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EP.11  彼の本音


 「やっぱりドキドキする!」

 「ドキドキするのはあなたの勝手ですが、決して無理をするのだけはやめてください。お嬢様の美しくか弱いお体に傷をつけた日には、あなたを聖堂に連れて行って無理矢理にでも追い出して差し上げます」

 「うわぁ、君ならやりかねないわぁ」


 紗和の魂が異世界の少女の体の中に入り込んで十日後、ようやく彼女たちは完全な形で融合することが出来た。

 もう体は紗和の気持ちを拒絶することはなくなり、歪みによって健康状態を崩すこともない。

 最近はパン三つ、スープ三杯ということも少なくなく、それらすべてを完食しても前のように吐き気を覚えることもなくなっていた。


 クリスティアナの専属医師であるベリアもその回復の仕方には驚きを隠せないようだった。


 そしてようやく、室内から出てもいいという許可が下りたのだ。


 朝着替えを済ませた紗和は、エドガーとフラン、そしてアーヴィンに囲まれていた。もちろん着ている服はドレスだが、エイダに頼んで極力ひらひらの少ないものを選んでもらった。見る限りでは丈の長いイブニングドレスのようでもある。

 元の世界ではスーツを好んで着ていた紗和は、もちろん着慣れないそのドレスに少しだけ不安もあった。


 それでも、やはり初めて広い世界を見ることが出来るという事実に胸を高鳴らせていた彼女は、不安以上に期待のほうが大きかったのも本当である。


 「ではお嬢様、くれぐれも私達から離れないように、お願いします」

 「わかってるって」


 エドガーが時々口煩い姑に見えてきたこの頃だ。半眼のまま紗和がエドガーの言葉に答えると同時に、アーヴィンが部屋の扉を開いた。

 一応まだ皆仮面は装着中である。いくら紗和がこの世界に馴染んできたとはいえ、まだまだ序の口。紗和本来の苦手意識はそう簡単には変わらない。


 「サワ様、どうぞお気をつけて」

 「行ってきます」


 笑顔のエイダと無表情のベティに見送られて、紗和は部屋を出た。




 「で、今からどこに行くの?」

 「まぁ、とりあえず一通り屋敷の中をご案内します。けれどまだそれ以上は許可できませんね」

 「えー」

 「えーじゃありませんよ。まったく」


 廊下を歩きながら軽く言葉を交わす。


 「ねぇフラン、エドガーなんか機嫌悪くない?」


 隣を歩く赤毛の男性に声をかけてみた。すると彼の茶目っ気たっぷりの笑い顔が帰ってくる。何かを楽しんでいる顔だということはなんとなくわかった。


 「照れてるだけだ。あんたのおかげでお嬢様の体も回復してあいつも嬉しいんだろう。けど素直に礼を言えないんだよ」

 「わぁ、ツンデレがいる」


 幼馴染のよく使う単語の一つを活用させていただいた。意味もよくわかっている。だって幼馴染の大好物だったから。


 「なんだ、つんでれって?」

 「私の国の言葉だから気にしないで。エドガーみたいな人のことだよ」

 「ほらそこ、変なことを喋っていないでさっさと歩きなさい。でないと置いていきますよ!」

 「はーい」

 「おうおう、待てよ」


 すべての会話を聞いていたエドガーが、少し憤慨した様子で紗和とフランを咎める。その後二人は楽しそうに笑って前を行く執事の背を追った。


 そんな三人の少し遠くに、一人残された青年が居た。


 「………」


 アーヴィンは少し驚いたようにそこに突っ立ったまま三人の背を見送る。


 いつの間にあんなに打ち解けていたんだ、あの三人は。

 目の前で楽しそうに会話をしていた同士の姿を思い出して、アーヴィンは少し信じられない気持ちでいた。


 大切な大切な「お嬢様」が変わってもう数十日は経っている。


 『美しくか弱い少女』という名に相応しく、透明感を持った美しい少女だった『お嬢様』が、姿は同じであるもののその言葉遣いも態度もまったく変わってしまった。その事実に彼はショックを受け、数日の間寝込んでいたのだ。

 どうにか立ち直り、何度か遠目から『彼女』の姿を見たが、それでもやはり受け入れられなかった。

大きな口をあけて笑う『お嬢様』にまたショックを覚え、否定をしてしまう。


 自分が大事にしていた少女は、あんな風に笑うことはない。もっと静かに、口元を手で押さえて大人しくあどけなく笑う美しい娘だ。


 顔は同じなのに、魂が違うだけでこんなにも印象が変わってしまうのか。そのことに唖然としてしまう。

 それはきっとエドガーもフランも同じはず。それなのに彼らは普通通り、否それ以上に親しげにかの娘に馴染んでいるではないか。


 まるで、お嬢様を忘れてしまったかのように。

 「……っ」

 「アーヴィン、くん?」

 「!?」


 急に声をかけられて肩が飛び上がった。


 「どうした?急に消えたからびっくりしたよ」


 見れば、彼を悩ませている張本人が立っているではないか。


 上目遣いでこちらを見上げてくる彼女はどこからどう見ても、彼が愛していた『お嬢様』に間違いない。だが、いつもなら首をかしげる仕草をする彼女は、ただ自分を見上げてくるだけ。

 ほんの些細なことがその『違い』を思い知らせてくれる。


 「お、お前はなぜ、お嬢様なんだ!」

 「え?」

 「お前じゃなくてもよかったんじゃないのかっ」


 言葉が勝手に出てくる。その言葉がどんな意味を持つのか、普段の思慮深い彼ならばわかるはずなのに、今回はそんなことを考える暇さえなかった。

 すぐに頭に血がのぼるのは彼の悪い癖である。


 「お前のように、まったく違う魂ではなく、もっと、「お嬢様」に似た、少女であったなら……」

 「アーヴィ……」

 「触るな!お嬢様のフリもまともに出来ないようなお前が、何故!」


 ずっと考えていたことだった。その言葉が今、刃となって紗和の心を射抜く。しかしアーヴィンがそれに気がつくことはない。

 伸ばしかけていた手を振り払われた紗和は、目の前の自分より幾分か歳若い青年を見つめる。


 「アーヴィン!」


 フランの声が響いた。

 それでもアーヴィンはとまらなかった。いや、止められなかった。


 「俺達の顔も直視できないような女に、どうやって仕えればいいんだ!?こんな、自分を隠すような仮面を強制させられて、なんで平気なんだよ!」


 最後の言葉は、フランとエドガーに向けられているようでもある。


 「アーヴィン、少し冷静になったらどうです」


 そこに新たな声が加わった。見れば片方だけにつけている眼鏡をハンカチで拭きつつ近づいてくるエドガーの姿が見えた。


 ―――なんて暢気な。


 紗和は思わずそんなことを思ってしまうほど、エドガーは優雅な動作でこちらにやってきていた。

 彼女は自分の中に密かにあるエドガーの特徴の欄に、『マイペース』という言葉を付け足す。


 「あなた、何様のおつもりです?神や天使は彼女を「お嬢様」の手助けになる魂として選ばれた。そして彼女はなるほど確かにその使命を全うしようとしている。見なさい、ここまで彼女の体が回復したのは、すべて『サワ』様のおかげですよ」

 「……エドガー、今」


 『サワって』そう彼女が言い切る暇を与えず、エドガーはアーヴィンを見つめる。その瞳の温度は限りなく低い。


 「私達が仮面をつけているからなんです。それはしょうがないことでしょう。別にそんなに大したことではないじゃないですか、別に会話を拒否されたわけじゃあるまいし。……それともあなたはそんな事を気にするほど器の小さな人でしたっけ」

 「!!」

 「あなたはしばらくの間護衛からはずします。コリンと同様、部屋で頭を冷やしなさい。あなたの代わりはチェスターが居ますしね」

 「エド、ガー」

 「さぁ、行きますよ」


 エドガーは、無情にもそう言い残してその場を去るため歩き出す。フランに促されて何歩か歩みを進めた紗和は、何度か後ろを振り向いて、俯いたまま微動だにしないアーヴィンを見つめたが、結局声をかけることはなくその場を去った。



 残されたアーヴィンは、エドガーの言葉に唇をかみ締めていた。


 蘇るのは、手を振り払った時に見た『彼女』の何かひどく傷ついたような顔。それは確かに『お嬢様』の顔のはずで、だからこそこんなに動揺しているわけだ。けれどあの時傷ついたように見えたその顔は、少し違うようにも思えた。


 「くそっ」


 廊下の壁を拳で殴りつけたアーヴィンは悪態をついた。自分の愚かさに吐き気を覚えながら。







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