街路樹とAI
私たちは、ショッピング施設の集まったエリアにいた。緑と便利の共存がテーマとして区画整理されているエリアで、ショッピング街の通りには街路樹が綺麗に並び、何体もの園芸AIが街路樹の手入れをしている。世界中のあらゆる商品が揃うこのショッピング街は、今日も観光客や候補生達で賑わっていた。
「街路樹。今日も綺麗ですね」
「あら。ありがとう。貴方にそう言って貰えると嬉しいわ」
私が一人のAIに話し掛けると、彼女は柔らかく答える。担当区画の街路樹の世話を終えた彼女は、一度街路樹を見渡した。
「けど、なんだか今日はちょっと疲れたわね……よっこいしょ」
ベンチに座った彼女は目を閉じて、そのまま動かなくなってしまった。
「おい。コイツ機能停止してないか?」
「あ~。本当だな。旧型だったしな。寿命だろ」
「まあ、1週間もすりゃ新しい型が来るから問題ないだろ。廃棄連絡っと」
通り掛かった候補生達が、彼女を見てあっけらかんと呟く。私はその発言に違和感を感じて、ベンチに座る彼女をじっと見つめた。眠っているように見えるのに、彼女が起き上がって、街路樹の世話をすることはもう二度と出来ないのだ。胸の中に小さな切なさが湧いて、私はポツリと呟いた。
「あの人死んじゃったのかな……?」
「AIは死なない」
AIの彼の言う言葉を頭では分かっている。けれど私にはそうは思えなくて私は彼女が世話をしていた街路樹を見つめる。
「でも、もう二度と会えないし、話せないんだよ。この子達淋しくなっちゃうね……」
――未来の視線はAIが世話をしていた街路樹を見ている。AIだけでなく、植物にまで心があるような接し方をする未来の言動。俺には理解出来ないが、眉間に皺を寄せて、切なそうに街路樹を見上げているその表情は、この間の親子を見ている時とも違う。
「お前は……そう思うんだな」
あまりにも悲しそうな表情を浮かべる未来の言動に戸惑いながら、俺は理解出来ないなりに、未来を理解してみようとする。未来の持つ感情の表出は、俺が今まで知っているのとは違う場面で、違う言動で表出するのが興味深かった。
お前はどれくらいの感情の形を、色を持っているのだろう。これから俺に何を教えて、見せてくれる? 俺はそれを知りたいと思う。
(これは……期待、か?)
俺の処理がいつもと違う反応を返す。俺は改めて未来を見つめて、確かに湧き上がる違和感に何処か心地よさを感じていた――。
――数日後、私は月一限定で来るワゴンのパンケーキを買いに来ていた。この時期旬のさくらんぼや桃を使ったパンケーキで桃のクリームがとっても美味しい人気のパンケーキだ。買えるかは心配だが、私の順番は次だ。ところが――。
「お客様。申し訳ありません。さっきのお客様で最後でした。また来月お待ちしてます」
「はい……」
私は目の前でクローズの看板が出るワゴンを見て、がっくりと肩を落とした。
「ランチ……どうしよう。もうこの時間じゃカフェテラスも昼の営業終わってるし」
ワゴンの集まる場所に備え付けられた飲食スペースへ腰掛けて、私はぼんやりと空を見上げていた。
(なんか曇ってるかも……)
雲の動きを眺めながら、ランチをどうしようか考える。
「み――く――未来っ!」
「うわあぁぁぁ! って、君か!」
突然背後から掛けられた声に私は思わず声を上げた。その様子を見てきょとんと瞬いたAIの彼の表情が、ふっと緩んだ気がした。私はその変化にゆっくりと大きく瞬いた。
「なんだ?」
私の視線の意味を考えるように眉間に皺を寄せた彼だったが、その表情はいつもの無表情。私の気のせいだったのかもしれない。
「君、本当に神出鬼没だね。温室の時も思ったけど、またびっくりしちゃった」
「俺は声を掛けた。でも、空を見ていたお前は気付かなかった。空が好きなのか?」
彼の言葉に、私はまた自分がぼんやりしていたことに気が付いた。何かを考えている時、周りが見えなくなってしまうのは私の悪い癖かもしれない。
「そっか。ごめんね。ううん。楽しみにしていたパンケーキを買えなくて、ランチをどうしようかなって考えてたんだ。君は何をしてたの?」
「俺は、園芸AIの様子を見て来いと先生から頼まれた。ここに来たらお前がいたから、声を掛けた。ランチ。食べられなかったのか?」
「うん。月一だけ来るワゴンのスペシャルメニューでね。ふわふわで甘くて、桃のクリームが美味しいんだ。私大好きなの。先月からず~っと楽しみにしてたから、今日は並んでみたけど買えなかったんだ……すっごいがっかり」
「がっかり? 携帯食は持ち歩いていないのか? 人間はエネルギーが不足すると身体を壊すのだろう?」
彼のAIらしい合理的な思考。私たちが感じる食事の楽しみ等はまだ理解が出来ないのかもしれない。
「携帯食を持ち歩いている人はあんまりいないかも。あ~。怜士は持ってて、たまに私がランチ食べそびれた時にくれたりするんだけどね。その日に食べたいものを食べに行ったり、自分で作ったりする人が多いんじゃないかな?」
「そうなのか?」
「うん。多分ね」
彼と話をしていると、私の頬に冷たいものが当たった。見上げると、ポツポツと地面に黒いシミが出来ていた。
「って、雨降って来た!? やばい。傘忘れて来ちゃったよ」
「多分直ぐ止む。今日は曇り時々雨の予報だったはずだ」
彼の言葉に反して、雨脚は急激に強くなった。周囲を見渡したAIの彼が、傘を差している通行人を目で追っている。
「借りて来る」
「ダメだって! 他の人の傘借りちゃったらその人が濡れちゃうからっ! 傘買おう。コンビニにあるはずだから!」
もう手遅れかもしれないが、納得していなさそうな彼の手を引いて、私は近くのコンビニで傘を買おうとする。急な雨だったせいか、コンビニには行列が出来ていた。
「あ~。あの行列に並んだら、結局ずぶ濡れになっちゃいそうかも?」
私がどうしようかと考えていると、彼の姿が消えて、私の背後に現れた。極近距離の彼を驚いて見上げた私を雨から庇うように、彼の手が私の頭の上に添えられている。
「えっと。何をしているの?」
「お前よりも俺は体高がある。こうして密着していればお前の体温の低下を防げる。俺たちは水に耐性がある」
私の背中に密着する彼の濡れた髪から、雨粒の雫が私へ落ちて来る。
「いや、近過ぎるし! 歩き辛いから、ね! それに君も、私も濡れてるんじゃ意味ないって!」
少しズレた彼の優しさが嬉しくもあり、AI独特の感性が面白かった。私は定休日の店舗の屋根へと彼を引っ張り込んで雨宿りをすることにした。
「止むまで待つのか? 非効率だな。人間の行動は予測不能でよく分からない」
瞬く彼の髪から、また雨粒の雫が伝って、彼の頬を濡らしていた。私はハンカチを取り出して、濡れてしまった彼の髪や顔を拭いてあげる。
「何をしている?」
「君が濡れちゃったから拭いてるんだよ」
「俺たちは水に耐性がある。不要だ」
「ううん。そうじゃなくて。私が濡れないために行動してくれたでしょ? けど、君が濡れちゃったから。ありがとう」
「あり、がとう?」
大きく瞬いた彼は、私のハンカチを握る手と、私の顔を交互に見遣って顎に手を添えた。その仕草が、どこか考え込んでいるようで、私はまた彼へと違和感を感じていた。それは決して悪い違和感ではないけれど。
「雨の音もなんだか好きだな。少し落ち着く気がする」
「雨の音も? パンケーキが好きだと言っていたな。他にもあるのか?」
「私の好きなもの? そうだね。甘いものは好き。ふわふわも好き。イリスの花も好きだし、ロマンチックや恋愛モノも好きだよ」
「多過ぎないか?」
「人間はそんなものだよ」
しばらく彼と話をしていると、いつの間にか雨は上がっていた。
「あ~。雨上がったね。帰ろっか? くしゅんっ!」
「お前の体温の低下を確認。早く帰ってあったまった方がいい」
「うん。そうするよ。またね?」
彼に手を振って、私は自室へと帰った。結局ランチを食べられなかったからか、帰り着いたあとも、私の思考はぼーっとしていた。なんだか身体が重たくて、シャワーを浴びようと思ったのに、私の意識はベッドに転がったところで途切れてしまっていた。
――――4――――




