EP.32 抉られる、想い
「それじゃあ、キース様に大聖堂に行くとき一緒に来てもらえばいいよ」
「は?」
紗和の言葉にエドガーは、あんた何言ってんですか、とでも言いたそうな視線を向けた。ついでに、それができれば苦労はしない、とも書かれてある。
他の者達も彼女の真意が理解できずいぶかしむ様子を見せる。
「その最高等神官が居るほどの大聖堂っていえば、大体首都とかそこら辺にあるものでしょ?だったら、キース様にさ、その辺りで仕事の用事があるかどうか聞いてみよう。もしも都合があってキース様もそっちに用事があれば全部丸く収まらない?一緒に行くことで、キース様の心配も少なくなるし、二人の用事は一気にかたがつくし」
結局彼らがこの要求に応じるのを渋っているのは、キースの事を考えているからなのだ。ならば彼自身が共に来てくれれば問題はない。
「なるほど~、さすがサワ様です」
エイダの口から素直な賞賛の言葉が出た。
周りの側近達も思わず押し黙り、それぞれの頭の中で紗和の提案を再検討する。
確かに悪い案ではないが。
「そんなに運よく、事が運ぶでしょうか?」
アーヴィンが眉を八の字に曲げて紗和を見て、そしてエドガーを見た。
「とりあえず、キース様には進言しておきましょう」
「絶対何か用事つくると思うね。私の勘だと」
果たして、紗和の勘は見事に当たったのだった。
サイラスが提示したように、手紙が届いた明後日、紗和はキースと共に馬車に乗り込んだ。
「それにしても、よく都合のいい具合に用事がありましたね」
「ははは、そんなもの」
キースは真っ白な歯を輝かせて笑った。
それは暗に聞くなと言っているんだと勝手に納得して、紗和は窓の外に顔を向けた。
あまりキースと会話をしたことがない彼女としては、彼と二人きりのこの空間は非常に居心地が悪いものである。
せっかくの親子の時間だと変な気を回してくれた側近達の顔を思い出して、思わず口元が引きつった。
この傍迷惑な提案をしてくれたのは他でもないエドガーだ。奴ならやる。
チェスターは心の底から良い案だと笑ってくれたのでここはスルーしておくが、アーヴィンもどこかエドガーを見直すような表情をしていたのはあまり頂けない。
―――あの時の、あのロリコン執事の笑顔をきたら。面白くて面白くてしょうがないって顔してたわ。
ベリアは特に反対することなく黙ってエドガーに従い、唯一彼の裏側に気づいていたであろうフランは胃痛薬がなんとかなどと呟いていて、コリンに至ってはちらりとエドガーを見た後、触れぬ神になんとやらという感じでそそくさとその場から去ってしまった。
きっと今頃後ろの馬車で楽しくやっていることだろう。
後で顔を合わせたとき、不機嫌な顔をして無視してやろうと決める。このお嬢様の顔でそんな事をされたら最後、あの執事は絶大なダメージを食らうであろう。
「………なにか、良からぬ事を企んでいるようだね」
「え~?そんな~」
キースに声をかけられて、紗和はとぼけたように笑った。
バレバレである。
紗和が何故そんなに悪人顔になっているかはこの際脇に置いておくことにして、キースは改めて娘に視線をやった。
昔に比べると見違えるようになった彼女に、キースも喜びを隠せない。
血色の良い肌はクリスティアナの健康状態を現していたし、今は外に数時間いても貧血にすらならなくなってきたとエドガーから報告を受けた。
まだ数週間しか経っていないのにすばらしい回復力である。
そしてなにより嬉しいのは、クリスティアナの笑顔を始終見られるようになったこと。たとえ彼女自身でないとしても、その表情は自分の娘のものなわけで。
「クリスティアナは、母の死を自分のせいだと思っている」
キースがぽつりと呟いた。
外を見ていた紗和が、斜め前に座るキースを見れば、彼の銀色の仮面から除く瞳が自分をまっすぐ射抜いているのがわかった。逸らすこともできずに、二人はじっと視線を合わせ続ける。
「元々体の弱かったカレンは……私の妻は、子供を生むことすら難しい体だと医者から言われていた。彼女はそれを承知だったから、私との結婚を拒み続けた。私は長男で、家を継ぐ身だ。跡取りを生めない自分を妻にすれば、周りに迷惑をかけるのは目に見えているとね」
キースの昔語りに、紗和は静かに耳を傾けていた。
「それでも私達は結婚した。そして数年後、妻に子供ができたとわかった時、正直迷ったよ。生めばカレンの身が危なくなる。けれど、私とカレンの子供を見てみたいとも思った。そんな私の迷いとは裏腹に、カレンは子供を生むの一点張りで、誰の言葉も聞かなかった。クリスティアナを生むこと、それがカレンの最初で最後の、私に言った我侭だったんだ」
当時を思い出すように、キースは外に目をやった。
周りはすべて平野だが、彼の視線の先にあるのはきっと妻の姿だろう。自分と最愛の人との間にできた子供をこの世に送り出し、そして逝ってしまった女性。
芯の強い人だったんだろうな、と紗和は思う。
「奥様はきっと、幸せだったでしょうね」
「え?」
「だって、好きな人との子供を生むことができたんだから。………少しの間かもしれないけれど、愛する人と、自分と、お腹にいる自分の子供と、三人で一緒にいることができたんだし」
紗和は笑う。
「やっぱり、同じ女として、そういうの、憧れましたねぇ」
死んでしまった自分にはもうできない、遥か昔に描いた憧れ。
「なぜ」
キースの口から言葉が零れる。
「何故、過去形なのかい?」
「え?」
今度は紗和が聞き返す番だ。
驚いてキースを見返せば、彼も解せぬという雰囲気で紗和を見ていた。
「………前々から疑問に思っていた。君は一体、誰なんだ?神が使わした魂だというならば、何故『サワ・マチダ』という不思議な音の名を持つ?なぜ、懐かしむように、昔を語る?」
「………」
「君は天使の一人か、その眷属では、ないのかい?」
改めて聞かれたその質問に、紗和の心が、想いが、抉られる。
彼の質問に答えようと口を開き、しかし何を言えばいいのか分からずまた口を閉ざす。
何をいえばいい。なぜこんなに動揺する。
この間話したばかりではないか。開き直ったではないか。今更そんなこと、悩んでも仕方がないと、わかっているはずなのに。
答えられない自分が、悔しくて、そして、そんな風に思ってしまう自分が、悲しかった。