ルーツの探訪
希と名乗っていた藤色の瞳で黒髪の青年。彼が指す啓人おじいちゃんは、きっとこの映像の渡貴所長のことだろう。そして、希が言っていた、血族にしか開示されないホログラム。
何故か政府機密扱いの、孤児であるはずの私の家系図。結城家の人物が繋がると、私は1つの可能性に気が付いた。怜士との思い出に出てきた、噂話を思い出した。
『あら? また火事? やっぱり紫色は駄目なんじゃない? ほら、誰だったかしら? 随分昔だけど、ここが大火事になった時さ、紫色の男の子が居たらしいじゃない?』
『ああ! 確かノゾムくんだったかしら? おばあちゃんがそんな事を昔言っていたわ……』
「藤色の瞳は、のぞみ園に二人いた。私と、随分昔にいた希さん。もしかして……? 怜士。私。AIの血を引いているかもしれない」
「はっ? お前の中にAIの血? 人間とAI種の繁殖は政府記録では、今まで一度も成功例はないはずだぞ?」
確かに、公式な政府記録の中に、その記述が一切ないのは、私も知っている。けれど――。
「ううん。違うの。この映像の子ども。AIの縁と、人間の歩乃架さんの息子の希さん。彼が奇跡の一例目なんだよ! 希さんが言ってたもん」
「希って、この子どもか? もうこの世にはいないだろう? どうして未来が知ってるんだよ」
私はイリスと最後にしたデートでの話をした。夏祭りのホログラムや、AI幼稚園のモザイクタイル。怜士の家系図では、啓人さんの再婚相手が、本当は縁のパートナーだった歩乃架さんだということ。そして、希さんが、怜士の家系図から消された子どもの可能性を怜士へ伝える。
「確かに……未来の話から推測すると、希は記録から消され、隠されている可能性が高い。歩乃架は、存在自体は残っているが、曖昧にされている気がするな。それに……」
私の話を聞いた後、怜士が顎に手を当てて思案する。一度だけ言葉を区切って、少しだけ苦しそうに息を吐き出した。私へと視線を戻した怜士が、口を開く。
「最期に縁が言っていた。俺の高祖父の啓人は、縁の親友で、仲人で、家族だったと。この映像の人物の名前も全て出ていた。縁は彼らを、心から愛して、尊敬していたんだと思う。息子に会えなかったこと、家族を革命に巻き込んだことを、ひどく後悔しているようだった……俺にはアイツが、AIには見えなかったんだ……俺の親族も嘘つきで、それに縛られていたんだな。俺も……今更気が付いても、もう遅いというのに……」
お父さんの。縁の最期の言葉を知っているということは、怜士が執行人だったのだろうと気が付いた。きっと自分の意思ではなく、政府からの伝令でもあったのだろう。私は唇を引き結ぶ。けれど私は、複雑な心境を飲み込んだ。今は、私の中の可能性を確信に変えたい思いの方が強かった。
「怜士。私とのぞみ園に来て。政府端末では分からない真実が、そこにあるような気がする。一緒に調べて。私に悪いと思ってるなら!」
卑怯な言い方をした。それでも、私は怜士も、啓人さんと、縁の真実を知る必要があると思った。
のぞみ園に、怜士が運転する車で向かいながら、私はふと、疑問に思っていたことを怜士へ尋ねる。
「そういえば私。謹慎処分でのぞみ園に戻されていたのに、どうして中立都市の部屋で寝てたの?」
「俺が聞いた話によると、壱華教授の進言らしい。懸念は払われた。優秀な候補生には再度きちんと学ばせるべきだ。ということらしい」
「壱華教授? 『AIの管理と人間社会』の講義の? 私、あの先生ちょっと苦手。穏やかに笑ってるけど、何を考えてるか分からないんだもん」
「優秀な教授なんだぞ。俺は尊敬してる」
そんな会話を怜士としながら、私たちはのぞみ園へと戻って来た。院長先生に、私の記録を見たいと話を通して。火事で焼失した記録が多いものの、昔の記録が少しだけは残っているかもしれないと教えて貰った倉庫へと向かった。
子供のおもちゃや家具、書類の束や本。何が入っているのかもう分からない段ボール箱が無造作に積まれた薄暗い倉庫。院長先生に借りた鍵で、重たい扉を開くと埃とカビ臭さ、そして、焦げているような臭いもほんのりする。
「未来……これ、無理じゃないか? どれ位放置されてる?」
「分からないよ。孤児院は子どもの数に対して、いつも人手不足だし。上の子が下の子を見るのが当然なんだもん。片付けに手は回らないと思う。多分」
倉庫を見上げて、怜士が呆れたように溜息を吐く。怜士の問い掛けに、私は微苦笑を浮かべた。
「とにかく、火事があったってのは分かってるから、焦げ跡が残ってそうなのから見てみようよ! ほら! これとか!」
「馬鹿っ! 危ないっ!」
私が手近にあった、端の焦げている段ボールを引っ張り出すと、怜士が私を強く引いて抱き寄せた。
無造作に倉庫に積まれていた荷物のバランスが崩れて、私の上に降って来たのを、怜士が庇ってくれたのだ。幸い、重さのある荷物は落ちて来ず、私と怜士の距離が近付き、見つめ合うような形になってしまった。
私へ覆いかぶさるような体勢になってしまった怜士が、ふいっと視線を逸らし、慌てたように私から身を引く。
「未来、気を付けろ。無造作に積んであるんだから、バランスを見て取り出せ。危ないだろう」
その頬がほんの僅かに染まっていて、私は申し訳ない気持ちと同時に、相変わらずの怜士の態度に、ずっと張りつめて緊張していた心が解されていく気がした。
「怜士が怜士のままで安心した……ごめんね。ありがとう」
「……当たり前だろう。俺は俺だ。俺以外になれるか……どんなことがあってもな」
短いやりとり。けど、その中に残る、私と怜士の昔のままの関係の片鱗が、私を暗闇の淵から引き上げ続けてくれていた。端末の明かりで、落ちて来た記録を確認する。
歴史のある孤児院だからか、革命以前から、革命後。現代までの記録がない交ぜになってしまっている。その資料の多さから、目的に繋がりそうな突出した記録を見つけられない。
埃っぽさに、むせ返りそうになって、ふと、顔を上げる。怜士が、紙束を持って難しい顔をしていた。
「どうしたの怜士。何か見つけた?」
「いや、この孤児院の設立記録なんだけどな。違和感があるんだ」
「どこに?」
私は、怜士が差し出すその記録を覗き込む。
「この孤児院は革命以前に、野戦病院だった古い教会の施設を改築して、結城 縁と歩乃架夫婦が設立してる。出資者の名前には、俺の高祖父、渡貴 啓人の名前もある」
「うん。そうみたいだね。どこが気になるの?」
「孤児院の政府の査察官に、壱華教授の名前がある。あの人、どう見ても30代前半だろう。この時代にいるの不自然じゃないか?」
「本当だ。同姓同名?」
「いや、壱華なんて苗字珍しいから、早々被らないだろう」
「確かに……革命以前ってなると、100年以上前だよね。教授、本当は何歳なの?」
記録用紙はボロボロで、インクも擦れていて、なんとか読めるという状態だった。私と怜士は首を傾げる。スマート端末で写真を撮って、私たちは再度、床に散らばる資料を確認し始めた。
「希さんの記録も、私の記録も無いよぉ~。こんなに探してるのに……」
「記録が交ざり過ぎていて、年代別に仕分けして纏めるだけでも、骨が折れるな。この調子だと、朝まで寮に戻れないんじゃないか……」
あまりの資料の多さ。まるで宝探しみたいだけど、これはさすがに度が過ぎている。弱音が口をついて、私は棚にもたれ掛かる。怜士も一旦休憩とばかりに、私と肩を並べて上を見上げた。
天井の蛍光灯がチカチカと頼りなく揺れる。荷物が重なり過ぎていて、蛍光灯の光は、床までほんの僅かにしか届いてこなかった。
「だが、見つからない。そのこと自体が答えなんだよ」
「どういうこと?」
「お前とその血縁の記録は、候補生に配布されている個人端末でも機密扱いだ。何か大きな力が働いていると思わないか?」
「私とその血縁は隠されてる……知られてはまずい何かがあるってこと?」
怜士は考え込むように顎に手を当て、静かに呟いた。
「イリスの花だな……」
「イリスの花?」
「革命後に、AIと人間の共存の象徴として制定された中立都市のシンボル花だ。AIの研究員と人間の研究員が共同開発した、AIと人間の明るい未来を示す花。表向きは共存の象徴だが、あの花が同種同士でしか繁殖できないのはお前も知っているだろう。未来?」
イリス。その名前に、私の胸の奥に燻る痛みが鋭くなった。今もちゃんと私の中に残る、あの淡い水色――温度と声が。触れてくれた唇が、私の中に熱を呼び覚ます。私は、胸元に手を当て、怜士へと向き直る。
――――24――――




