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【完結】イリスの咲く場所ーAIと少女が未来を選ぶ物語ー  作者: いろは えふ
第1章

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交流

「お前は、この花に興味があるのか? 俺にはただの白い花に見える」

「これはね、新月の夜にだけ光る特別な花なんだよ。新月の夜にだけってとこがなんだかロマンチックだと思わない?」

「夜に光るからロマンチック? 分からない」


 私の発言心情も理解が出来ないという表情を浮かべている彼だが、話を聞こうとしてくれているように見えて少しだけ嬉しかった。


「そうだ! 今度の新月の日に、一緒にこの花の発光を見に来ない?」

「俺と? 何故だ?」

「君と見るときっと楽しそうだと思って」

「楽しそう? そんな事を言われたのは初めてだ……お前も、変わっている。と、思う」

「あ~それは……よく言われてる、かも?」


 私は誤魔化すように笑顔を見せる。デモンストレーションの時にも思ったが、他とは違う反応をするAI。私は、首を傾げている彼に興味を惹かれて、もう少し彼のことを知りたいと思った。


 温室で再会してから、私と彼は、度々カフェテラスで話をするようになった。AIのはずの彼から時折滲む人間っぽさに、私は面白さと、好奇心を刺激されていた。


 彼との会話は純粋に楽しかった。私が彼に人間のことを教え、彼がそれに反応をする。弟みたいに純粋で、私に色々聞いてくれる彼を、私はなんとなく可愛いと思っていた。カフェテラスで、彼と会って話をするのが私たちの日常になりつつあった。


「今日は何を教えてあげようかなあ……」


 私は今日もランチの時間。いつもの席で、彼との対話を楽しみにしながら彼を待っている――。


 ――デモンストレーションで未来が面白いと言っていたP-0009Mと未来は、最近カフェテラスでよく会っている。俺との会話でも、P-0009Mとの話が度々出てくるようになっていた。そして、今日も未来はアイツが来るのをわくわくした瞳で待っている。


(未来のことだ。恐らく無自覚……なんだろうな。未来の前は俺の席だったはずなのに――)


 なんだか面白くなくて、俺はアイツを待っている未来へと声を掛けた。


「今日もアイツか? いつも一人じゃ味気ない。今日は俺も同席していいか?」


 少し驚いたように俺を見上げて、未来は、いつものように無邪気で人懐っこい瞳を俺へ向けて笑顔を浮かべる。俺は息を飲んだ。


「うん! 折角だから怜士も話してみなよ! 本当にあの子面白いから!」

「お前……まさか無自覚なのか?」

「何が?」


 予想が的中した俺は、呆れた表情を浮かべて、まるで状況を分かっていない未来を見て忠告をしてやる――。


「俺達は研究候補生だ。人間側の代表として、みんなの模範にならないといけない。間違った歴史を繰り返してはいけないんだ。分かってるよな。未来?」


 ――怜士の言葉に、私は大きく瞬いて頷いた。


「怜士は何を心配してるの? もちろん分かってるって!」


 怜士と話をしていると、いつものように彼がやって来た。怜士の視線が彼へと注がれる。


「AIに食事は必要ないんじゃなかったか?」

「俺は将来人間のサポートをする仕事に就く予定だ。だから、未来に人間について教えて貰っている」

「それは、学習の範疇を越えていないか? どうして未来である必要がある?」


 いつも優しい怜士の口調に、薄っすらと棘を感じて、私は不安げに二人を見守っていた。


「分からない……でも俺は、未来に教えて貰いたいんだ」


 彼の言葉に怜士の眉間の皺が深くなった。なんだか険悪な雰囲気で、思わず私は困惑して声を上げた。


「怜士?」


 私の声にハッとして、怜士は私に微笑み、ポケットからスマホを取り出して眺める。


「悪い。ちょっと教授から呼び出しだ。お前とのランチは今度にするな。未来」


 怜士のスマホは鳴っていなかったと思うが、マナーモードにしてあるのだろうか。怜士は私の髪をくしゃりと一度撫でて、講義室の方へと歩いて行く。


「怜士。どうしちゃったんだろう?」


 私はその背中に違和感を感じながら怜士を見送った――。


 ――カフェテラスの柱の陰。未来達には見えない位置に立ち止まって。俺は頭を冷やす。


「違う……俺はあんな顏をさせたかったわけじゃないんだ。でも……」


 未来はアイツを弟か友達のように思っているみたいだが、俺にはアイツが自分の意思で未来を選んでいる気がした。AIに感情はないはずなのに。アイツは未来が言うように、確かに何処かが違う。と、あんな短い会話だったにもかかわらず、俺も思ってしまった。


 俺は言いようもない不安を拭いたくて、アイツの事を調べようと、手元のタブレットで、P-0009Mについての情報を検索する。アイツが他のAIと何かが違うのだとしたら……。


「試験運用中。記憶の統合処理が不完全な可能性有り……? 危険だな……」


 俺は未来が候補生でいられるように、支えないといけない。AIと人間の必要以上の干渉は政府の方針に反する。そう思いながらも、俺は自分のこの感情が、本当に自分のものなのか分からない錯覚をしていた。俺は無意識に唇を噛みしめて、拳を握り込んでいた。


 ――気分を変えて、今日の私たちは外の散策をしていた。いつものように彼の質問に私が答える。


「未来。今日は友達について聞きたい。人間同士の繋がりの名前だというのは分かっているが、友達とは具体的にどういう状態を友達と呼ぶ?」

「そうだねぇ。自分の体験を何か共有したくなったり、一緒にいたいなって思ったり、そういう関係かな? 私は君の友達になれると思う?」

「……一緒にいたいと思う? なら、俺はもうお前の友達、か?」


(い、一緒にいたいって思ってくれてるの、かな?)


 無自覚な彼の言葉に、私の胸はほんの少し高鳴ったような気がした。胸の高鳴りの理由が分からず、私はさりげなく自分の胸元へ手を当てて首を傾げる。


「こうやって色々教えてるとなんだか弟が出来たみたいだなあ……」


 彼といることの居心地の良さを伝えたくて、私は思わず口にした。その言葉に僅か眉を寄せたAIの彼が、ほんの少しだけ唇を尖らせたような気がして、私は小さく瞬いた。

 

「俺が、弟? じゃあ、お前は俺の姉なのか?」

「いや、違うよ! 違うけど、なんだかお世話してるみたいで」


 返される言葉。私はひどく慌てて、その言葉を訂正していた。どうしてなのかは分からないけれど、私は彼に姉と思われるのは嫌だった。

 

「違うなら、俺はお前の弟ではない」

「そ、そういう厳密な括りじゃなくってさ! なんかこうっ!」

「……分からない。それじゃあ、俺はお前の何だ?」

「え? えっと……何だろ?」


 彼の質問に上手く答えられなかった。彼から注がれる視線。何故か私の頬は熱を持っていて、もどかしい沈黙が、私とAIの彼との間に流れる。彼がAIだからか、私たちの会話はこうやって度々すれ違う。それもまた面白かったりもするのだけど。


 公園へ差し掛かると、小さな男の子が父親らしき男性へと手を振りながらかけっこをしていた。よそ見をしていた男の子が、私の目の前で転ぶ。


「うわぁぁぁあぁ~~んっ!」


 私は慌てて駆け寄って、男の子を起こしてあげる。


「大丈夫? 痛かったね。びっくりしたよね?」


 男の子の背を撫でてあげながら、柔らかな口調で声を掛ける。その様子を見ているAIの彼は、大きく瞬いて、不思議がるような視線を送っていた。


「すみません。ありがとうございます」

「お父さんっ! ボク、速かったでしょ! ちゃんと見てた?」

「ごめん。ごめん。速くなったね」


 両親らしき男女が私たちの傍に近づいて来た。女性の腕の中には、ほっぺのぷくぷくした赤ちゃんが眠っていて、小さな拳が口元に添えられている。


 男性は男の子を抱き上げて、優しい笑顔を見せている。寄り添いあう親子の会話に懐かしさを感じた。


 ――空に並ぶカラフルな国旗、GW明けの空は高い。各々の生徒たちが、お弁当の前に大好きな親の元へ駆け寄っていく。私も腕の中に飛び込んだ。


「ねえ、お父さんっ! 未来一番だったでしょ! ちゃんと見てた?」

「おっと! うん。ちゃんと見てたよ。速くなったね、未来。よく頑張ったね」


 バランスを崩し掛けながらも、しっかりと私を受け止めてくれた腕の中は温かかった――。


 ――ふと過った温かい記憶。朧気な肖像が目の前の親子に重なった。私の胸に切なさが満ちる。手を繋いで仲良く去って行く家族へと無意識に手を伸ばして、その手を胸元に握り込む。私は、どこか泣きそうな気持ちになりながら、家族を見送っていた。


「いいなあ……」


 ――悲しみとも違う、泣きだしそうな表情で、未来が親子を見送っている。震える睫毛は伏せられ、親子を見送りながら遠くを見つめている。無意識に伸ばされた未来の手は、何かに追い縋るようにして、胸元へと引っ込められた。


(未来……お前は今、どうしてそんな顔をしている? 何を求めている?)


 俺はその感情の意味を考える。どんなに検索しても俺の中にその答えは見つからなかった――。



 ――――3――――

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