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EP.18  風を感じて想う気持ち


 先日、エイダと相談しあって、一つの目標を決めた。 


 いつまでも側近達に仮面を付けさせるわけにもいかないと考えた紗和は、顔以外のいい所を一つでも見つけて、その意識を顔から逸らすことにしたのだ。


 ―――現実問題そんなことができるかは疑問なとこだけど、何もしないよりはましか。



 そんな彼女の気持ちを知ってか知らずか(もちろん後者であろうが)今、彼女の前には、ここ数週間顔を見せなかった(見せることができなかった)青年一人と少年一人が立っていた。

二人とも非常に気まずそうな顔をしている。

 そんな彼らをどこか楽しそうに見ているのは、執事であるエドガーだ。


 ―――本当に、良い性格してるわ。


 居心地の悪そうな顔をしている少年と青年を眺めた後、エドガーの笑顔を見た紗和はそう思った。


 「そろそろ頭も冷えたと思いましたので、今日から通常通りの仕事についていただきます。その事をお知らせしようかと。それでは私はここで」


 紗和としても、この二人には非常に後ろ暗いものがあった。


 それなのに、予告もなく彼らを連れてきたかと思えば悪びれもなく報告だけ終えて自分はさっさとその部屋から去ろうとするエドガーは間違いなく人が悪い。

 彼は紗和の気持ちぐらい当に知っているはずなのだ。


 「ちょ、ちょっと待った!」


 扉に手をかけたエドガーの背広を掴み待ったをかけた紗和は、じと目で彼を睨み付けた。


 「あんた、私に何の恨みがあってこんなこと………」

 「お嬢様」


 エドガーの手が紗和の手を握ると、やんわりと引き離した。

 そして、彼の顔の部分の内唯一見れる口元が三日月のように歪んだ、否、笑った。


 「後はご自分でどうにかなさってください」


 その言葉は、紗和の生きていた世界で言えば、語尾にハートマークがついていたであろう。それか文の最後に、笑、という漢字一文字が追加されるはずだ。


 お嬢様命であるはずの黒髪長髪の執事は、無情にも底の知れない泥沼に紗和を頭から突き落としたというわけだ。


 静かな部屋に扉の閉まる音だけが響き渡る。

 なんと空しい音であろうか。


 「サワ、様?」


 下を向いたまま握りこぶしを作っている紗和を心配したエイダが声をかけようと近づけば、次の瞬間紗和はすごい勢いで顔を上げて扉に向かって叫んでいた。


 「……このロリコン執事がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 それは腹からだした声であったため、辺りによく響いた。


 しかし、エイダもベティ―ナも慣れたもので、紗和が普段と同じであることを確認した後はすぐさま自分の成すべきことに取り掛かった。紗和とエドガーのやられやりつつの関係は周囲には承知の内だ。一々突っ込んでいればきりがない。


 ただし、最近まで自室謹慎を言い渡されていた二人にはとっては当然違う話である。


 「あぁもうなんといわれようがあいつはロリコン執事だ。もう名前なんか呼ぶもんですか。あの馬鹿執事私の苦手なの知っててこんな……っ」

 「お、譲様」


 エドガーへの恨み言を呟いていた彼女は、恐る恐るといった体で声をかけられたことにより己の所在地を確認する。

 そう、彼女が今こうしてエドガーに文句を言っているのは他でもない、最も気まずくなる二人の人物と顔を合わせる状況に陥れられたからだ。しかもあいにく、この状況のサポートをしてくれるはずの本人が去ってしまって今は誰も居ない。


 「え、あ、ねぇ」


 おほほほと口元を綻ばせながらぎこちない動作で床から立ち上がった紗和は、なにやら驚いた様子で立ち尽くす年下の側近達の前に立った。


 「立ち話もなんだし、一緒に紅茶でも、飲もうか」


 そう言って二人を促す。


 「サワ様、口元引きつってますよ?」

 「エイダ!」


 またもや余計な口を挟むエイダに、ベティの一喝の声が飛んだ。


 そのやり取りにもまた、二人の年若い青年たちは目を瞬かせている。

 知らない間に様々な人間関係が築かれていたことに驚いているのである。


 これまでまったく『彼女』と関わってこなかったのだから、それも当然の話ではあるが、それでもエドガーの『サワ』という女性に対する態度は意外だった。

 それに見事に渡り合おうとする彼女も彼女で素晴らしかったが。

 自分達は己の殻に閉じこもりすぎていたのではないかと、『お嬢様』にテラスに案内されながらアーヴィンは思っていた。


 「というわけで、まぁ、とりあえず、謹慎とかれてよかったね」


 共通の話題が思いつかず、別に彼らと何かで盛り上がるつもりもない紗和は、年上らしく彼らを労ってやる。その原因の半分は彼女にあるのだが、それに気にしてはエドガーの思う壺である。というか、話が進まない。


 「………ご心配をおかけ致しました」


 意外にも、先にコリンが口を開いた。素直に頭を下げて謝罪をする。


 「え?」


 虚を突かれたように声を上げる紗和に、アーヴィンが畳み掛けるように頭を下げた。


 「俺の方こそ、申し訳ありませんでした。何も考えずに、己の感情に走った我々に責があります。どうぞお許しを」

 「い、いやお許しも何も」


 ―――それが普通の行動だと思うんだけどなぁ。


 もしも自分の大切な人が、急に中身だけ別の人になったら、そりゃあ取り乱しもするだろう。紗和の場合、パニックを起こしすぎて暴言を吐くか胸元を掴んで揺さぶるぐらいのことはしかねない。

 目の前で深く頭を下げる二人の若者に視線を向けつつ、紗和も困ったように頬を掻いた。本当は自分も謝るつもりだったのだ。そしてよければこれから少しずつ仲良くしてもらえたらなと思っていた。

 まさか最初に謝って来るとは。


 ―――これもロリコン執事の陰謀か?


 何故か思わぬ方向に考えが飛ぶ。


 「まぁ、まぁ、とりあえず頭は上げて、座ってよ」


 いつまでも謝罪をさせていても心苦しい。


 というわけで、三人でテラスの机の周りに座った。


 その後ろに控えるように、エイダとベティが居る。


 静かな沈黙の中、紗和は焦る事なくテラス越しの風景に目を向けた。もうすぐ太陽が空の中央にやってくる。その証拠に周りの景色が太陽の光に照らされてキラキラと光っていた。

 遠くに見えるレンガの屋根さえも輝いて見えるのは、日差しが強いせいか、それとも紗和の瞳に太陽の光が強く反映されているせいなのか。

 聞こえてくる人々のざわめきは、きっと六時課の鐘を待っている者たちのざわめきで。朝から汗を流して働いている人々にとって、昼食の時間はやはり外せない大切な時間なのだろう。


 ここから見えるはずもないのに、こうして人々の穏やかな生活が感じ取れてしまう辺り、この国は他にはない心地よさがあるのだと分析していた紗和は、知らずの内に微笑していた。


 春の風は、例え日差しが強くても蒸し暑くなるような空気を運んでくることはない。遠くないところから水の音も聞こえてくるため、逆に涼しさを感じるほどだ。


 テラスで感じる風は、草木の匂い、水の音、そして街の気配を運んでくる。だから何かあると、紗和はいつもテラスに出た。


 肺一杯に外の空気を吸い込めば、食事を食べた後とはまた違った満腹感を味わうことができる。味はないはずなのに、体を満たすそれはとても気持ちよくて。これを人は「おいしい」というのだろうかと、エイダと共に考えてみたこともあった。

 ここ最近心配事ばかりでゆっくりと風を感じることができなかったが、こうしてゆったりと寛げる時間も捨てたものではない。


 ―――今度からもっと時間を作るように心がけようっと。


 それが朝であっても昼であっても夜であっても。

 きっと美しいことに変わりはないのだから。




 「俺も、」


 目を瞑ってさざめく風を感じていた紗和を見ながら、アーヴィンが口を開いた。


 決してなにかを言おうと思って声を出したわけではない。ただ、自然と思いが音になっていただけの話。

 その気持ちはクリスティアナといる時も常に感じていた。

 彼女がただ黙って微笑んでいるだけで、何故か泣きたい気持ちになった。思いが自然とこぼれ、気がつけばたくさんの話をしていた。


 「俺も、好きです。こうして、風を肌で感じている時間が」


 自然と口元が綻んだことに、アーヴィンは気づいていた。自分が笑ったことに対して、紗和が驚いた顔をしたのもちゃんと分かった。

 その後に、嬉しそうに笑ったことも。


 自分は彼女のどこを見て、失望したのだろうか。


 彼はふと思った。確かに彼女の笑いは、本来の少女のように儚げなものではない。けれどこんなにも綺麗に、素直に感情を表す彼女は、太陽の日差しを浴びて眩しいぐらいに輝いている。


 「ボクも、好きです。こんなふわふわした、時間」


 隣に居たコリンもそう言って、泣きそうな顔をして笑った。







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