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EP.31  届けられた手紙



 落ちてきたすべての本を片付けて部屋に戻ったのは、そろそろ終課の鐘が鳴り始めようという頃だった。


 仮面をつけていないエドガーを見て感動したのは他でもないエイダで、非常にキラキラとした表情でアーヴィンとエドガーを見つめ、その後疲労の溜まった顔で肩を回す紗和をみた。


 「さすがです、サワ様!」

 「お?」


 歓喜あまった様子で飛びつかれる。紗和は目を白黒させてエイダを受け止めた。二人の間には少しだけ体格差があるものだから、抱きつかれる、というよりは、抱き込まれると表した方がいいのかもしれない。


 「この調子でがんばってください!エイダ、微力ながらお手伝いします!」

 「君がどうやって手伝うってゆうんだよ。お嬢様の問題だろ、それは」

 「あ、コリン君」

 「お嬢様、検査の時間だ」

 「ベリアも」

 「あの、先ほどお嬢様宛の手紙が届いたのですが………」

 「チェスターくんも、どうしたみなさん揃って」


 いまだエイダに抱きつかれたままであるが、もう引き離すのも面倒だ。エイダに好きなようにさせておいて、紗和は顔だけを勢ぞろいした側近達に向ける。

 彼らは皆、仮面を外しているエドガーを見て一瞬驚いたようだったが、その後何か嬉しそうに頬を緩めていた。


 ―――やっぱり、仮面は邪魔なんだろうなぁ。


 申し訳ない気持ちに駆られるのは今更の話だが、それでもこうして感じるとその気持ちは大きくなるものだ。


 「それで、手紙というのは?」


 仮面が取れたことで、エドガーは非常に解放感溢れる表情をしていた。

 しかし例え顔が綺麗であっても、やはり彼が腹に一物抱えた人間に思えてしまうのはこれまでの行いのせいだ。それ故に、どれだけ綺麗に微笑まれても、心の中では禄でもないことを考えているだろうと勘繰ってしまう。そしてそれはあながち間違いでもないのがまた悲しい。

 仮面を被っていない分、その落差は激しくなる一方だろう。


 ―――まぁいいさ、真っ当勝負というこうじゃないか。


 考えていたことを頭の片隅に押しやって、紗和はエドガーの手の内にある手紙を見つめる。


 「……私宛ってことは……」


 そこで思い出した、昨日の夜のダイちゃんとのやり取り。


 「ねぇエドガー、それって、サイラスなんとかって人からの手紙?」


 紗和としては、何気ない一言だった。ただ、自分を助けてくれるかもしれない人の名前を言っただけで、それがまさか皆に衝撃を齎すなどとはおもってもいなかった。

 紗和の言葉に、側近達は一斉に固まり、エイダもようやく紗和から体を離した。不自然なほど静まり返った空気の中、彼女だけが冷静に歩みを進め、固まったまま動かないエドガーの手から手紙を抜き取り、これまた冷静に差出人の名前を読み上げる。


 「あら、本当。サイラス・エインズワーズ様からですね、この手紙」

 「誰、それ?」


 紗和の疑問に驚きを持って答えたのは固まっていたベリアだ。


 「え、エインズワーズ最高等神官を知らないのか!?」


 目を剝く勢いで言われたものだから、紗和は逆に知らないことが申し訳なく思えた。


 「い、いや、名前だけ……」

 「エインズワーズ最高等神官といえば、この国では王に次いで位が高いお方です。王子や王女などの並の王族よりも権力のあるお方ですよ」


 エドガーが冷静に説明する。

 その言葉に、チェスターが頷くように同意していた。


 「はぁ!?」


 何気にすごいらしいその人の説明に紗和が目を剝く番だった。あのボケボケ友人はまたしても大切な事を言い忘れていたらしい。


 ―――王様の次に偉くって、王子様より偉いって。ってか、この国王族居たんだ。


 「お嬢様って、変なとこ無知だよなぁ」

 「コリン、サワ様になんてことを言うんだ」


 コリンの何気ない言葉にアーヴィンが説教の言葉を入れる。


 「それで、手紙には、なんと?」


 いまだ衝撃が収まらないのか少し興奮気味のベリアがエイダに視線を向け、その後手紙を見つめた。それは他の側近達も同じだ。


 彼らに促されるがままにエイダは手紙を開ける。


 普通なら、一端のメイドが側近達を差し置いて主人宛の手紙を開けることなど言語道断ではある。だが、如何せん相手がエイダで、しかも彼女の主人が紗和であるので誰も文句は言わない。

 手紙を開け、中を一通り読み終えたエイダが、その手紙をすぐ近くにいたフランに渡した後、口を開いた。


 「えーと、要約しますと。『はぁ、ほんとに疲れたわい。ジョンダイルがお前さんに会えっていうからがんばって仕事して暇を作ってやったぞい。てなわけで、明後日神殿に来るように。ほっほっほ、会うのが楽しみじゃな。ばーいエインズワーズ最高等神官』ということです」

 「いやいや、どんな要約!?しかもなんか変な私情が入ってるし!」


 エイダのかなり無理やりな要約の仕方に、またもや突っ込みの手が出てしまった紗和である。

 側近達の驚いた視線に晒されて、誤魔化すように咳きをする。その時さり気なく左手で右手を隠した。


 ―――しまった、まさか彼らの前でこの一発芸を披露することになるとは。


 もしもこの心の声を幼馴染が聞いていたら、彼女は冷静にこういうだろう。『それはただの突っ込み。一発芸ではないから』と。そして、『てか、そういうやり取りをする方がどちらかといえば芸じゃない?』とも付け足すはずだ。


 「ってことは、その人が私に会いに来いって言ってるわけでしょ?」

 「ジョンダイル様から言われたと、書いてありますが」


 チェスターの声音はとても驚いているようだ。

 しかしあいにくのところ、紗和にはその驚く理由がわからない。なぜならその張本人に昨日の夜会っているのだから。


 「エインズワーズ最高等神官はこの国で唯一四大天使すべてを祭っている大聖堂の管理者であり最高権力者だ。天使様達との会話もやろうと思えばできるんじゃないのか?」


 フランがあまり興味が無さそうに呟いた。

 それに対してベリアの反論の意の篭った視線が飛ぶが、フランは大して気にした様子はない。


 どこか冷静に物事を見つめるベリアとフランは、どちらかといえば似たもの同士の部分もあるように思う。数ある側近達の中でも、大人な付き合いをしている二人だと、紗和は思っていた。しかしこうして改めてみると、そういうわけでもなさそうである


 最初に言葉を交わした時にも思っていたが、ベリアは天使や宗教に関しての話題になるとどこか我を忘れる節があるようで、反対にフランはまったく興味がなさそうだ。

 フランはどちらかといえばエドガーやアーヴィンと馬が合いやすく、ベリアはチェスターやコリンと居る場合の方が多かったりする。


 けれど紗和から言わせて見れば、正直フランとチェスターの二人が一緒に居るとなんだかとても落ちついた穏やかな雰囲気が生まれると思っていた。


 「このさ、大聖堂ってどこにあるの?」


 屋敷の外に出たのは、先日の湖鑑賞ぐらいであった紗和は、基本的な質問をした。この国の地理はまったく分からない。今度地図でも見せてもらおうかと思案した。

 すると側近達がざわつきだす。


 「………大聖堂に行くには馬車を使わなければいけません。キース様に外出を控えるように言われた矢先にこの催促ですか」


 エドガーが疲れたようにため息をつく。

 皺の寄った眉間を指で解しながら、視線は片手に持っている手紙に向けられている。今彼の頭の中では、この話題を打開するための案が、グルグルと駆け巡っていることだろう。


 「いや、この人王様の次に偉いんでしょ?だったらこっちに拒否権はないって」

 「それは、そうなのですが……」


 紗和の当たり前な意見に困ったように返答するのはチェスターである。彼の眉が八の字に曲がっているであろうことは、仮面越しでも簡単に察しが付く。


 「めんどくさいことは大人に任せるよ、ボク、難しいことはよくわかんないからさ」


 早々に白旗を揚げたのは一番年下のコリンだ。

 いつもは口達者である彼も、こうした大きな出来事にはあまり口を出さない。それは彼が幾ら案を出したところで採用されるはずがないことを知っているからだ。

 側近達はみな自分より年上で、立場的には自分が一番弱い。

 こういう時、彼の存在が求められることはない。


 「………」


 部屋にあったソファーに身を投げて、そのまま動かなくなったコリンを見届けた一同は、再び会議に戻る。


 その中で、紗和だけはそろそろとその輪から抜け出し、自分のベッドの上に置いてあった薄いブランケットを持ってコリンの元へ向かう。

 少し寂しそうな背に、紗和はゆっくりとブランケットを掛けてやった。

 ソファーの背に顔を向けたまま横になっているせいで彼の表情は見えないが、きっと不貞腐れていることだろう。


 まだ年若い彼には不似合いな大人の話し合い。

 小さな甥っ子が不貞腐れて壁に向かって座り込む背中が、今目の前にあるコリンの背と重なったものだから、紗和はどうしても見過ごせなかった。


 「年が若いって言うのは、不利だよねぇ」

 「……っ」


 コリンの肩が揺れる。

 その肩に手を置いて、紗和は言葉を続けた。


 「でもさ、別にいつまでもその年でいるってわけじゃないし、今だけだよ。それにコリンくんはしっかりしてるから。……私だって、若い頃はいろんなことに参加できなくて、悔しい思いしたもんよぉ。今となってはいい思い出だけど」


 思い出すのは就職したての時の自分。女性だったから尚更不利な状況だった。

 コリンからの返答はない。

 ふっとため息をついて、紗和は元の輪に戻るために立ち上がる。


 「……ありがとう、ございます」


 コリンの呟くような礼の言葉が聞こえた。

 返事をする代わりに、彼の頭を一度撫でて、紗和はコリンの傍から離れた。





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