EP. 9 六人の付き人
とりあえず、一通りの自己紹介が終わった。
「どうも、マチダサワです。………えっと、変なこと聞くけどね、あの、歳とか聞いてもいいかな」
自分の名前を改めて名乗った後、周りの人間を見渡しながら言った。
「私は今年で二十七になりましたが、それがなにか?」
エドガーが不思議そうな顔をしながらも、質問に答えた。どうやら、執事である彼が付き人達全員を纏める役らしい。先ほどから率先して話を進めていた。
とても微妙な立場に居る紗和にとって、それは非常にありがたいことでもあった。
でなければ、彼らは警戒心だけを強め続けて、まともな会話ができるかどうかすら怪しくなるだろう。
「う~ん、いや、私より年下だったら、敬語使うのも変な感じだなぁって思って、念のため」
そう言って笑った紗和に、付き人達の驚いた視線が飛んだ。仮面越しであるため、あくまでも雰囲気の話ではあるが、きっと驚いているだろう。
「ちなみに、あなたは、お幾つで?」
エドガーの言葉に、紗和は頬を掻く。
反応が想像できるから、少し言いにくい。まぁ、言うけれども。
「今年で二十、八、になったんだけどね。一応」
「「「「「「!?」」」」」」
「オレ以外、みんな年下になるんじゃないか」
フランが感嘆の声を漏らす。
「え、そうなの?」
「オレが三十で一番上だ。次がベリアで、二十七。エドガーも二十七で、後はみんな年下だ」
「そっか」
「いや、年上だからって、オレに敬語をつけるのは止めてくれ。オレはあくまでみんなと平等の立ち位置にいたいんでな」
「わかった」
和やかに会話をする二人の傍らで、これまた二人の人物が文字通り顔を真っ青にして声を上げた。
「お嬢様が………俺のお嬢様が、俺より年上……」
「そんなの認めない!!」
もちろん、誰よりも『お嬢様』に忠誠心を掲げているであろう、アーヴィンとコリンである。
―――二人の場合、忠誠心ていうか、理想が高すぎるような気もするんだけどなぁ。
特にコリンに関しては、どこか手の届かないアイドルか何かを追い求めるような印象を受けていた紗和はポツリとそんなことを思っていた。
「まぁまぁ、私がいつまでこの体で過ごせるかわからないけど、その間は私もがんばるし、君達もがんばってよ」
周りの半数以上が年下だと認識したとところで、紗和はいつも後輩に接しているような態度で彼らを見た。
フランも自分から皆と平等で良いと申し出たわけなのだから、そう気にもしないだろう。
そんな彼女を見て、エドガーの瞳がなにやら意味深な色を宿したことなど、別の方向を向いていた紗和が気が付くはずもなく。
その後、長い間しゃべり続けていたためだろう、紗和はこれ以上にないほどの疲労感に襲わたため、会議はそこでお開きとなった。
皆が部屋を出て行く中、茫然自失になっているアーヴィンとコリンが気になった紗和であったが、体が眠りを必要としていたため、それ以上は深く考えることもせず、そのまま意識を手放した。
● ● ● ● ● ●
次の日の朝も、エイダとベティは甲斐甲斐しく紗和の面倒を見てくれた。
本来の性質から、自ら進んで外出を好む紗和は、病弱ゆえに何もすることのできない今の体に少しだけ歯痒さを感じていた。
正直、今すぐにでも今自分がどこに居るのかを見て回りたかったのだ。確かに、ベランダから見える景色もすばらしいものである。赤茶のレンガの屋根が立ち並ぶ街並みはため息が出るほど綺麗だったし、車の排気ガスの含まれて居ないは空気もとてもおいしい。それでも、その景色をもっと違う角度から見てみたいと思うのは決して我侭ではないはずだ。
昼食の後、紗和はエイダと共に、ベランダにてその美しい景色を眺めていた。
元々から順応性には長けていると思っていたけど、まさかここまで慣れるのに時間がかからないとは、と内心自分を褒め称えている紗和である。
そこでふと思い出したことがあった。
「そういえば、アーヴィンくんとコリンくんはどうしたの?」
仮面会議といっても過言ではないあの異様な会議から三日。あの六人の麗人の内、唯一フランだけは何度かお見舞いに来てくれていた。ベリアは、お見舞いというわけではなく、専属医師としての役目を全うするために何度か足を運んでいる。
やはり歳の功か、フランは非常に寛大でそれでいてとてもおもしろい人物だった。
その人柄は紗和にとってとても接しやすい空気を作ってくれる。おかげで、クリスティアナの数多く居る側近のうち、彼とは良好な人間関係を築いているといっていいだろう。
それでも、まだ仮面は装着してもらっているが。
昨日彼に聞いた話によれば、アーヴィンとコリンはあまりの衝撃で寝込んでしまったという。チェスターはそんな二人の看病で見舞いにやってくる時間がとれないらしい。キースやエドガーは忙しくて時間がとれないとのこと。
―――とりあえず、少なくともフランとチェスターくんには嫌われてないみたいだし、いいか。誰にも好かれないってことほど虚しいもんはないもんねぇ。
喉の渇きを覚え紅茶の入っているカップに手を伸ばした時、エイダがなにやら思い出し笑いのような笑顔をこぼした。
「お二人とも、よほどショックだったようで、ベッドの中で唸っていましたよ」
「………情けない」
「はははっ」
エイダは思ったことを素直に出す人物だった。今も、我慢できずに声を漏らす。
ベティは深くは干渉せず、自分のすることがなくなるといつも壁際で立っているだけだ。一度か二度、一緒にお茶をと誘ってみたがすぐに機械的な返答で断られた。
紗和とて別に、遊びで営業の仕事をしていたわけではない。今まで何度も色々な人間を見てきて、その会話から色々なことを学び時には裏にある真意を感じ取ってきたものである。ベティがなぜ自分の元にいるかなど想像に難くなかった。きっとあの側近達にでも、自分の様子を見張れとでも言われたのだろう。
暢気で居られるのは自分にやましいことがない証拠である。
「コリン様もアーヴィン様も、もう少しすれば立ち直られるとも思います」
笑いすぎてこぼれた涙を拭いながら、エイダは笑顔で言う。その笑顔に紗和も自然と心が救われる。 こんな風に笑う姿が妹と重なった。
「そうね、というか、立ち直ってもらわなきゃ困る」
もう一度紅茶で喉を潤す。
たとえ普通にお茶を飲むことが出来たとしても、人と話すことが出来たとしても、それは完全にクリスティアナの体が回復したというわけではなかった。
彼女がベッドから出られなくなってから、少なくとも五年の年月が過ぎているという。それをほんの 数日で回復させるのはいくら紗和の魂が健康だからといっても無理な話なわけで。
数日の間、食べては吐くということを繰返した。
少しでも一定の量を超えると、ひどい吐き気を覚えてしまう。
それは、まだ完全に紗和の精神とクリスティアナの体が融合したわけではないことを示している。
紗和の魂が食事を求めても、クリスティアナの体がそれを拒めはそこで歪みが生じる。紗和はその歪みが生まれた時に吐き気や眩暈を覚えるのだと最近になって発見した。
それ以降はあまり体に無理をさせないように細心の注意を払う日々。
この体はあくまでも借り物で、自分は彼女を救うためにここに生かされているのだといつも言い聞かせていた。
―――でも、やっぱりストレスは溜まる、な。
いつになればこの歪みがおさまるのか、天使である幼馴染に聞こうとしても、最初に会った夜以来彼は決して姿を現さないため不可能な話だった。
そろそろ限界を感じ始めた頃、その融合は唐突に起こった。
紗和が異世界に飛ばされて、十日後の事だった。