EP.24 彼女の秘密
「お嬢様!」
「アーヴィン!!」
アーヴィンに抱えられて馬車まで移動する中、ジハング達の駆除を終えたらしい他の側近達が二人に走り寄ってきた。
人によっては血に塗れている者もいて、紗和は思わず顔を歪める。
血は怖くはないが、見ると気持ち悪い。少量であればまだ大丈夫だが、多量であるとなおさらの事。
「大丈夫ですかっ!?」
予想通り、エドガーの心配ぶりは笑えた。
「大丈夫大丈夫」
「とりあえず、お着替えを」
川の中でドレスを脱ぎ捨てた紗和は今こちらの世界でいう下着、元の世界ではどちらかといえばネグリジェのようなもの、だけを着ていた。
下着といえばブラジャーなどを思い浮かべる紗和は、こうしたことに関してはそこまで頓着はしないものの、やはり住む時代が違えば考えも違う。
エドガー達男性陣は少し慌てた風だった。
紗和はなぜかベリアと共に一つの馬車に押し込まれた。
その間に他の者達はジハングの亡骸を始末することに専念し始めたようである。
「え、ちょっと待った!ベリア、だ、大丈夫だよ、私一人でできるってっ」
例え医者であっても、このネグリジェを脱いだ姿を晒すのは抵抗があった。自分はクリスティアナの父であるキースに胸を張って娘さんの貞操を守る宣言をしているのだ。決してベリアが変な気を起こすということを危惧しているわけではないが、嫁入り前の少女の裸を男の前に晒すのは気が引ける。
先ほどとは打って変わって慌てふためく紗和を、ベリアはしばらくの間静かに見つめていた。けれど途中でなにやら申し訳なさそうな雰囲気を纏い始めた。
「ん?」
少し様子が違うベリアの様子に、紗和は慌てることを止める。
するとベリアは急に頭を下げてきた。
「今まで隠してきたこと、まずは謝罪したい」
「へ?」
なぜ謝れる側にいるのかわからずちんぷんかんぷん状態の紗和に、ベリアは衝撃の一言を浴びせたのだった。
「私は、女だ」
「………………………」
たっぷり数十秒の間を置いた後、紗和はこれ以上にないほどに目を見開いて叫び声を上げた。
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
これまでベリアを男と信じて疑わなかった紗和は、突然打ち明けられたその事実に口を閉口させるだけで二の句が告げなかった。
ある人が見れば大げさではないかと思うほど驚いていた。
それでも、受け入れられる余地はあった。
それらは確かに紗和にも疑問をもたせたもので。たとえば、男にしてはまったく骨ばっていない手とか、中性的過ぎるその声や容姿だったり。
けれどベリアの立ち振る舞いは他の男達の中でもまったく引け劣らないもので、すぐにそれらの疑問を吹き飛ばすものだから、紗和も深くは考えていなかったのだけれど。
「じゃあ、さ、ちょっといい?」
手のひらを掲げて、紗和はベリアを見る。
「了解した」
それが何を意味するか正しく受け取ったベリアはやや緊張感漂う面持ちで頷く。
了承の意を確認して、紗和は自分の手を彼女の胸に乗せた。
「……………」
「………」
再び流れる長い沈黙。
しかし結果は出た。
「………胸、あるね」
さらしのようなもので巻かれているようではあるけれど、確かに感じた胸の弾力。それは男ではありえないもの。
「じょ、女性でした、かぁ」
「騙すつもりではなかった。だが、お嬢様の魂が急に入れ替わり、用心のために………。女であるために馬鹿にされては堪らないと思ってしまったゆえ………」
本当に申し訳なさそうに座るベリアは、確かに女性だった。
―――なんで気がつかなかったんだろう。
「お嬢様は、そのような心配をする必要がないほど、立派な方であったのに」
「いや、そこまで大したことないし」
女性であれば気にする必要はない。と、紗和はベリアが用意をしていた服に着替えていく。
着替えが滞りなく終了し、紗和はベリアと共に馬車から降りる。
少しだけ血生臭い匂いが漂っている地面も、すでにジハングの亡骸一つすら残ってはなかった。地面に広がるどす黒い赤さえ気にしなければ、普通に立っていられる。
「………ねぇ、まだ私に隠してることとかある?」
「え?」
側近達が紗和の前に集結した時、紗和は心なしか青白い顔をして目の前の青年達を見つめた。彼らは揃いも揃って不思議そうな顔をし、唯一ベリアだけが仮面に手を置いてため息をこぼした。
「だって、だってさっ」
耐え切れなくなった紗和は、思いの丈を伝えるために目の前の側近達に詰め寄った。
「みんなが揃いも揃ってこんなに綺麗っていうのも前々から不自然だと思ってたの!しかも、初対面で女性と思ってたチェスターくんが男性で?絶対に男だと思ってたベリアが女性?………私はもう何を信じていいかわからない!これでエドガーが女だって言われても信じちゃうからね!」
「だからなぜ、いつも矛先を私に向けるんですか!」
「………人徳の差?」
えへ、と紗和が笑えば、口元の引きつっているエドガーがわざとその仮面に手をかけた。
「ほほう、そのような口を利きますか。いいでしょう、では、アーヴィンの顔は見れるようになったわけですし、私ももう大丈夫ですよね?」
「ちょ、待って!まだだめ!」
仮面を外しにかかるエドガーの手を掴み、仮面を彼の顔に押し付ける。
「あんたがいかにロリコンでツンデレで、腹の黒い人間かわかっても、それだけじゃまだだめらしいのよ!もっとこう、私の注意すべてを奪っちゃうようなすごい邪悪な部分が………」
「じゃ、邪悪とは失礼なっ」
「図星でしょ!」
―――本当に、この二人は一体なんなんだろうか。
意味不明なやり取りを続ける二人を生暖かい目で見守っていた側近達は一斉に同じ事を考える。その後ろにいる三人の護衛も、始めてみたお嬢様と執事の会話に目を瞬かせていた。
二人の間には決して甘い空気はなく。けれど本気でお互いを毛嫌いしている風でもない。
あえていえば、少しそりの合わない悪友、といった感じだろか。
―――それにしたって、あのエドガーを憤慨させてもなお会話を続けるその心意気はすばらしい。
エドガーの本性を誰よりもわかっているはずの彼の同僚の麗人達は、改めて『サワ』という女性のすごさを目の当たりにしていたのだった。