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EP.12  中と外の相容れない違い


 「あなたが気にする必要はありませんよ」

 

 先ほどから何度も後ろを気にする素振りを見せる紗和に対して、エドガーは素っ気無い言葉をかける。フランも先ほどから紗和の肩に手を置いて歩くように促していた。そうでなければ、きっと紗和は歩みを止めて後ろを見つめるだろう。


 「いや、でも、あんなに思いつめた顔してたし、それが私のせいだったらなんとなく悪い気も」


 それに自分の方が年上なのだし。

 そう言葉を続けようとする彼女を、眼鏡の青年は自らが言葉を紡ぐ事で阻止する。


 「ですから、あなたのせいだから尚更彼に干渉するのは止めておきなさいと言っているんです。火に油を注ぐ様なものですよ」

 「アーヴィンはまだまだ若い、気づかないことも多いだろう。それを自分で解決しなけりゃ、きっと前には進めんよ。壁にぶつかることもたまには必要だ」

 「フラン……さすが、大人な発言」


 大人らしいその発言に思わず感動していると、半眼になったエドガーが小さく呟いた。


 「私の発言に褒め言葉はないんですか」

 「あー、はいはい、すごいすごい」

 「なんです、その態度の違い」

 「……え、人徳の差?」

 「もういいです。まともな意見を求めた私が馬鹿でした」


 これ見よがしに大きなため息をついて、エドガーは前を向いた。


 「兎にも角にも、フランやチェスターは信頼しても大丈夫でしょう。彼らは元から根がやさしい人間です。あなたが誰であろうと、最初から拒む気などありません」


 それはまるで、自分はその中に含まれてはいないといわんばかりの言葉だ。

 言葉の真意をきちんと読み取った紗和は少しだけ目を細めた。


 「まぁエドガーも、私が自分の役目をきちんと全うしている間は信頼してもいいわけよね?というか、ちゃんとしてたら邪魔扱いできないものねぇ、大切なお嬢様のために」


 その言葉に、彼は喉の奥で小さく笑った。


 「忘れていましたよ。……あなたは確か、二十八の女性でしたね」

 「時々思い出してもらえると嬉しいなぁ」

 「えぇ、それはもちろん、あなたが妙にお年の召した発言をした際は必ず」

 「それは褒め言葉?」

 「もちろんです」


 その後、二人は奇妙な笑い声を響かせながら歩き出した。


 紗和の方は、普段は絶対に発しないであろう「ふふふ」という笑い声を。そしてエドガーの方も、きっとないだろうと思わせる「ははは」という爽やかな声音だった。


 「………おい」


 その日から、フランは胃痛に悩まされることになる。そしてそれに気がついたチェスターが胃痛薬を持ち歩くのも、そう遠くない未来の話。


●  ●  ●  ●  ●  ●


 屋敷の中を一周して部屋に戻った紗和は、ベランダの椅子に腰をかけてぼんやり外を眺めていた。


 考えていたのは、別に生意気なエドガーのことでも、ひどく青い顔をして引きつり笑いを浮かべていたフランのことでもない。

 自分がこの世界にやってきたことで傷ついてしまったであろう、年下の青年のことだった。


 「……確かに、仮面を被るのを強制するっていうのは、まずいよねぇ」


 これからどれくらいこの世界にお世話になるのかもわからない。その先の見えない時間の中で、彼らの『最愛のお嬢様』の姿をしている自分が彼らの顔を直視できないのはやはり心を傷つけてしまう原因になってしまう。

 

 エドガーは気にしないと言ってくれてはいたが、仮面を被るのは煩わしいと少なからず思っているはずだ。それすらも覆い隠すあの仕事根性は見上げたものであるものの。


 「サワ様、何か難しい顔をされてますね」

 「エイダ」


 自分付きの侍女である少女がお茶を持ってきてくれたことで、紗和は一度己の思考の中に沈むことを止めた。


 それでもやはり、話したくはなるわけで。いつの間にか口に出していた。


 「色々考えることがあるわけよ」

 「しかしサワ様はクリスティアナ様であるわけですから、自分の好きなことをなさってもよろしいのでは?誰も咎めはしませんよ」


 紅茶を飲みながらため息をつけば、少女の屈託ない笑顔が返ってきた。鼻のまわりにあるそばかすを気にしているエイダだが、紗和にしてみれば愛らしいことこの上ない。


 そんな変な方向へ考えを向けるものの、すぐに自分がなぜ悩んでいるか思い直す。


 「そりゃあ、私だってできるならそんな風にしたいけど」

 「それでなくてもサワ様は、お嬢様の体を健康にするという大切な役目があるのですもの」


 ―――ほんと、物事を簡単に考えられたらきっともっと楽に生きられるのに。


 紗和は内心大きなため息をついた。それが出来ないのは自分がいい大人で、少しでも社会に適応しなければこの世の中を生きていけないという法則を知っているからだ。例え今の自分が十三歳の少女で、今住んでいる屋敷の中で二番目ぐらいに偉いとしても、中身である紗和という人物はそうではない。


 「エイダちゃん、この世の中ね、やっぱり色々あると思うの。そりゃあ、今の私は『お嬢様』なんだけど、でもやっぱりね、こう決まり事とか、守らなくちゃいけないマナーとかいっぱいあるわけじゃない『お嬢様』としてさ」

 「はぁ」

 「もし私がまだまだ世間をしらない若者だったらまだこう一つのことだけに熱中できるかもかもしれない。けど私の歳になるとそうもいかないのよねぇ。社会の醜さ厳しさってもんを嫌ってほど味わってきたし」


 十三歳の娘からは到底出てこないような言葉の数々にも、エイダは違和感を持つことなく聞いていた。そんなエイダを、紗和は本当の妹のように思い始めていた。それくらい彼女といると安らぐ。


 「おや、よくおわかりで」


 突然最近聞きなじんだ声が会話の中に入ってきた。


 「!」

 「エドガー様」


 背後から聞こえたその声に紗和は肩を大きく飛び上がらせ、その横に経っていたエイダは目を瞬かせて客人の名を呼んだ。


 「ちょ、なんで居るの。誰も入っていいなんて言ってないでしょ」

 「ベティーナに開けていただきました」

 「あ、そう」


 見れば静かに頭を下げる機械のような侍女の姿が視界に入った。


 もう何も思うまい。


 考えをきりなおして、彼女は黒髪の青年を見上げる。


 「何か用でも?」


 先ほどまで一緒に居て、まだ何か用でもあるのだろうか。少し眉を寄せて彼を見上げたのは、紗和の中でのエドガーの位置が確定しつつある証拠であった。


 「キース様が、あなたにお話があると」

 「キース様って……あぁ、クリスティアナちゃんのお父さんか」


 最初に会ってからすでに何日も過ぎているせいか、すっかりその存在を忘れてしまっていた。

 紗和の言葉を聴いたエドガーは、仮面の上につけている眼鏡をずり上げる。


 「なに?」


 立ち上がって歩き出そうとした紗和は、なにか言いたそうな雰囲気を醸し出している青年を振り返った。仮面越しであるゆえよくわからないが、きっと苦笑をしているであろうエドガーは立ち止まった紗和を通り越して彼女のために部屋の扉を開けて言った。


 「いいえ、ただ、あなたのお姿はお嬢様のままなので、やはりいつも違和感を持ってしまうのですよ。頭ではあなたが違う人間だとわかっていてもね」


 エドガーの開けてくれた扉を通って廊下に出た紗和を迎えたのは、仮面を被った金髪で長髪の青年、チェスターだった。


 「チェスターくん、久しぶり!」

 「お久しぶりです、お嬢様。……ここ数日お伺いすることが出来ず申し訳ありませんでした」


 眉を下げて憂いを帯びた雰囲気を漂わせるチェスターに紗和は笑みを向けた。


 「別に気にしないでいいって。それより、今日はドレスじゃないんだ?」


 この少し気弱な青年が好んでドレスを着ていることを知っている彼女は、少し驚いた声を上げた。するとチェスターは少しはにかみながら言った。


 「今日はお嬢様の護衛ですので、やはりきちんと動ける服ではないと」

 「それもそっか」


 しかし彼が女のような雰囲気を持っているためか、男の服を着ても男装をしているようにしか見えない。同じ長髪でもエドガーはきちんと男に見えるのに。


 不思議である。


 「お二人、いつまでも立ち話をしていないで、行きますよ」


 軽い言葉をかけてエドガーが歩き出す。

 その後ろを、金髪の青年と銀髪の少女が追いかけた。


 エドガーの隣に並んだ少女は、彼を見上げて笑った。その姿は歳相応であるにも関わらず、口を開けば最後どこか違和感を覚えてしまうのはこの際仕方のないこと。


 「まぁ、慣れてくしかないんじゃない?違和感もすべて、時が経てばなんとかなるって。でもまぁ、その前にクリスティアナちゃんが帰ってきたらそっちの方がいいけどねぇ」


 にへらと笑った少女を見下ろして仮面越しに目を細くしたエドガーはそれでもいつものようなため息はつかなかった。


 「意外でしたね」

 「なにが?」

 「アーヴィンのあの言葉、もっと傷ついていらっしゃるかと思いました。あの言葉は「あなた自身」の存在すべてを拒絶するものでしたから」


 その言葉に、紗和は先刻のやり取りを思い返す。


 「傷つくとかそういうことよりも、あぁなんとかしなきゃなぁって事の方に考えが向いてた」

 「おかしな方ですね、あなたは」

 「それ、ほめ言葉?」

 「もちろん」



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