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EP.13  父への宣言



 「キース様、お連れいたしました」


 大きな扉の前で一度立ち止まり、エドガーが伺いの言葉を投げかける。すると、扉が内側から低い音を立てて開いた。


 そこから顔を出したのはベリアで、その後方にはフランも居る。

 コリンとアーヴィンが居ないのはこの際気にしてはいけないだろうと思いつつ、紗和は部屋の中に足を踏み入れた。


 この屋敷の主であるキースの部屋は、その名に恥じないすばらしいものだった。

 入ってすぐにその広さに圧巻され、無意識に己の日本での部屋と比べ、そして落ち込む紗和である。 まず、日本の部屋とこの国の部屋の大きさを比べることがおかしく、尚且つ社会的地位もまったく違う立場の二人が同じような部屋に住んでいたら、それはそれで顔が青くなること間違いなしだ。


 部屋の主はちょうど部屋の扉の正面に位置する、これまた大きな机に両肘を乗せて座っていた。しかも両手に顎を乗せて紗和を直視してくるものだから、彼女は思わず背筋を正した。この感じを彼女は鮮明に覚えている。たとえば大企業に対するプレゼンを行うときだとか、上司に絶対に良い返事をもらって来いとプレッシャーをかけられた上での対談だとか、そんな時いつも部屋に入るとこんな風に自然と背筋が伸びるものなのだ。


 ―――あぁやっぱり、ここにある色々なものを、元の世界のものと比べてしまう。


 そのことに紗和はため息をつきそうになった。


 「久しぶりだね、サワ」


 ため息は、キースの言葉によって遮られた。大きな憂鬱の塊が紗和の口から吐き出される前に、キースが言葉をくれたこと、これは紗和も感謝する。


 「お久しぶりです」


 エドガーに促されて机の前に立った。


 さて、話とは一体なんだろう。これまで一度だって娘の様子を見に来たことすらなかったのに。確かに今は「紗和」という魂が入っているため、厳密にいえば彼の娘ではない。というか、紗和は端から娘のような態度をとるつもりはなかった。必要に応じてはしなければいけない時もあるだろうが、今はその時ではない。


 それでも、それでもだ。少しぐらい様子見に来たとしても罰はあたらないだろう。エドガーやべリアから報告を受けたとしても、自分の目で確かめるぐらいの気があっても良いと思う。それが亡き妻の形見ならばなおさら。


 そういう思いがすべてただ漏れだったらしい。

 キースが苦笑いをして、手から顎を外した。それでも、両肘はそのままである。


 「そんな顔をしなくてもいいんじゃないか。私だって色々忙しかったんだよ。屋敷の主である以上、色々やるべきことがある」


 ―――これは、古典的な父親の図だ。家庭を顧みず、妻に離縁を申しだされるか、「実家に帰らせていただきます!」という捨て台詞を言われるであろう原因の一つ。


 「目は口ほどにものを言うというが、まったくその通りだね。君の事は何も知らないのに、何を考えているのかわかってしまう」


 それはそうだ。わかってもらうようにしているのだから。


 「とまぁ、お喋りはこのぐらいにして。……今回は礼をね、言いたかったんだ」

 「礼?」


 年上の、位の高い人に楯突くと後々問題になることを熟知している紗和は、キースが話を戻したところで、その非難がましい空気を胸の内にしまいこんだ。今はまだ身の保障はできるが、いつ何が起きるかわからない。できるなら敵は作らないほうが身のためなのだ。


 所詮紗和とこの屋敷の人間はまったくの赤の他人。彼らが「紗和」という存在を疎ましく、害のあるものと認識すれば最後、何をされるかわからない。


 今はまだ大人しくしていよう。


 そう心に誓って前を向けば、興味深そうに己に目を向ける屋敷の主と目があった。彼も例に漏れず仮面をしてくれてはいるが、その眼光は仮面越しでも隠しようがないほど輝いて見えた。

 十三歳の娘がいるということは、軽く見積もっても彼は三十代か四十以上である。その年の功か、さすがの紗和でもたじろぐ目力だ。


 「そう、礼だ。こうして娘が歩き回る姿は、やはりうれしいものでね。つい先ほども君が屋敷を歩いている姿を見かけた使用人達も喜んでいたよ。やはり君のおかげだ」

 「いえいえ、私はなにも。これが普段の私なので」


 謙虚になったわけではなく、ただ本当のことを言った。


 確かに、こちらに来てから十日間は疲れの波に流されないように必死でがんばってきたかもしれない。しかしその後は実に順調にいっている。この分だと、体の方は数週間で健康になることだろう。紗和は必要以上に健康だというのが、家族からのありがたいのかよくわからない評価なのだから。


 キースは少しだけ目力を弱めたようだった。やはり、父親であることに代わりはないのだろう。仕事が忙しいのは本当だろうし、彼が娘のことを思っているのはわかる。


 「君はなにもしていないとしても、こうして結果にでているのだから、きちんと礼はしておかなければいけない。この調子で、これからもよろしく頼むよ」

 「………」


 早速、紗和は彼の言葉を聞いてはいなかった。


 日本という、この国の人は存在すらしらないであろう国にいるはずの実の父の姿が脳裏に蘇っていたためだ。

 自分と妹がデートだと告げて家を出るたびに、好きな人に渡すのだといってバレンタインのチョコレートを作るたびに、寂しそうな顔でこちらを見てくる父の姿。そしてそれを慰める母と、笑い飛ばす弟の姿。


 紗和は拳を握った。


 「私は、お嬢さんの大切な体をお借りしているに過ぎません。いつか天使が、この体が健康そのものだと判断すれば、彼女は戻ってきます」

 「……そうか」


 いきなり話題がすり替わった事に少し面食らいながらも、キースはとりあえず相槌を打っておく。

だがそんなことお構いなしの紗和は、作った拳を胸の前に持っていき、胸を張って宣言した。


 「大丈夫です。お父さん。この体は、私が守ります。私がこの体を任されている間、決して卑しい男には指一本も触れさせません。えぇ、それはもう、誓います。この世のすべての者に誓ってやりますとも!」

 「「「「「………」」」」」


 突然高らかに宣言をされた。


 そのことに言葉を失ったのは、真正面にいるキースだけではない。同じ部屋に居たエドガー達も例外ではなかった。

 皆が皆、一斉に押し黙ってキースの返答を待つ。果たして、父はなんと答えるのか。


 呆然としてしまっていたキースは、周りの視線に気づきようやく我に返る。己の失態を誤魔化すように軽く咳払いをしてみたものの、その後堪えきれずに笑い出した。目の辺りに手をかざして、本当に可笑しそうに笑った。

 他の者達も我慢していたのだろう。フランがつられるように笑い出した。エドガーも口を押さえながら小さく笑っていたし、チェスターも本当に微笑ましげに紗和を見ていた。


 一番以外だったのは、ベリアまでが苦笑をしていたことだ。いままでどこか警戒を緩めないでいる雰囲気の方が多かったため、紗和は素直に驚いてしまった。


 突然部屋が笑いに包まれたことに面食らうが、原因は自分の言った言葉なのだろうとは思う。一体何が彼らの笑いの琴線に触れたかわからないものの、まぁ放っておいて害はないはずだ。


 ひとしきり笑っていたキースは、ようやく笑いを収める。


 そこには前のように紗和を警戒する色は見えなかった。


 先ほどの言葉は彼にとって強大な意味を持っていたようだ。やはり、父親というものは、どこの国でも同じなのだろう。


 「あぁ、娘の貞操についても、よろしく頼むよ」


 それからまた、キースは笑い出した。


 意外に笑い上戸なのかと訝しむ紗和だったが、こちらもまた少し笑いを堪えている風のエドガーに促されて部屋を出ることになった。







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