EP.27 堕天使
不思議な緊迫感漂う中、紗和は話す。
「ホリネアの名称と、アーストリアっていう聖霊のこと。それから、火、水、土、風、それぞれに属するのホリネアが人々に宿って、アーストリアという悪の聖霊からみんなを守っているってこと」
聞いた話を要約して話せば、なぜか目の前のエイダは小さくため息をついた。
「………やはり、コリン様達の考える伝承はそうなってしまうのですね。……サワ様、今からお話することは、もしかしたらこの国の秩序を変えてしまうことなのかもしれません。ですが、サワ様はこの世界に生きている方々とは生き方も考え方も違う。それはこの世界に置いて悪いことでもあり、良い事でもあります」
言葉を綴る彼女は、いつもの元気いっぱいのはちゃけたエイダではなく、やはり違和感を覚えてしまう。
けれど、彼女の話を中断させようとは思わない。きっとこの話は必要なことだ。
「聖霊の話はすべて同じです。ただ付け加えることがあるなら、それは、すべてのホリネア、そしてアーストリアが天使の守護下にいるという事です。火のホリネアにはレイシャルア、風のホリネアにはジョンダイル、地にはアズベーゼナ、そして水のレイザンベルト。これを人々は四大天使といいます」
「じゃあアーストリアは?」
紗和の質問に、エイダの瞳が翳る。
聞いてはいけなかったかと紗和が思ったところで、エイダは口を開いた。
「アーストリアは闇の聖霊。しかし元はホリネアの一種でもありました。空を司るものです。そんな彼らが何故悪と呼ばれるようになったか、それは、空を配下に持つ守護天使が神の天罰を受け、堕天使となってしまったから」
「………」
紗和の脳裏に幼馴染の幸せそうな笑顔、もとい涎を垂れ流し目をハート型にしている女性の姿が浮かんだ。
―――『堕天使』、か。
思わぬ落とし穴である。
「で、その堕天使さんはなんでそうなったの?」
「それはもちろん、神の命に背き反逆を加えたから、と人々は信じています。堕天使の名前はラクザレス。彼が地より下に堕ちたことにより、この国は三つの世界に別れました。天界に、神と四人の天使。地上に聖霊達と、シェーシア」
「シェーシア?」
また新たな名前が出てきた。
記憶力には自信のある紗和だが、すでにその自信は海の奥底へと沈めてある。ホリネアの四つの名前も、天使の名前すら、すでに覚える気など、ない。
紗和がそんな事を考えるとは思いもしないエイダはただ素直に彼女の質問に答える。
「シェーシアとは、天界と地下を行き来することを許された天使の総称です。といっても、実態はなく、その姿はどちらかといえばホリネアに近いですね。この国に二つしかないシェーシアは、天界と冥府に住まうラクザレスの伝通訳を担っているといわれています」
「ふぅん」
紗和は、非常にやる気のない声音で相槌を打った。
「そして地より遥か下の世界、冥府と呼ばれる場所に堕天使ラクザレス様。アーストレアを司る堕天使、ラクザレス様は、元々五大天使の一人として数えられてきました。しかし、醜い人間の考えに穢れ、主である神に裏切りを働いたため、堕天使として天界を追われたのです。追われたきっかけが人であったため、人に恨みがあるといわれ、そのため、彼の守護下にある聖霊、アーストレアは人間に害を成すと人々は恐れているのです」
とても悲しそうに話すエイダが少し印象的だった。
そして同時に、紗和は、『因果』という言葉を思い浮かべていた。
「ここから先は、数少ない人々が知る話しなのですが」
エイダが席を立ち、紗和の隣に座った。そして、まるで内緒話をするように声を潜める。
「ラクザレス様や他の天使達は、人々を見守ると同時に、彼らに影響されやすい方々でもありました。その頃は神も人間達を可愛がっていて、それがよくなかったのでしょう、驕りあがった人間達は五つのホリネアの内、空を司るホリネアをいつのまにか悪として認識し始めてしまったのです」
「は?人間が?」
思わぬ話の展開に頬杖をついていた紗和は一気に目が覚めた様子で隣に座り話を聞かせるエイダを見た。
一つ頷き、エイダは続ける。
「驕りの過ぎた人間達は、自分達の都合で天使の一人を堕天使にしてしまった。けれど彼らはその事実を知りません。すべて無意識の内に起こったこと。彼らはどこかで『悪』を求めたのです。自分達を正当化するためには、反対があればいい。そしてそれらを批判すればいい」
そう言ったエイダの瞳にはどこか冷めた色が浮かんでいて、そして紗和もまたため息がこぼれた。
「………どこの世界も、人間達は考えることが一緒ってことか」
紗和の言葉に批判も肯定もせずに、エイダは力なく笑うだけ。
「その負の影響を受けたのは誰でもない、ラクザレス様本人です。結果彼は冥府へ落ち、そして人々は更に彼を追い詰めた。神の領域を侵す大罪、無闇な殺生をした場合、その人間のホリネアはアーストレアに変わります。そのため、アーストレアを宿した人間は神の裁断の元処罰、つまりは死刑をされるのです」
その言葉に、紗和は思ったことを口にした。
「いや、それって神の裁断でもなんでもなく、ただ人間達がやりやすいように解釈してるだけでしょう?……私の国の話だから、この世界とはまた違うのかもしれないけどさ、人が人を殺めるのは、ただその人自身の都合であって、別に他の何かのせいじゃないでしょ。それに殺しをしたらホリネアが変わるっていうのはおかしいって、……普通は変わった後に殺しをするもんじゃない?」
紗和の指摘に、彼女の隣に座る侍女は笑った。
紗和の考えは白いままだ。この世界の考えに染まる前であるうえに、彼女の中には、彼女自身の信じるべきものがすでにある。滅多な事では揺るがないそれはきっと、この国で生きていくうえで大きな強みになるだろう。
「そう、わたしも思っています。人々のいうホリネアは、あくまでもアーストリアと対になる存在であって決して人間を災害から守るためにあるわけではありません。ラクザレス追放の後、神は人間と干渉することを止めました。それは天使達も同じです。すでに人間は神や天使の守護の元には居ません。居るのは、聖女と呼ばれるただ一人の少女と、野生界に生きる生き物達だけです」
「はい!」
紗和が手を上げた。
「それって矛盾してない?聖女も人間でしょ?」
「えぇ、ですが聖女は普通とは違います。初代聖女様は、神と人間の間に生まれた尊い身分の方でした。彼女は天界と地上を行き来し、人間達に尊敬され、そして天使や神に愛されました。けれど人間の血を受け継いだ彼女は五百年を生きた後、息絶えた。それを悲しんだ神は、彼女の断片を人間の娘に宿らせ、それからというもの、聖女を受け継いだ娘が亡くなるとその同じ日に生まれた娘がその魂を受け継ぎ次の聖女となるのです。ホリネアも四つすべてで彼女の生誕を祝います」
「はぁ」
聖女というぐらいだから、きっと自分の身を滅ぼしてまで人々に尽くした女性なのだろうと思っていた。もちろんモデルはジャンヌ・ダルクだ。
しかし実際彼女は五百年生きたという。
「それじゃあ結局、人間があーだこーだいってる聖霊達も、神様も、天使達も、もうとっくに人間を見放してたってわけね」
「アーストリアもまた良い意味でも悪い意味でもこの世になくてはいけない聖霊であって。それを時と共に人間が良いように解釈した結果、アーストレアが悪の聖霊と成れ果ててしまったことは、神もそれはお怒りだったと聞いています」
「じゃあ、とりあえず私が覚えておいた方がいいのは、ホリネアでしょ?アーストリアでしょ?神様に、四大天使、堕天使と、モンスター、アニマル、シェーシア、でいいの?」
どこかのテストにでるわけでもないのに、紗和はいつもの癖で自分が覚えなくてはいけない最低限の単語を上げていた。覚えておいて損はないと思われるものを彼女なりに考えてみたのだ。
「あ、もう一つあります。カネトリアです。これは衝天する前の、人々の魂です。ホリネアがスピリットだとすれば、カネトリアはゴーストになります」
「わかりました。じゃあ追加でカネトリアね」
「モンスターについては、またこれから詳しくお教えしますので」
「お願いします」
こうして、今回の授業は終了したのだった。
唯一つ、疑問を残して。
―――なんで、ただの屋敷に仕えているだけのエイダが、あんなに詳しく、しかも信憑性のある話を知ってるんだろう。まるで、自分もその場に居たかのように。