仲直り
――未来のことを考えていた俺は、気が付くと、未来と一緒に見た、ショーウィンドウの店の前へ立っていた。機能停止をしたままの動物のオルゴールと、未来の好きなふわふわのぬいぐるみが並んでいる。
『この子、もう動けないんだね。可愛いってみんなに見て貰えるの、嬉しかっただろうな。みんなの笑顔好きだっただろうね。もう見て貰えないなんて、かわいそうだね』
(修復……?)
未来の言葉と表情が、俺の頭の中で再生される。俺は店の中に入り、店主へ質問をした。
「あれは、直るか?」
「君、AIかい? あの動物オルゴールは、部品が古くってね。残念ながらもう直せないんだよ」
「使ってもいいか?」
俺は店を見回し、角に積まれている廃棄部品を見つけた。指を指す俺に、驚いたように眉根を上げながら頷く店主を見て、オルゴールの箱を開く。
(……修復)
――カチッ!
箱の内部を弄って、俺がふたを閉める。歯車の噛み合う音がして、オルゴールが動き出した。
「君……すごいねっ! そのオルゴールはアタシも気に入っていたんだ。お礼に店の中から好きなものを持って行っておくれよ!」
俺は店内を見回して、ショーウィンドウに置いてあった水色のぬいぐるみを指す。
「あれがいい」
「もしかしてプレゼントかい?」
ぬいぐるみと俺を見比べた店主が訊ねて来て、俺は一拍間を置いて思考する。
「……ああ」
「そうかい? きっと喜んで貰えるよ!」
俺は店主から渡されたぬいぐるみを持って、店を後にした――。
――この時間ならまだ怜士がいるはず。私の足はいつものカフェテラスへ向かっていた。そこでは、午前の講義を終えた怜士が食事をしていて、私はツカツカと怜士へ近寄る。このモヤモヤを怜士に聞いて欲しいと思った。
「怜士! ちょっと聞いてよ!」
「なんだ? またアイツか? 取り敢えず座れ」
私に気付いた怜士が、眉間に皺を寄せながらも、席へ座るのを促して、私へと声を掛けてくれる。
「そうなのっ! あの子ったら、家族は取り替えがきくみたいな言い方したんだからっ!」
「当然だろう。アイツはAIなんだから……人間の微細な感情を理解出来るわけがない」
「え? ……そう、なのかな?」
疑う余地もないとばかりに自然に答える怜士の言葉に、私は一瞬納得し掛ける。しかし、今まで関わって来たあの彼だけは違うという感覚をどうしても拭えなかった。
「でもねっ!」
「未来。一旦落ち着け。 ……何があった?」
溜息を吐きながらも私の話を聞いてくれる怜士へとさっきのAIの彼との出来事を私は話した。
「だから、深入りするなって言っただろ。どんなに人間のような振る舞いをしているように見えても、アイツがAIだということはお前も分かっているはずだろう。 未来?」
余程納得の出来ない表情をしていたのか、怜士は微苦笑を浮かべながら、呆れたように私を見つめる。それから間をおいて呟いた。
「だが、その怒りは。アイツがお前に共感してくれなかったのが嫌だったんじゃないのか?」
「……そっか。共感して欲しかったんだ。私」
怜士の言葉に妙に納得がいった私は、大きく瞬いて、深呼吸をする。
「共感を求めるなら、人間同士の方がいいだろ」
「そうかもしれないけど……私やっぱり謝って来るね」
「おい。未来!」
私は立ち上がり、AIの彼の元へと向かう。そうせずにはいられなかった。私の足はなぜか小走りになっている――。
――俺の言葉が未来の感情に納得を与えてしまったようで、俺の前から立ち去る未来。俺の声は未来の背中には届かない。その後ろ姿を見つめながら、大きく溜息をついて、俺は椅子にもたれ掛かる。
「俺は何をやってるんだ……アイツと未来を仲直りさせてやる義理なんてないだろう……くそっ!」
悔しさを滲ませた。だが、未来が辛そうな表情をしているのは耐え難かった、未来の心の中に確かにアイツが根付き始めている。俺は気が付いてしまった。焦燥と不安。危機感。色々な負の感情に支配された俺の小さな呟きは、カフェテラスに虚しく落ちる。
(未来……どうしてこっちを見ない。ずっとお前の近くにいるのは俺のはずだろう――?)
(――やっぱり怒り過ぎちゃったよね)
私は、彼と喧嘩をしてしまった公園へと謝るために戻って来た。驚いたことにAIの彼は、私と喧嘩したその場所に、未だに立っていて空を眺めていた。ずっとここにいたんだろうか。それなら悪いことをしてしまった。私は彼へと近付いて声を掛ける。
「何してたの?」
私の声に振り返った彼の肩がゆっくりと一度上下した。どこか安堵したようなその仕草と表情に、私は彼を見つめる。
「お前の感情の意味を考えていた……どうして怒りと悲しみが同時に表出したのか」
気まずそうに呟き、彼が私に何かを差し出してくる。受け取って包みを開けると、それは私がショーウィンドウを見て可愛いと言った水色のクマのぬいぐるみだった。首には白いリボンが結ばれている。そういえば水色は彼の瞳の色と一緒だ。
「これを? 君が!? どうやって?」
私が目を見開いて尋ねると、彼はより気まずそうに視線を逸らして俯く。
「秘密だ……」
ポツリと呟く彼の言葉、嬉しさと、可笑しさが溢れ出して、私は思わず笑い声をあげてしまった。
「ぷっ……あはははっ!」
「何故笑う?」
「だ、だって……まるで君が機嫌を取るみたいな行動をしてるから!」
「機嫌を……取る?」
私の言葉に僅か不服そうに、けれどもその意味をしっかりと考えるように、私の表情と、私が抱きしめるクマのぬいぐるみを見比べる彼。
「分からない……。けど、お前が泣くのは嫌だった。 ……悪かった」
「私も言い過ぎちゃった。ごめんね? 君はまだお勉強中なんだもんね」
理解が出来ないというような表情。けれどその彼の表情が、私にはなんとなく穏やかにうつった。彼の瞳の色と同じクマのぬいぐるみ。そういえばイリスは、淡いブルーに発光をするんだったなと思い出した。
「ねえ。明日は新月だから、一緒にイリスの発光を見に行かない?」
「俺と?」
「うん! 約束してたでしょ? それに私、君と見たいな」
「何故だ?」
「なんでだろ。けど、私が君と見に行きたいなって思ったの。ダメかな?」
「……ダメじゃない。俺も、お前と見てみたい。変わり者同士、な?」
口数は少なく、それでも、彼が温室で再会した時の言葉を覚えてくれていたのが分かると、突然私の鼓動が速くなり始める。
「た、楽しみだね! どんな風に光るんだろう!」
私は胸元を押さえて、誤魔化すように早口になる。彼の不思議そうな表情がまともに見られなくて、早足で歩き出す。彼も少し歩幅を広くしながら、私に合わせて付いて来る。そうするのが自然だというように。
彼と他愛ない会話をしながら、この間のショーウィンドウに差し掛かる。機能を停止していたはずの動物のオルゴールが、優しい音色を奏でながら、柔らかく揺れていた。
「あれ? この子動いてる」
「俺が直した」
「えっ?」
「なんでもない……」
彼の小さな呟きを聞き取れず聞き返してみたけれど、彼は緩く首を振った。私は改めて、動き出した動物のオルゴールを見つめる。温かな気持ちが湧いてきて、ショーウィンドウの中の動物たちに呟いた。
「良かったね」
――立ち止まってショーウィンドウの中のオルゴールを見る未来の表情が柔らかくて穏やかだった。俺はその表情に視線を縫い留められる。俺の胸の中に、くすぐったいような、温かいような温度が満ちる。俺はまだこの感情の名前を知らない。それでも――。
(修復、か)
「……悪くない」
思わず呟いた俺の表情を見た未来が、頬を染めて固まっている。俺は一度瞬いて、処理が遅れた感情の名前を考える。答えは出ない。でも今は、感情の名前はどうでも良かった。未来に笑顔が戻ったことを嬉しいとただ感じていた。
「どうした?」
「君……今微笑んで」
「……? 行くぞ?」
「う、うん!」
立ち止まった未来を促して、学院へと戻る。一拍遅れて付いて来る未来を一度振り返って。未来と並んで歩き出した――。
――――8――――




