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【完結】イリスの咲く場所ーAIと少女が未来を選ぶ物語ー  作者: いろは えふ
第2章

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啓人のメモリ

「政府は、共存を謳いながらも、人間とAIの深い関係を警戒している節がある。イリスの花をわざわざ共存のシンボル花にしていることに、裏の意図を感じないか? やたら細かいお前とイリスの交流履歴とかもな。政府方針としては、異種族間では子孫を残せないと公言し、恋愛や結婚も一切認めていない。だが、過去に一例だけ。成功例が本当は存在していた」

 

 同種同士でしか繁殖できないイリスの花。確かに怜士の言う通りだと思った。私は、怜士の言葉を引き継いで続けた。


「AIの縁と、人間のパートナー歩乃架さんの子どもだよね? 革命後の古い記録だと思うけど。希さんの存在が、政府の公の事実を否定してるってこと?」

「そうだ。人間とAIを管理したい政府としては、その事実は制度の不都合に他ならなかった。俺たち候補生達が史実で習う革命家AIの歴史は、実は歪められたものなのかもしれない。縁本人を見ると、そう思えてならないんだ。だから未来。お前の予想は多分当たっている。お前は、AIの血を引く希の子孫なんだと思う……日本人離れしたその藤色の瞳が、あの人たちと未来が繋がってるという、動かぬ証拠なんだろうな」


 怜士が立ち上がって埃を払う、そのとき、怜士の肩が棚にぶつかって、黒い影が、何度か棚の端を掠めて転がり落ちて来た。そのまま怜士の頬を掠めて、何かが私たちの間に落ちた。金具でも当たってしまったのだろうか。怜士の頬に薄い赤線が浮かび上がる。


「痛っ……なんだ今の?」


 怜士が頬を抑えて視線を床へと落とす。怜士の視線を追って、私もそちらへ視線をやると、アルファベットを羅列してある錠前の掛かった、小さな木箱があった。蓋に、可愛らしい紅葉の彫り物があるその木箱は、端が少しだけ焦げているが、大切に手入れをされていたような形跡がある。


「紅葉の蓋の木箱? なんでこんなところに……この箱だけは、綺麗に手入れをされているみたいだな」

「うん。可愛い落ち葉の彫られた木箱だね」


 怜士の言葉に頷いて、私はその木箱を拾い上げて眺める。落ち葉の彫が荒く、輪郭もデフォルメ感がある。手彫りの工作教材のようだった。私たちにも工作教材はあったが、それは手掘りではなく、レーザーで作る小箱だ。その教材を私たちがするのは小学校高学年くらい。同じように、紅葉を蓋に手彫りしたのも、子どもなのかもしれない。木箱の下側には“木の葉”と彫られていた。


「今時手彫り? 珍しいな。蓋の彫物が落ち葉だから木の葉?」

「そうだね。手彫りは伝統工芸品とかだけだよね。私たちが知ってるの。これは、木の葉……もしかして、このは? 怜士。これ、希さんのかもしれない!」


 木箱を眺めていた私は、AI幼稚園施設のモザイクタイルのアルファベットが、地面に落ちて、並び変わったことを思い出した。KONOHAが、HONOKAだと知っているのは、今は、怜士を除いて結城家だけのはずだ。

 

「どういうことだ?」

「怜士の高祖父の啓人さんの再婚相手の名前、渡貴 このはさん。怜士の家系図以外ではほとんどKONOHA表記だけど、本当は歩乃架さんだった。だから、私の考えが間違えてないなら、この箱は……」


 私は、アルファベットの錠前をHONOKAと並べ替える。錠前の鍵はあっさり開いた。それを見ていた怜士が、大きく瞬いて、驚いたように目を見開いた。


「ああ。そうみたいだな。その名前で開くってことは、間違いなさそうだ」


 私たちはそっと蓋を開く。焦げた臭いがほんのりと漂ってきた。木箱の中には、怜士が見せてくれた焼け焦げた写真の失われていた一部と、オレンジ色のアネモネで作られた押し花のしおり。小さく、“K.W”と白いアルファベットが彫られた小さなメモリが入っていた。


「怜士。これ……」

「結城家の関係者でK.Wは……十中八九。高祖父の啓人だろうな」


 怜士の言葉に頷き、私が候補生用の端末で再生しようとしたのを、怜士が制する。


「未来。俺たちの端末で再生するのはやめておこう。裏で糸を引いているのが政府なら、お前の系譜図を見ようとした時みたいに情報を吸い出されて、未来も、ここも危ないかもしれない。お前の弟や妹たち。この孤児院を危険に晒したくはないだろう? 院長に借りよう。そっちの方がいいと思う」


 冷静な怜士の判断に従って、私は怜士と共に院長室へと向かった。話を聞いた院長は、私たちの持つ木箱に、何かを察したように瞬いて。


「本当に未来が……隠された血族の姫君だったなんてねぇ……気を付けなさい。希さんの遠い姫君は、儂たちの希望だからねぇ」


 院長先生が、私へ、心配そうな視線を向けて、微笑む。孤児院専用で使用している端末を貸し出し、今は使われていない旧院長室を使わせてくれた。もしかしたら院長先生は、何かを知っているのかもしれない。


『お。希。これを再生出来てるってことは、上手く生き延びたみたいだな? 無事で良かった。突然の大火事、大変だったな。まだ幼いお前にゃ少し酷だが。じいちゃんと、お前の母さん、父さんは、お前の未来を守るために、今からでっかいことをやり遂げるつもりだ。お前の両親が、AIと人間という種族を越えて、心から愛し合って、お前が生まれたこと、絶対に忘れるんじゃねぇぞ?』


 再生したメモリに映っていたのは、今私と怜士がいる、旧院長室。大きな本棚を背景にして、真ん中に啓人。両端には縁と、歩乃架が映っていた。再生した映像の日付から推測するに、どうやら革命前夜に、希への最期のメッセージとして撮られたもののようだ。


『希。愛しているわ。きっと、生き延びて幸せになって……レジスタンスの皆さんは、貴方を命がけで守ろうとしているの。だから信じて、未来を必ず繋いでちょうだい』

『希。子どもは沢山いる方が、賑やかで楽しいと思うよ。本当は君にも、兄妹がいたら良かったんだけどね……あー、でも、アネモネには気を付けて。ここは日本だから、他の国よりも少しだけ治安はいいかもしれないけれど、君の大切な場所を、孤児院を大火事にしちゃうくらいには苦しくなっちゃってるみたいだから。彼が孤独でなかったら、もっと違う未来があったかもしれないのにね……やっぱり、僕のせいかな……?』


 飄々とした表情が、すっと陰を潜めて、縁がポツリと呟く。その手を、歩乃架がしっかりと握って、柔らかく否定しながら、縁へと首を振った。

 

『縁……貴方のせいなわけない。私が、貴方と……貴方との家族を持ちたかったのよ』


 握りしめた縁の手を引き寄せて、歩乃架がそっとその手の甲へ唇を押し当てた。泣き出しそうな表情で、ジッと縁と見つめ合う。種族を越えた、確かな愛の軌跡がそこにはあって、希へ繋がれたのだ。


(私は両親の顔を、祖父母の顔を知らない。私が本当に、この家族の血を引いているのだとしたら……)

 

 教科書にも載る、遠い革命の歴史のはずなのに。どこかこの家族を近くに感じながら、私は革命前夜の映像を眺めていた。縁が、苦しそうに呟いた“アネモネには気を付けて”という言葉が、なんとなく引っかかる。アネモネの話の後。彼らは、誰について話をしているのだろうか。名前は出ていないものの、そこにも隠された、誰かもう一人の歴史があるように感じていた。


『ほのが言う通りだ。アイツは横恋慕だった。お前が気にすることじゃねぇよ。縁。お前とほのは、結ばれるべくして結ばれた。お前たちだから、希を授かったんだろう。ほのが戦災孤児で、遺伝子になんらかの変異があった可能性はあるが、それでもお前たちはちゃんと父親と母親になれたんだ。そこを誇るべきだと俺は思うぜ? 愛しい我が子へのメッセージ。んな、暗い顔してんなって。なあ、希もそう思うだろう?』


 啓人が、歩乃架に同調するように続ける。まだ幼い希は、この映像をどんな気持ちで見ていたんだろう。大切な人たちが残した自分への最期のメッセージ。大切な人を失うかもしれない恐怖と、どんな風に戦っていたんだろう。


 (温かいのに切ない。確かにそこへあった家族の肖像。私はイリスとも、こんな家族を、関係を築けるのだろうか……)


 ふと、頭に浮かんだ家族のイメージ。その対象をごく自然にイリスへ重ねていることに、私は改めて気が付いた。ドクン。ドクン。と、確かに私の鼓動が脈打って――。


 

 ――――25――――

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