確信と一歩
(そうか、私は――)
私は目を閉じて、イリスとの会話を思い出していた。
『未来。子どもが生まれる仕組みは知っている。だが……どうして、人は“そこ”へ至る?』
『きっと、命を繋ぎたいって思えるほど、誰かを大事に思うから……だと思う』
『……そうか。それなら……俺の中にあるこの感情も、きっと“正しい”んだな』
私は、そこにある可能性への確信が欲しいと思っている。ゆっくりと両手を重ねて、あの時のイリスと同じように、私の腹部へとそっと触れた――。
『しっかし。希のガキも見たかったなあ。俺にとっちゃ希は初孫だぜ? 俺も全身AI化したら会えるんかねぇ?』
『あれは緊急措置だった。健康な人間が全身AI化なんてしたら、逆に危険だと思うよ。だから、僕が代わりに見てあげる。希が将来お父さんになって、可愛い子どもたちに恵まれたら、啓人に報告してあげるよ』
『ずりぃぞ縁。それはAI種の特権じゃねぇか! 必ず報告しろよ。約束な?』
『お父さんは、戦争で亡くなった前の奥さんとの間に子どもがいたんでしょう? お姉さんたちにお子さんは?』
『仕事に掛かりきりで、父親らしいことが一切出来てないからなあ……そのせいで前妻には離婚届を突き付けられた訳だが……小さい頃に別れた、アイツ等の生死すら分からねぇんだよな、実は……』
啓人は笑いながら、実子について誤魔化す。温かいのにひどく切ない。そんな家族からのメッセージに、私の胸の中の不安が再び首をもたげる。イリスはどうなったんだろう。記憶消去は実行されたらしい。じゃあ、廃棄は……? まだ、会える。取り返せる可能性はあるのだろうか。
「この人。性格の問題もあって、そもそも親族に煙たがられてたんじゃないか? それを利用されてた気がする。この人の性格をよく知ってる誰かの陰謀……AIのせいで転落したという説も、恐らくは」
ポツリと呟く、怜士の眉間には皺が寄っている。この映像からも、縁と啓人の距離感や関係性がしっかりと分かる。啓人は、AIの縁の最大の味方であろうとした。命を懸けてまで、親友と娘、その子どもを守ろうとしたんだろう。本当の家族への贖罪もあったのかもしれない。
そして、AIと人間の間に生まれた希は確かに存在していた。レジスタンスや孤児院の中に隠されながら、守られながら。人間側での人生を全うしたのだろう。私がその子孫。希の関係者だからこそ、私は孤児院へ預けられていたのかもしれない。
再生中の映像から、警告音が聞こえて、ドアを破ろうとしているような音がする。後方の本棚が大きく開いて、3人がその向こう側へ消えたタイミングで、大勢のAI兵が部屋へと踏み込んで来た。一瞬、お祭りの時、迷子になっていた女の子にそっくりな子どもが映って、そこで映像は途切れる。
「のぞみちゃん!?」
最後に映った女の子が、あまりにも似過ぎていて、私は思わず声を上げた。
「誰だ? この時代の人物に、縁の他にも心当たりがあるのか?」
「ううん。ないよ。でも、夏祭りで会った迷子の女の子。さっきの子にすごく似てた」
「だとしたら年齢が合わないだろう? その子ども。AIなら別だけどな。けど、親族である可能性もある。未来とイリスが行った祭り会場。革命軍に繋がってる可能性ないか?」
怜士が私の言葉を受けて、頷いた。私は怜士の言葉に、心当たりがあった。
「確かに。あの神社はAIと人間が、当たり前に、自然に一緒にお祭りを楽しんでいた。石碑の前のおばあちゃんも、元々は関係者だったのかも。希さんのホログラムを見たのもそこだったし。あのホログラム、希さんの血族しか開けないって言ってた」
あの夏祭りの会場は屋内だった。希のホログラムを見終わったあと、その場にいた全員がどこかへ消えていた。私は思案して、さっきの映像に映っていた本棚を探す。映像と同じ本の配置の場所は1つしか無かった。1か所だけ、違う場所に本が入っていた。私は、映像通りの場所に、藤色の本を押し込んだ。
――カチリ。
極小さな音がして、本棚がひっくり返る。バランスを崩した私が見たのは、中央に藤色の瞳のマリア像の立つ大聖堂。マリア像の腕の中には、藤色の瞳の赤ちゃんが抱かれている。ステンドグラスから降る光が、大聖堂の中を満たしていて、眩しいくらいだった。
沢山の扉が像を囲むように円形に配置されていて、その扉それぞれが何処かへ繋がっているようだった。調べてみても、ここに監視カメラやAIが配置されている気配は無い。映像で革命軍の3人が消えた本棚の裏側。端末を見てみるが、電波すらも通じない空間のようだ。ここは恐らく、革命軍の拠点だったのかもしれない。
時代が経っているはずなのに、ここまで丁寧に整備、清掃、維持をされているということは、現役の施設の可能性もある。ここが孤児院の中に隠されているということは、院長先生もやっぱり――。
この孤児院と革命軍の関係の可能性。私は、倉庫で見た、孤児院の設立記録を思い出していた。この孤児院を作ったのは革命軍。縁と歩乃架の夫婦だ。出資者として、怜士の高祖父、啓人も携わっていた。そうなって来ると、現代でも30代前半にしか見えない壱華教授の名前が革命以前に設立された書類へある違和感が際立つ。
「未来。大丈夫か? 怪我はしていないよな?」
またぼんやりとしていた私に、慌てたように怜士が駆け寄ってきて、私の無事を確認する。怜士が、何かに気付いたように上を見上げる。視線を追った私の目に映る、高い天井。革命軍の歴史だろうか? 色々なシーンが、天井の絵画になっていた。塗料が段々と濃くなっていて、薄い色が過去。濃い色は現代に近い歴史なのかもしれない。
縁と、歩乃架、啓人らしき人物の間で、両親と手を繋ぐ藤色の瞳の男の子。その隣。一番新しそうなのは、藤色の瞳の男性が赤ちゃんを抱いている横に寄り添う妻らしき女性の姿。その二人を囲むように、娘と息子が寄り添う絵画だ。藤色の瞳。私が知った結城家の歴史の中には一人しかいない。
「あれ、絶対希さんだよね! やっぱり私……」
「ああ。間違いなさそうだ。それに、あの絵。希の隣の娘。少し未来に似てる。お前の親戚かもしれない。お前が行った神社も、この扉のどこかから行けるのかもしれないな?」
私は、自分の中に流れるもう1つの血の可能性を確信した。だとしたら、私は本当は人間ではないのかもしれない。けれど、お父さんと歩乃架さんの、仲睦まじい様子を思い出して、甘く胸の中が満たされて行くのを感じる。
(これは私の中に、確かに灯った希望だ――)
他の扉は、鍵が掛かっていて開かなかった。唯一開いた扉。その階段を上がると、怜士の予想通り、あの、小さな屋内神社へと繋がっていた。私たちが出たのは、石碑の場所。私は驚いて怜士を見つめる。怜士も口をポカンと開き、大きく何度も瞬き、難しい顔で考え込む。
今は夏祭りの賑やかさはない。小さくて、静かな神社。けれど、その場所の1つ1つが、イリスとの夏祭りを思い出させる。俯く私の表情に気が付いた怜士が、大きく溜息を吐いて。腕時計を眺める。
「未来。イリスの廃棄処分は明日。日付が変わったと同時に実行される予定だ。今の時間は22時を回ったところだ。助け出せる保障は無いが、会いに行ってみるか?」
私が頷き掛けたところで、怜士の端末が鳴った。孤児院の大聖堂を出たことで、電波が繋がったのだろうか? 私と怜士は神社から外へと出る。神社と繋がっていた路地を抜ける。目の前に、何故か壱華教授がいて、穏やかな笑みを浮かべていた。
「おや? こんな時間に女子を連れ出しているなんて、渡貴家の名前が泣くのでは無いですか? 候補生首席。渡貴怜士くん」
「壱華教授……どうしてこんな時間に外出をされているんですか? 俺は未来を口説いている最中で……けど、コイツがなかなか幼馴染の枠を飛び越えてくれなくて困ってるんです。だから、場所でも変えてみようかと」
「れ、怜士!?」
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