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EP.1  終わりは始まり

この小説には軽い流血、殺生などを含む残酷描写が含まれます。


 同僚に誘われていった飲み会の帰り道、今年二十八になったばかりの町田紗和は、昼間から突然振り出した激しい雨を自分の持つ黒傘で遮りながら歩いていた。

 あまりにも雨足が激しいせいで、雨が斜め六十度の角度から顔に直撃してくる。これは防ぎようがない。小さく舌打ちして、紗和は傘を少し前に傾けた。


 ハイヒールを履いているせいで心持歩みも遅くなる。こんな雨の日に何故ハイヒールを履いているのかと人々は疑問に思うかもしれない。けれどハイヒールは、彼女が彼女であるということをあらわしている大切な物なのだから仕様のないことだった。しかも、彼女自身今日雨が降る事を想定していなかったわけなのだから、これも仕方がないこと。


 彼女はそれなりに仕事もできるキャリアウーマンだ。主な業務は営業。そのさっぱりとした性格を生かして、たくさんの人々とうまく関係を築いてきた彼女の仕事に対するの人々評価は高い。そして紗和自身も、仕事に己の持ちうるすべてを投入していた。だからこそ、この間上司たちが海外転勤の話を持ってきた時、本当にうれしかったのだ。これで今以上に飛躍することができると。

 紗和の喜びように、上司たちも満足そうに頷いていたのを、彼女は憶えている。そこで、彼女の海外転勤は明確なものに変わったように思う。後は連絡を待つのみ。


 紗和という人物のこの部分だけを知れば、人々は彼女を仕事人間だとしか認識はしないだろう。確かにそれも当たっている。しかし、それだけが町田紗和ではない。


 仕事が楽しいと思う中、確かに、恋をしたいという気持ちがないわけでもないのだ。


 若かりし頃のように、白馬の王子様を待つという乙女な思考が残っているわけではない。けれど、勇気があって愛情に溢れていて、優しさを持っていながらもどこか大きな器を持つ男性を理想の人物像に掲げているあたり、やはり王子様を求める普通の女性達と大差はないのだろう。

 高校や大学の同級生達が次々と結婚し、子供を産む中で、焦りがないといえば嘘になる。

 だが、急ぐ理由が見当たらないのも確か。

 両親に孫を見せるという役目は、すでに三つ下の弟が、そして五つ下の妹が為し終えた。

 本来ならば長子である自分の役目なのかもしれないけれど、両親には孫は居る。三人も。つまり、自分の甥と姪もいるわけだ。


 それに、まったくそういった機会がないというわけでもないわけで。つい先ほどの飲み会でだって、中々良い感じの雰囲気になっている同僚と隣同士になり、初めて私生活のことで盛り上がった。植物の栽培という一見変わった趣味が共通していた二人はそれなりに互いの良いところを発見した。少し酔いが回ったその同僚は、頬を染めたまま、自分の携帯番号を差し出し、今度はもっとゆっくり会おうと紗和を誘ってきたのだ。

 それが果たして酔いに任せた行動か否かは判断に苦しいところだが、それでもこうして、少し気になる異性と二人で会う約束もある。


 今が一番楽しい時だと心の中で考えていた。

 すると自然に表情が綻ぶ。久々に実家に戻ろうか。一人暮らしとはいっても、実家は歩いて行ける距離にあるし、どうせ通り道だ。今日は週末だから、弟が嫁と二人の子供を連れて帰ってきている頃だろう。

 悪ガキの相手になってやらないこともないなと、いつもの彼女ならば考えない事を考えていた。それくらい、今の紗和は機嫌が良かった。



 目の前の信号が青に変わる。

 普段渡っているその横断歩道を、紗和はなんの躊躇いもなく渡り始めた。

 少し長さのあるそこを半分ほど通過したところで、何か眩しいものが彼女の視界を横から遮った。あまりに強い光のせいで、一瞬すべてが白く染まる。

 「?」

 何事かと思い左を見たところで、大きなクラッシュ音とタイヤが雨に濡れた道路を滑る嫌な音が響いた。

 大型のバスが眼前に迫ってくる。

 突然のことに身動きできず、紗和は、その場に棒立ちになった。彼女の手から、傘が滑り落ちる。物持ちがいいからと実家から無断で持ち出しすでに四年以上経ってしまった傘が、土砂降りの雨の道路に転がった。


 誰かが遠くで叫んでいる。


 それが誰なのかを判別する前に、紗和の体が宙に浮いた。そしてその数秒後、雨で濡れ、異様なほどに黒光りする夜の道路に叩き付けられた。

 痛みで何もわからない。痛いのかさえ、もう、わからない。

 自分の体をヌメヌメとした何かが覆うのがわかったが、想像するのが嫌で、あえて考えないようする。

 こうして自分は死ぬのかと、彼女は思った。


 もうすぐ夢にまでみた海外転勤があったのかもしれないのに。あの同僚と良い感じになれたら、お付き合いだって出来たのかもしれないのに。甥や姪が少し大きくなった頃に自分の子供が生まれたら、彼らにお守を押し付けてもいいかと考えていたところだったのに。


 それでもあまり恐怖心を憶えないのは、すでに脳が活動を停止しようとしているからなのかもしれない。もしくは、あまり物事を悲観的に考えることのない紗和の生来の性格ゆえか。

 人々が自分を囲み何か話しているのをどこか傍観した思いで聞きながら、紗和は自分の瞼が静かに視界を遮っていくのを感じた。


 ―――あーあ、結局、借りてたこと、言うの忘れた。……でも、まぁ、いいか。どうせ使い物にならないんだし。


 道の端に転がった、真二つに折れ傘を、どこか冷静に見ていた彼女の視界が、真っ黒に染まった。



●  ●  ●  ●


 『さぁて、どうするか』

 『もう、どっかから拾ってくるしか方法はないでしょう』

 『どっかってどこよ?』

 『さぁ?』

 『お前なぁ』

 『じゃあ、僕に任せてもらっても良い?』

 『ん?』

 『ついさっき、魂が飛んできたんだ。女性だし、健康そうだし、心に深い傷も見当たらない。なによりかなり楽観的な人みたいだよ。彼女なら、どうにかなるかもしれない』

 『なんだ、なんかよく知ってるような口ぶりだな』

 『まぁね』

 『でも、いいんじゃないかしら?彼女で』

 『他に選択肢がないのであれば、仕方がないでしょうね』

 『じゃあ、頼む』

 『了解』

 『あ、そういえば、彼女の名前は?知ってるの?』

 『………紗和。町田紗和だよ』

 『紗和って……、そうか。よかったな』

 『うん。ようやく、だよ。……紗和、行っておいで。後で、君に会いに行くから』

 


祝、第一話連載開始!

「小説家になろう」への投稿は今回が初めてなので、すべてが手探り状態ですが、少しずつ慣れていけたらいいなと思っています。

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