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【完結】イリスの咲く場所ーAIと少女が未来を選ぶ物語ー  作者: いろは えふ
第2章

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予感

 ここは屋内にある神社で、天井の空がホログラム仕様なので混乱してしまいそうだが、私が時計を確認すると、まだ時計は17時を過ぎたところだった。私がイリスに確認すると、イリスは、少し考えて呟いた。


「やっぱり未来は、子どもが好きなんだな? ……ここの近くの施設に心当たりがある。そこなら20時過ぎには戻れると思う」

「うん。好き。のぞみちゃん可愛かったね。ちゃんと家族の元に帰れて良かった。イリス。子どもは嫌い?」

「……まだ分からない。が、多分嫌いではないと思う。母親と再会したのぞみは、嬉しそうにしていた。帰る場所があるのはいいことだと思った」


 今までのイリスなら、分からない時は分からないと、答えるだけだった。イリスの語彙の変化に、私は瞬いて、そして、その返事に嬉しくなる。


「もしかしたら家族って、その人の元へ帰りたいって思って。帰ったら“その人”が出迎えてくれる。そこに自分だけの居場所があって、それを受け入れてくれるような。そんな関係のことなのかもね」

「……帰りたい居場所。そうだな。そうかもしれない」


 私を見つめて、柔らかく表情を崩した彼が、納得したように頷いて、私へ甘い視線を向ける。私の胸に、その言動がじんわりと深く沁み込んでいく。


 イリスが連れて来てくれた場所は、人間居住区とAI居住区の境界線だった。手慣れた様子で塀を上ったイリスが、私を引っ張り上げてくれた。


 監視カメラを心配したが、この境界線の人間側はAI側の監視カメラからは死角になっているらしい。


「境界線。初めてこんなとこ上った。いつも見上げるだけだったのに。どうしてイリスがこの場所を知っているの?」

「……ここを使って、よく授業を抜け出していた。あの、温室へも近道なんだ」


 気まずそうに、視線を泳がせて、イリスが微苦笑を浮かべた。


「それより今はこっちだ。未来。こっちへ来い。見えるか?」


 イリスが私の手を引いて、少しの距離、塀の上を歩いた。カラフルな屋根に、可愛らしいフェンス。


 壁に大きなモザイクタイルの絵画が作られていて、藤色の瞳を持つ、黒髪の女神が描いてある。その隅には、“KONOHA YUUKI”と、小さくローマ字が表記してある。


 園庭や屋内で、小さな子どもたちが遊んでいる。その子どもたちの瞳の虹彩がはっきりしていて、ここがAI居住区の幼稚園のような施設なのだと分かった。


「うわあ……小さくて可愛い。AIの子ども。初めて見たかも」

「俺も昔ここに居た。他のAIよりも不器用で、よく先生に怒らていた」


 彼が、ポツリと漏らす子ども時代の話。私はひどく興味を惹かれて、彼へと顔を近付ける。


「イリスが!? ここに居たの? どんな子だった? 写真とかはある?」


 浮かんだ疑問を矢継ぎ早に投げ掛けてしまって、イリスが、驚いたように瞬いて、笑み声を零した。


「そんなに興味を持つとは思わなかった。知りたいのか。俺のこと?」

「もちろん! 好きな人のことはなんでも知りたいっ!」

「好きな……人?」

「うんっ!」


 イリスが少し戸惑って、頬をそめながら、そして微笑んだ。


「それならば、俺の好きと、お前の好きは一緒だな。俺も、未来のことはなんでも知りたい」

「い、イリスが話してくれるなら、私も話すよ。イリスはどんな子だったの?」

「俺は……政府の実験体AIの男女から生まれた。生まれてすぐに調整を受けて、政府からモニタリングを受けながらここに通っていた。他のAIのように親といえるような存在は居なくて、ずっと馴染めてなかった。はみだし者だ」


 照れに胸を覆われながらも、初めて聞く彼の幼少期の話に、私は息を飲んで、彼の言葉に耳を傾ける。


「でもそれは、寂しくなかったの? 他のAIの子どもたちは、ちゃんとお父さんとお母さんが居たんでしょう?」

「……寂しくはなかった。俺にとっては当たり前だった。でも今は……未来と離れると寂しいと思う」


 彼の素直な言葉。返す言葉に詰まって、私は視線を幼稚園へと落とす。やんちゃな子どもがモザイク絵画の壁を叩いて、ローマ字表記部分が崩れ落ちた。


 落ちたアルファベットは、HとN。KとA。それと、Oが2つ。“HONOKA”と読むことが出来た。


(ホノカ? ユウキ?)


 なんとなく、そんな単語が頭へと残った。お迎えの時間なのだろうか。AIの夫婦らしき男女型が、手を繋いで園の門を潜る。


 女性のお腹がふくよかで、妊娠しているのが分かる。男女は間に子どもを挟んで手を繋ぎ、仲良く帰って行く。


 無言でその様子を見つめていたイリスが、ふと私へと視線を戻して尋ねた。


「未来。子どもが生まれる仕組みは知っている。だが……どうして、人は“そこ”へ至る?」


 突然彼から投げ掛けられた疑問。私は瞬時に頭の中が沸騰するような錯覚を覚えた。


 けれど、イリスの表情があまりにも真剣で、私はきちんと答えるべきだと思った。彼の疑問にきちんと答えを差し出せるように、考えながら言葉を選ぶ。


「きっと、命を繋ぎたいって思えるほど、誰かを大事に思うから……だと思う」


 私を見つめたままのイリスが、一瞬黙って、私の腹部へとそっと触れた。そして――。


「……そうか。それなら……俺の中にあるこの感情も、きっと“正しい”んだな」


 その意味を考えて、思考と時間が止まる。賑やかな園の子どもたちの声が遠くなって、その空間に二人だけで切り取られてしまったような、そんな感覚に包まれた。


 予感――そんな言葉が頭を過って、私はその心地いい衝撃を、ゆっくりと心の中へ受け入れた。


「そんな未来(みらい)が。きっと来るといいな。ねえ。イリス。私と、逃げない?」

「……今は出来ない。未来(みく)。そろそろ時間だ。花火を見よう」


 やっと言えた言葉。泣きそうな表情で彼が笑って、彼はもう一度私の手を引いて歩き出した。


 甘いのに痛くて、苦しくて。私はどうしていいのか分からなくなる。途中で、古びたプラネタリウムに立ち寄って、名付けた温室の新月の夜のような満天の星空を楽しんだ。


 迷子の親子から貰ったチケットを使って、私たちは観覧車へと乗り込んだ。受け入れて貰えなかった言葉。その残酷なほどに甘い沈黙を乗せて、観覧車はゆっくりと上昇していく。


 二人で向かい合わせに座って、人間居住区の夜景を見つめる。ぎらぎらと眩い光を空へ伸ばす中立都市やAI居住区。比例して、人間居住区は生活の灯り。そんな気がした。


 頂点に観覧車が差し掛かる前に、打ち上げ花火が上がる。観覧車の窓から見る花火は力強くて、美しくて、不安をかき消してくれるような破裂音を放つ。


「綺麗……本当に特等席だね!」


 務めて明るく振舞おうとする私の心を見透かすように、イリスは花火から私へと視線を移す。目を合わせると泣き出してしまいそうで、私は気付かないフリをしたまま、花火を見つめていた――。


 ――花火の光に照らされた、未来の横顔が綺麗だと思った。『綺麗……』と笑っているのに、眉間には皺が寄っている。唇を引き結び、何かを堪えているような、我慢をしているような。そんな、未来の表情を晴らしたくて、俺は身を乗り出す。未来の耳元に唇を近付けて、伝えたいと思った言葉を口にした。

 

 「未来……お前を、大切にしたいと思う。俺は……俺が、帰る場所が未来ならいいと思う」

 

 静かな切り離された空間が、俺が立ち上がったことでギシッと小さく音を立てて、情動が煽られるような、そんな感覚に捉まった。俺の言葉が引き金になったように溢れ出す未来の涙。俺は指を伸ばそうとして握り込み、そのまま唇で掬い取って拭った。


「このタイミングでそんなこと……ずるいよ。イリス」


 未来の言葉で、俺が未来にそんな表情をさせていることに気が付いた。少し赤い未来の表情。『命を繋ぎたいって思えるほど、誰かを大事に思うから』さっきの未来との会話が頭を過った。頭の中の警告。今ではないと思いながら、それでも俺は、未来に触れたいと。触れることを選択してしまった。


「泣くな……未来。大丈夫だから。また言う。契約する」

「それは契約じゃなくて……“約束”って、言うんだよ?」


 俺は、未来の耳元へと唇を押し付ける。未来から香る、甘い香りに引き寄せられるまま、”約束”を形にしたい衝動へ駆られた。これは、俺の中に起こったエラーでは処理が出来ない。俺自身の感情だと気が付いた瞬間。俺は軽く、未来の耳朶に歯を立てた。

 


 ――――19――――

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