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EP.28  鏡越しの逢瀬


 『よかったね、克服できて』

 「全然。まだまだこれからよ。アーヴィンくんが終わっても、付き人の皆さんは後五人は居るし、キース様も居るし、この屋敷に居る綺麗な使用人の人達だってたくさんいるんだから」

 『………そんな風にいうと、先は長いね』

 「そうそう」


 鏡の前で力強く頷く紗和を見つめながら、ダイちゃんは笑った。


 「ダイちゃんだってまだ仮面付けてるしね」

 『気長に待ってる』


 こうして十数年ぶりに再会した幼馴染と鏡を通して話すことにもすっかり慣れた。こうして話すのはいつも夜中で、周りが薄暗いことが気味悪く感じていた紗和だったが、それに気がついたダイちゃんが天使ならではの方法で鏡の縁を仄かに光らせてくれることで、それ以上怖がることもなくなった。

 金髪巻き毛の顔に仮面が付けられているのはとても不気味だが、今更の話だ。


 ―――なんてったって周り半分以上が仮面だしね。もうみんなタキシー○仮面みたいになってるからね。誰が私の本当のタキシード○面様だ!?ってぐらい居るからね。


 そう思うと乾いた笑いがでるというものだ。


 「にしたって、四大天使っていうのは結構すごかったんだ」

 『あぁ、聞いたんだ』

 「うん」


 そう言って、紗和はエイダの聞かせてくれた話を掻い摘んで目の前の天使本人に話して聞かせる。それが事実かどうか、実際に体験した人物に問いただしたといってもいいだろう。

 結局、エイダの話は本当で、コリン達の信じていることはほとんどが人間の良い様に解釈されたものだということがわかった。


 「危ない危ない、エイダが居なかったら間違ったこと信じちゃうとこだった」


 汗をかくような真似をして紗和は息をつく。


 人間というのは厄介で、一度信じ込んでしまったら最後、相当なことがない限りそれを信じ続ける。それが真実でも、捻じ曲がったものだとしても。


 だからこそ、無意味な戦争やら争いが起きるのだろう。あれの根底にあるものは価値観の違いだと紗和は分析している。人間、分かり合えない人種など無いのだ。後は個人個人の問題である。でなければ、移民がたくさん暮らしている国など毎日戦争ばかりではないか。


 すると鏡に手をかけたダイちゃんが妙に真剣な声音で彼女に語りかけた。


 『その『間違った』ことは、人間の間では『本当』のことなんだよ。もしも紗和がこの国に生きる人間だったなら、エイダに話を聞いてもきっと信じなかったと思う。だけど紗和はそうじゃなかった。……今の君の位置はとても不安定なものだからね』


 鏡越しに当てられたダイちゃんの手のひらは決して鏡を越えて紗和に触れることはない。そういう決まりなんだと先日言っていた。


 「どんな感じに不安定なの?」


 興味津々で問いかけてみる。

 彼女自身はそんなに気にしていない。

 ちゃんとした目的があってこの世界に存在する以上、不安定になったところでどうしようもないからだ。


 けれどもし自分が死んでこちらの世界に来ていなければ、きっと今だに元の世界に帰りたいと悪足掻きをしていたに違いない。いつ帰るかも本当に帰れるかすら分からない状況で、身も知らぬ世界に放り込まれたら、そんなこと想像するだけで背筋が寒くなる。それがもし、帰る場所がちゃんと存在しているなら尚の事。


 幼馴染がよく語っていた話ではあるが、それが実際に起きてしまえばきっと笑い話では済まないだろう。本当に、小説という次元の違う場所で起こるからこそ安心して楽しめるというものなのだ。


 最初に感じたこの世界の人々の疑惑に満ちた視線と殺気。


 もう大丈夫だと思っても、時々思い出してはぞっとする。

 クリスティアナの体を借りていて本当によかったと、胸を撫で下ろさずには居られない。


 『紗和?どうしたの?』


 無意識のうちに、自分で自分を掻き抱いていたらしい。ダイちゃんの気遣うような言葉と共に自分の腕が交差されていることに気づいて慌てて外した。


 「ううん、なんでもない。………で、なんだったっけ?」


 ダイちゃんは彼女の幼馴染であり、この世界で敬われる対象であると共に、紗和の心強い講師でもあった。知らないことはダイちゃんとエイダに、という変な公式が本人達の知らないうちに紗和の中で出来上がっていたりするのだから。


 『紗和の存在が不安定な位置にいるってこと』

 「あ、うん、そんな話。で、なんで?」

 『ここの側近達は、君を神が選んだ魂だと思ってる。それはつまり、彼らにとって君は神や僕らに近い存在ってことを示してる。でも、僕達は君が普通の人だったってことを知っているし、たまたま色々なことが重なった結果、聖女の体力回復に付き合ってもらってるってこともわかってる。それは僕達にとって君が人間よりであることと同じなんだよ』

 「つまり、私は見る人によって立場が変わるってこと?」

 『申し訳ないけど、そうなってしまう』

 「でもさ、誰も知らないじゃん、本当の事」


 知っているのはきっと己と天使、そして神様ぐらい。だったらそんなに問題でもないと思う。


 ―――それにしたって、私、よく考えれば色々大事なこと隠してるよねぇ。


 どんどん軟化している周りの人々の態度を思い出して、自分が彼らを欺いている事実を思い出した。それでもあまり罪悪感を抱かない辺りが、彼女の神経が図太いという証拠である。

 割り切っているといってもいい。


 『だけど、もしもの事を考えて、紗和には一人、会ってほしい人が居るんだ』

 「ん?」

 『行方不明のクリスティアナの魂を探すって言ってくれたでしょ?それについても、色々助言をしてくれると思う』

 「本当!?」


 文字通り、紗和は鏡に飛びついた。


 実際行方不明の件は彼女の頭の隅にあったのだが、どこをどう探していいのかわからなかったし、どんな姿をしているのかもどんな風に保護すればいいのかもわからなかったので、今の今まで手付かずの状態だったのだ。


 『その人にはもう事情は説明してある。忙しい人だからいつ会えるかは彼の都合によるけど、でも近いうちに会いたいって言ってたから』

 「わかった」

 『サイラス・エインズワーズって名前だから。言えばきっとみんなわかる』

 「わかりました」

 『結構癖のある人だとは思うけど、きっと紗和とは気が合うんじゃないかな』

 「その言葉ほど当てにならないものもないけどね」


 ボケボケ友人は紗和のため息交じりの言葉に首を捻って口元を綻ばせた後、時間だと言って鏡から背を向けて歩き出す。

 数歩歩いたところで彼の姿は鏡の中から消え去った。


 ダイちゃんが居なくなったのを確認して鏡に布をかける。すると縁の明かりも同じように消え、部屋の中は月明かりだけの静かなものとなった。


 「………はぁぁぁぁ」


 なんとなく眠る気になれず、ベッドの上に仰向けのまま転がった。深呼吸をしようと口を開けば、代わりに出てきた大きなため息。


 日本の迷信では、ため息をつくと幸せが一つ逃げると言われているが、正直紗和は信じては居なかった。たとえば仕事が一段らくしたときなど、ため息は自然と無意識の内に吐き出される。それは、気持ちに区切りをつけるときだったり、一休みをする合図だったり。


 ため息をつくとなんだか体から力が抜ける気がする、と元の世界にいる幼馴染に話した際、彼女は不思議な目で紗和をみたものだ。


 一度寝返りを打って、もう一度ため息をつく。




 もう、元の世界の夢を見なくなって、どれぐらいの時が経つのだろう。


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