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【完結】イリスの咲く場所ーAIと少女が未来を選ぶ物語ー  作者: いろは えふ
第1章

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すれ違い

 奇妙な組み合わせの看病後から、怜士とAIの彼との距離がほんの少しだけ縮まっていた。


 私たちは三人でランチのテーブルにつくことが増えてきた。寂しがり屋の私にとって、ランチが賑やかになるのは嬉しい。


「ほら。未来。いつものだ。デザートから食べるんじゃないぞ?」

「昔の話でしょ! い、今はちゃんとご飯食べてからデザート食べてるでしょ? 怜士の中で私はいくつなの?」

「そうか? 俺の中では、お前の存在は変わらない。昔からずっと、俺にとって大切な存在だ。お前がいくつでもな。」


 怜士が私の代わりに、私がいつも注文するオムライスのランチを運んで来てくれた。バターの効いたふわとろのオムライスだ。フォークで切り目を入れると、ほろほろと半熟の玉子が五穀米のライスを包んでいく。この変化の工程も含めてこのランチメニューは私のお気に入りだ。


「やっぱり怜士ってお兄ちゃんみたいだよね。昔からずっと私の面倒を見てくれてるし、私が困ってると助けてくれる……」

「……兄貴、な。俺はお前と本当に家族になっても構わないんだぞ?」


 怜士の真剣な表情に、私は一瞬動きを止めて怜士を見つめた。怜士と私の間にどこか落ち着かない空気が流れる。


「未来。水。持って来たぞ。ついでに怜士のも」

「P-0009M。空気を読んでくれても構わないんだが?」

「何のことだ?」

「お水ありがとう!」


 その意味を考える前に、AIの彼が私たちの水を持って来てくれた。少し怜士が不機嫌そうなのを不思議に思いながら。


「怜士はもう家族みたいなものでしょ? そういえば、この間素敵な家族に出会ったんだけど……」


 怜士との会話でこの間の家族を思い出して、私は二人へと向き直り、その家族と出会った時のことを怜士へと話した。


「……すっごく素敵だったんだあ。私にもあんな家族作れるかな?」

「なるほど。その家族はお前の理想の家族だったんだな。家族は、そうなる前から、時間を掛けて互いを理解しあって、支えあって築いていくものだ。お前なら出来ると思うぞ。お前は多少ぼーっとしてはいるが、人に寄り添える優しい気持ちを持っているしな」

「ぼーっとしてるは余計だってば! でも、ありがと」


 怜士は私の話を聞きながら目を細めて、私の言葉を肯定してくれた。自然と、私も笑顔になる。


「お前にとって家族とはどんな存在なんだ?」

「……一緒に居るだけでなんだか幸せで、沢山の思い出を積み重ねていけるような。そんな存在かな?」

「一緒に居て、記憶を共有すれば家族なのか? それは、個体同士のデータ共有と何が違う? お前はあの時泣きそうな表情をしていた……」

「あの時の私がどんな表情をしていたかまでは覚えてないよ。鏡で見たわけでもないしね……」


 AIの彼は、私にまだ聞きたい言葉がありそうだった。けれど、彼の求める答えが私にも分からなくて、上手く説明が出来ない。彼の言葉は、思った以上に、寂しいものに感じてしまった。


「……さ、冷めちゃう前に食べよ?」


 私の反応に、怜士が柔らかく息を吐いて、私の肩をぽんっと軽く叩く。


「未来。コイツの言うことは気にしなくていい。コイツはAIなんだ。俺たちと感覚が違って当然だろう。ほら、俺の分のデザートも食べるか?」


 彼がAIだからと、彼の言葉をサラッと流す怜士。私は少しモヤモヤを感じながらも、それがどうしてなのかまでは気が付いていなかった。


(AIだから仕方ないの? でも、本当にそうなのかな……?)


 私がAIの彼を見ると視線がぶつかる。彼は何かを言いかけて飲み込んだように私から視線を逸らしてしまった――。


 昨日は少し様子が変だった彼だが、今日はいつも通りに見える。私とAIの彼は二人で月一パンケーキに並び、今日は手に入れることが出来たのだ。


 天気もよく、私たちは公園のベンチでパンケーキを食べることにした。運動会の時期だからか、街中では運動会でよく耳にする音楽も流れていた。


「いいお天気だね?」


 念願のパンケーキを買えた私は、眩しい青空を見上げて、デモンストレーションで初めて彼と会った時のことを思い出していた。彼も覚えていてくれたら嬉しいなと、彼へと視線を送ってみる。


「……なんだ? 雲の様子からみても、今日雨は降らないぞ」

「それなら雨宿りも必要ないね?」


 私が意図した通り、彼がデモンストレーションでの会話を思い出してくれたのが嬉しかった。私の頬は自然と緩み、声も弾んでいた。


「なんだか今日は機嫌が良さそうに見える」

「うん! 念願のパンケーキも買えたし、君がデモンストレーションの時の会話を覚えてくれてたのも嬉しかったから」

「俺が覚えていたのが嬉しい?」

「うん。嬉しいよ」

「そうか。なら、これからも覚えておく」


 言葉数は少ないが、これからも覚えておいてくれるという彼の言葉が嬉しかった。お弁当箱を模したパンケーキの箱を開けた時、私はデモンストレーションの時にも感じた懐かしさを思い出した。


「私ね。とても大切な人がいたんだ。私のお父さん。もうあんまり覚えてないんだけどね。その人ちょっと変わってて。私が運動会の時に、家族は私たち二人しかいないのに、三段重のお弁当持って来たんだよ。信じられる?」


「普通は人数で量を調整するものじゃないのか?」


「そうなんだけどね、私の好きなもの入れたら、こうなっちゃったんだって笑ってた。友達も呼んで一緒に食べたんだよ。 ……楽しかったなあ」


「お前はそんなに家族が欲しいのか?」


 彼の問い掛けに私はゆっくりと瞬いて、頷き、そのまま俯いた。


 「そうだね。欲しい、な。 ……もう会えなくなっちゃったけど」

 「だったら新しく作ればいい」

 「いやいや。そんな簡単なものじゃないんだよ。例えばさ、私がいなくなったら君はどう思う」


 私の問い掛けに、AIの彼が動きを止めて、眉間に皺を寄せながらしばらく間をおく。


「……分からない。俺にはその答えが見つけられない」


 それはきっと、AIの彼の精一杯の答え。けれど私にはその答えが思いのほか響いてしまった。悪い意味で。しんしんと、暗く冷たい苦しさが胸の中に積もっていく。


「そっか……分から、ない……? 君はAIだもんね……分かるわけ……分かるわけ……ないっ!」

「どうして泣く?」


 私にも理由が分からない。彼の表情は強張り、複雑な表情で私を見つめている。私の頬へ伸ばされた手を、私は振り払ってしまった。彼を困惑させてしまっている。分かっていた。それでも、堰を切ったように流れ出した感情を私は止めることが出来なかった。


「もういいっ!」


 私は感情のままに彼へと怒りをぶつけて、逃げるようにその場を走り去った。醜い自分を彼に見られるのが嫌だったのかもしれない――。


「――……怒りと悲しみが同時に表出するものなのか? 俺は何か間違った、か?」


 処理が出来ない感情にとらわれた俺の足はその場に縫い留められる。未来の背中が小さくなっていく。なんとなく、彼女がおいて行ったままの、未来の好きなパンケーキが目に留まった。


(こういう時はどうするのが正解なんだ……分から、ない。でも、俺は……)


 未来の背中がすっかり見えなくなった頃、ようやく俺の足は動き出す。だが、どこに――?



 ――――7――――

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