中では今のお嬢様が『紗和』という女性であることは承知している。けれど、それでも、行動しているのはお嬢様の姿なわけで。そんな彼女にに自分を拒絶する態度をとられてしまえば、否応なしでも動揺してしまう。


 それに対し、アーヴィンは少し嬉しげな表情をしていた。紗和が素直に彼の手をとったからだろう。それがたとえエドガーに対する当て付けだったとしても。


 「それで、呼び出されて来たはいいけれど、ここからどうするんだい?」


 紗和の後に続いて馬車を降りたキースが少し周りを見渡しながら呟く。

 確かに、的を射た言葉だ。


 「とりあえず、神殿の中に入りましょう」


 紗和が歩き出す。


 彼女自身まったく知らない場所ではあるが、目の前に神殿の扉がある以上、別に案内人も必要ない。ただ一直線に歩けばいいだけの話なのだから。

 近づけば近づくほどその神殿の白さと大きさに驚く。

 扉はまるで入ってくれと言わんばかりに大きく開いていた。

 後ろから側近達がやってくるのを確認して、紗和は更に足を進めた。その隣を少し早歩きで歩いてきたらしいコリンが並ぶ。


 「若いねぇ」

 「はは、まだまだエドガー達なんかよりは全然動けるよ」


 コリンがにやりと笑って見せた。

 ようやく扉から神殿の中に入った時、他の側近達が追いついた。キースもまだ一緒にいた。その事に少しだけ驚いたが、別に居ても問題はないのであえて疑問を覚えるのは止めておく。


 神殿は想像していた通り真っ白だった。外も中も、同じ白。


 白くて、何もない。ただの空間。光の反射と白さだけがその場所が現実に存在する場所であることを教えてくれた。ここに入ったら最後、自分がどれだけちっぽけな人間か改めて思うことだろう。


 「聖女様で、あられますか」


 隣から声をかけられた。

 見れば、白いマントに白いフードを被った、これまたどこまでも真っ白な人が一人ぽつんと立っていた。


 「うぉ」


 すべてが真っ白なだけに、まったく気がつかなかった。紗和は小さな悲鳴を上げて仰け反った。

 まるでカメレオンか何かを見てしまったような気分になってしまったのだ。

 少々挙動不審になってしまった紗和を隠すように、エドガーが前に進み出る。


 「エインズワーズ最高等神官に手紙を頂き参上しました。この方が、クリスティアナ・シャンベル・オールブライト様でございます」

 「ようやく聖女様にお目通り叶い、真に嬉しく思います。エインズワーズ最高等神官もお会いするのを待ちわびておりますので、どうぞわたくしめについてきてくださいませ。僭越ながら、エインズワーズ最高等神官の元までご案内致します」


 真っ白なその人は、背格好と声から察するに、中年の男性に思えた。

 彼の言葉に従い、紗和が一歩前に出る。その後をごく自然と他の者達も続いたが、そこで真っ白い人が待ったをかけた。


 「今回は、聖女様だけをお連れするように言い渡されております。側近の方々はこの場でお待ち頂きたい」

 「しかし」

 「最高等神官のお言葉です」


 その名称は、この国では一種の魔法の言葉のようである。尚も食い下がろうとしたエドガー達も、王の次に位の高い人の言葉となれば文句も言えないのだろう。


 「それでは聖女様、どうぞこちらに」


 一度だけ後ろに視線を向けた後、紗和は素直に白い人の後に続いた。




 神殿はどうやら幾つモノ建物が連なって出来ているらしい。

 庭の見渡せる渡り廊下を歩いて、別の建物に入る。その建物の廊下を歩いて数分後、一つの大きな扉の前にやってきた。


 白い人が控えめに扉を叩き、そして紗和のために扉を開けてくれる。


 その静かな行動が、後は一人でお願いします、と紗和に無言で語りかけてくる。静かに促されて、紗和が中に足を踏み入れた。しかし真っ白い人自身は中に入らず、部屋の中に一度礼をした後、そのまま扉を閉じてしまった。

 閉まった扉を見つめたあと、紗和はようやく部屋の中に視線を移すことができた。


 「ほぉ、おぬしか」


 目当ての人を見つけるのに要した時間はほんの数秒。

 元々何もないその部屋にあるのは向かい合うようにして並んでいる二つの長椅子と、壁に立てかけられた大きな鏡だけ。




 その長いすの一つに、かの人は居た。


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