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EP.19  はじめの一歩


 「良かったじゃないですか、こうして仲直りできたのですから。感謝はされど恨まれる覚えはありませんね」

 「とぼけてるんじゃないわよこのロリコン執事が!あんな底なし沼みたいなところに一人突き落とすような真似して!」

 「ですからなんですか、その変な名称。……しかも底なし沼に落とすなど品のない例えを」

 「気が向いたら教えてあげる、けど今は教えないし、今更私の文才のなさに突っ込むな。詩人でもあるまいし、大体分かればそれでいいのよ!」

 「あなた私より年上なのでしょう?そんな大人気ない」

 「結構。あなたのそのひん曲がった根性に比べればこんなの、あなたの大切なお嬢様の寝顔ぐらいかわいいものよ」

 「なっ、あなたのそんな歪んだ性格とお嬢様を比べないでください!」

 「じゃあ少しは改めたらどうなのその性格!」


 エドガーが用事から帰ってきて、クリスティアナの自室にて紗和と対面してから約半時間。二人は終わることのない子供じみた言い合いを繰り返していた。


 そんな彼らを生暖かい目で見守っているのは、側近達全五人と世話係のエイダである。ベティは早々に夕食の用意のため立ち去った。

 立ち去る際、付き合いきれないといわんばかりのため息を吐き出して。


 「そもそもあなたはもっと私を敬うべきなのよ、こう心の底から」

 「あなたを敬う?躾けるの間違いなのでは?」


 これ見よがしに、エドガーは鼻で笑った。


 「っ!?」


 紗和の口元が極限まで引きつりあがった。


 その様子をエイダとチェスターはハラハラとした様子で見つめる。いや、本気で心配そうにしているのはチャスターのようで、エイダの場合見ようによって何か面白いものを鑑賞しているように瞳をキラキラさせていた。


 「うわぁ、ほんとむかつく。誰のおかげであなたの大切なお嬢様がここまで回復したと思ってんの!?」

 「ご自分でこの役目を受けられたのでしょう、今更恩着せがましく言うのはどうでしょうかね」

 「うっ」


 エドガーと紗和の口喧嘩を遠巻きに眺めながら、フランは感慨深げに深く頷く。


 「本当に、中身は『サワ』とはいえ、お嬢様の体も順調に回復しているな」

 「やはり、神の采配のおかげか」


 フランの呟きを聞き止めたベリアが目を細めて、エドガーに怒鳴り散らす元気な少女の姿を見つめた。


 「それもあるが、やっぱり中身が『サワ』だってことが大きいと思うぞ」

 「えぇ、もちろん。わたしのサワ様ですもの!」

 「一体いつから君の、になったわけ?」


 椅子に腰をかけて詰まらなさそうにエドガー達をみていたコリンが手厳しい一言をエイダに飛ばし た。


 「俺達が居ない間、一体何があったのか……」


 驚きを隠さずに興味深げなな顔をするアーヴィンの肩に手を置いて、チェスターは笑った。


 「本当に、あなたも大事なところを見逃しましたね。でも、ご自分のせいだということをお忘れなく」

 「………」


 いつもは弱気なチェスターも、アーヴィンには少し強かったりする。


 しばらくサワの様子を見守っていたエイダが、それからゆっくりと仮面を被っている側近達を見つめ、ほぅと感心するようにため息をついた。

 そのため息が今のこの騒がしい場面には似つかわしくないもので、やはりこの娘も変わっている、と側近達は同時に思っていた。


 エイダがこの屋敷に勤め始めてすでに二年以上は経とうとしている。


 見た目は確かに普通の少女なのに、何故か時々、彼女はその仕草や態度、雰囲気によって周りに与える自身の印象を変えるのだ。どこがどう変わるのかは、言葉では説明がつかない。

 側近達は時々彼女のことが怖くなる。何故かは分からないが、どこか掴めない彼女を恐れる気持ちが生まれていた。それゆえに、エイダは屋敷に来て一度もクリスティアナに会ったことがなかった。側近達がそれを止めていたのだ。


 その一方で、彼ら自身はエイダとよく会話をし交流を深めることに勤めていた。彼女の事を知るために。


 今回、エイダが紗和の世話係を仰せつかった本当の理由。それはとても単純で。よくわからない女性『サワ』の世話は、こちらもまだ少しよくわからない少女『エイダ』に任せるのが無難だろうという結果が側近達の会議の中で出されたためだ。


 このことを紗和が聞けば、もしかしたら呆れてしまうのかもしれない。そして側近達のへなちょこぶりにため息を漏らすことも想定できた。

 けれど、確かに側近達の決断は正しく、エイダが居たからこそ、紗和は楽しく生活ができている。エイダもまた、紗和を心の底から慕っていた。紗和の事を名前で呼ぶ人間は、今のところ彼女だけなのだから。


 右手を頬に当て、左手でハタキを握っている――実は掃除中なのを中断して、喧嘩の様子を眺めていたりするのだが――エイダは、感心したように言った。


 「サワ様もすごいです。皆様仮面を被っていて怪しさ満点なのに、こんなに見事に渡り合えているなんて」


 感心したするところが微妙に違う。しかも怪しさ満点って、ほめ言葉じゃないだろう。

 そういう意味をこめて、ベリアを除いた四人は少しこけそうになってしまった。


 「しかも、仮面を被っていても、雰囲気や話す言葉だけでどんな様子なのかを察知できるなんて。さすがです」

 「まぁ、それについては、私も同意をする」

 「ですよねぇ」


 意外や意外、側近達の中では、ベリアが一番エイダと仲が良かった。


 「あ、そうだ」


 何を思いついたのか、この屋敷のお嬢様の側近達と親しげに話せる普通ではない侍女は、喧嘩中の少女に向かって声をかける。


 この時、周りに居た五人は嫌な予感しかしてなかった。


 「今が良い機会です。ぜひあの目標を試す時ですよ!」

 「目標~~~?………あ、あれか」

 「はい。サワ様の今の注意はすべてエドガー様の『嫌な所』に向いています。ですのでそこを重点にしておいて」

 「嫌な所とは失礼ですね!」


 すぐにエドガーの憤慨した言葉がエイダに向かった。


 それに笑って答えた彼女は――反省はしていないようである――期待を込めた目で紗和を見つめた。

 視線を向けられている当の本人は、目の前の黒い長髪の執事を見つめたままなにやら考える素振りを見せる。


 確か自分は彼らの『いい所』に目を向けて、この苦手意識を克服しようとしていなかったか。


 ―――いや、でも相手が相手だし。


 「な、なんですか」


 じっとこちらを見つめる紗和に、エドガーは心持少し下がった。


 「なんだ、その目標ってのは」


 ソファーに座っていたフランがエイダを見上げて説明を仰ぐ。このソファーは先ほど彼が持ち込んだものであったりする。他にもベリアが座っていた。


 「サワ様の『麗人恐怖症』の克服です。サワ様、あれでもだいぶ悩まれていたんですよ?ご自分のせいで、仮面を被ることを強制し続けるのはどうかと。………それについて申し立てをした方が居たそうですし」


 エイダの言葉に、唯一その場に居たフランが横目でさり気なくその人を見た。


 その視線を追って、全員の顔がアーヴィンを向く。

 当然少しの責めの色が見え隠れしていた。もちろん、余計なことを言ったエイダに悪気はない。


 「それで、その克服の糸口として、顔以外のものに目をむければいいのではないか?、という提案をしたのです。いいですか、人間顔だけではないのですよ」

 「………」

 「サワ様は仰られました。男は、財力であると!」


 拳を握って天を仰いだ侍女に、顔も能力も最高級と謳われる男達は少しの冷や汗をその顔に感じた。


 ―――男は財力って。


 この世界に生きている人間ならまず滅多に聞かない言葉であったし、発想でもあった。財力を重んじる女性は皆上流階級の人間で、そういった場合、すでに女性達の方でも財力がある場合が多い。しかも結婚といえば政略結婚の方が多いもので、そこに女性の意志はあまり関係なかった。そこで一番重要になってくるのは容姿である。

 例え政略結婚でも、相手が見目麗しいのであれば少しは救われるというもの。


 側近である彼らでも、時々貴族の娘に見初められることもあった。それらはすべてキースがどうにかしてくれるのだが。


 つまり紗和とエイダの掲げた座右の銘らしきものは、この世界に生きる人間たちの考えとまったく逆になるわけである。


 「ですから、今ならばサワ様もエドガー様をのお顔を見ることができるんじゃないかと」

 「確かに、お嬢様の意識はすべてエドガーの『悪いところ』に向いているようだな」

 「つーわけだ、エドガー、内容は大体わかったかー?」

 「あなた方は何を勝手なことを!」


 エイダの言葉にアーヴィンが納得し、フランが声をかけるとエドガーが怒ったように怒鳴る。


 しかし紗和は聞いちゃいなかった。


 「よし、物は試し!エドガーくん、ちょっと仮面外してみ?」

 「……っ」


 仮面を外すこと自体に躊躇いはない。

 ただ、周りの何かを期待する空気がなんとなく嫌だった。


 「ご本人が取らないのなら………サワ様、助太刀いたします。エドガー様、怒らないでください、ね」

 「え!?」


 いつの間にかエイダに背後を取られていた。


 驚く間もなく、エドガーの仮面が彼の顔から外された。




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