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【完結】イリスの咲く場所ーAIと少女が未来を選ぶ物語ー  作者: いろは えふ
第2章

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金魚と迷子

「ほら、サービスだ。これも、それも、なんなら隣の屋台のも持ってけ!」


 私とイリスの腕の中に食べ物のパックが次々と積み上がっていく。


「こ、こんなに貰えませんっ! それに、こんなには食べられない、です……」


 私は慌てて首を振って、店主へと商品の山を全部押し返した。


「そうか? 残念だ。なら、こっから好きなモン2つ持っていきな。幸せになれよ? おっさんはアンタたちを応援するぞ!」

「……必ず幸せになる」

「い、イリスっ!?」

「未来。お前が選べ。どれを食べたい?」


 どきどきとパニックで未だ落ち着けない私へ、イリスが店主さんに貰った食べ物を見せる。私のお腹がまた鳴りそうになって、私は牛串とたこ焼きのパックを受け取った。


「あ、ありがとうございます……は、恥ずかしい……」

「いやあ。いいモンを見せて貰ったよ。若返った気分だったぜ。俺たちの大切な結灯祭(ゆいびさい)を楽しんでくれ」


 店主に見送られて、私たちは店主に貰った食べ物を食べ歩きしながら、祭りを回っていた。


「待って! 一人で行かないでっ!」

「金魚行くの~~!」


 母親らしき甲高い声が聞こえたと同時に、私たちの目の前を、小さな女の子が駆け抜けて行く。思わず驚いて後退った私をイリスが支えてくれた。母親らしき女性は私たちへ一礼して、慌てて少女を追い掛けて行った。


「未来、大丈夫か?」

「うん。ありがとう」


 石碑前の階段にずっと座っているおばあさんは、その場から動くことはなく、ただ幸せそうに、親子とお祭りを見守り続けている。


「さっき、あの少女が言っていた金魚とは、どれのことだ?」

「金魚すくい? えっと、あの屋台だね」


 私が指を指した先には金魚すくいの屋台。近付くと、白いとろ舟の中に、ホログラムの金魚と、本物の金魚が混泳していた。金魚の泳ぐ背景が、数分おきに川底や海底、花畑や砂漠に変化するのが面白い。


「いらっしゃい。何回だい?」

「えっと、1回で」

「はいよ」


 私は代金を払い、お椀とポイを受け取った。私の隣にしゃがみ込んだイリスが、私の金魚すくいを、興味津々で見つめている。


 イリスの視線にちょっとだけ緊張してしまう。逃げ回る金魚をポイで追い掛けると、あっさりと私のポイは破れてしまった。


「あ~! 破れちゃった……」

「俺も、してみてもいいか?」

「え? うん。おじさん。もう1回お願いします」

「はいよっ!」


 受け取ったポイをイリスへ渡すと、イリスはとろ舟の中の金魚とポイを交互に眺める。


「……ホログラムの中に本物が数十匹。動きは不規則に見えて、一定の箇所で向きを変えている。ここだ」


 遊びなのに真剣な表情のイリスが可愛くて、その横顔に思わず頬が緩む。


 鮮やかな手際であっという間に数十匹の金魚を掬ってしまい、周囲の視線と、ポカンとした金魚屋台のおじさんの表情。


「流石に全部の金魚を持ってかれたんじゃ商売上がったりだ。この中から二匹選んでくれ」


 金魚を選んだイリスが私に袋を手渡して来る。


「私に?」

「未来が残念そうにしていたから」

「ありがと。イリス」

 

 私が受け取ると、イリスが満足そうに微笑んだ。その後も、時々感情バグ(?)を起こすイリスと共に、久しぶりの夏祭りを楽しんだ。


 かき氷屋台の練乳掛け放題で、イリスが私のかき氷の練乳をかけ過ぎてしまったり、射的屋台の景品を全部撃ち抜いてゲットしてしまったり、流石に多過ぎて返したけれど。


 小さな子ども用の指輪だけは、夏祭りデートの記念としてペアで貰うことにした。


「可愛い。子ども用だから小さくて入らないけど、今日は小指に付けておこうかな?」

「未来が付けるなら、俺も付ける。今日の記念だな?」

「うん!」


 このデート中、私はもしかしたら、数年分は笑ったかもしれない。二人の小指に付けられた子ども用のペア指輪を、どこか擽ったい気持ちで見つめる。彼が隣に居て、一緒の景色を見て、一緒の遊びを楽しんで、笑い合う。そんなささいな非日常の風景が、愛おしくて、嬉しくて。


 けれど、同時に湧き上がって来る不安と心細さ。本当に彼は収容施設へ戻ってしまうのだろうか?


「ねえ、イリス……本当に……」


 言いかけた言葉を飲み込ませたのは、人混みの中に蹲る。小さな女の子だった。


 泣き疲れたようにしゃくりあげて、肩を震わせ、浴衣の袖はぐしょぐしょで、小さな足のサンダルは泥まみれだった。私は少女へ駆け寄って、しゃがんで声を掛けた。


「どうしたの? お母さんとはぐれちゃった?」


 私の声に顔を上げた女の子は、こくりと頷いて、私が差し出した手を取る。不安そうなその顔が辛くて、私は後から来たイリスへと声を掛ける。


「この子。お母さんとはぐれちゃったみたい。イリスも一緒に探してくれる?」

「さっきの少女だな。母親の特徴は憶えている。けど、この人混みで見つけるのは非効率的……」

「のんちゃん。ママに……会えない、の? う、うっ……うわぁぁぁぁんっ!」

「あ、いや、そうじゃなくて……会えないわけでは……会うのが難しいかもしれない、と……」


 少女の泣き声は益々大きくなり、イリスの戸惑ったような表情が、何かを探すように揺れる。私の持っている金魚の袋へ目を留めたイリスが、私へ向き直り、問い掛ける。


「未来。すまない。いいか? また取るから……」

「うん。いいよ。大丈夫。イリスとの思い出と一緒にちゃんと憶えておくから」


 イリスの意図を理解して、私は持っていた金魚の袋をイリスへと返す。イリスが受け取って、少女の前へと差し出した。


「お前は、金魚が好きなんだろう? 俺と未来と、金魚と、お前の母親を探そう?」


 目を見開いて金魚を見た少女が、両手で受け取って、笑顔になった。


「うん! 探す!」


 少女の言葉に、ホッとしたように肩の力を抜くイリスが、なんだか可愛かった。


 イリスの優しさに、私も笑顔になる。見つめ合った私たちは、少女の片方の手をそれぞれで繋いだ。少女を真ん中にして、母親を探す。


「おにーちゃんとおねーちゃんは、婚約者なの?」

「まだだな。けど、なる予定だ」

「そうなの? 王子様とお姫様? えへへ。お似合いで素敵だね!」


 私たちを見上げて問い掛ける少女の視線には期待が宿っていて、なんと答えていいか分からない私とは違い、イリスは、はっきりと答える。


 小さな女の子を真ん中に、両方の手を繋いで歩くシルエットが、境内の石畳へと映っていた。親子のようなそのシルエットに、私は瞬いて、一度目を閉じ、微笑んだ。


 少し歩くと、青ざめた女性が、祭り客へと次々に声を掛けている。間違いなくこの少女の母親だろう。


 気付いた少女の表情はぱっと明るくなり、女性の元へと走って行った。私は追い掛けるように手を伸ばして。


「ママっ!」

「のぞみっ! どこ行ってたのっ! 一人じゃ危ないっていつも言ってるでしょっ! ……無事で、良かった」


 心配が過ぎて声を荒らげる女性。けれど、次の瞬間には、泣き出しそうな笑顔で、少女を抱きしめていた。


「ママ。ごめんなさいっ! おにーちゃんと、おねーちゃんが連れて来てくれて……それで……う、うわぁぁぁぁんっ!」


 少女を抱き上げた女性が、少女の持つ金魚に気付いて、私たちへ近付いて来た。

 

「お騒がせしてすみません。本当に……本当にありがとうございました。何かお礼を……」

「いえ。無事で良かったです。のぞみちゃんって言うんですね。ママに会えて良かったね?」

「ぐすっ……うん。のんちゃん良かったの……おねーちゃん。おにーちゃん、ありがとう」

「そうだわ。よければこのチケットをどうぞ。この境内の上に小さな観覧車があるんです。20時半にはこの天井が開いて花火が見えるんですけど、花火の時間は特等席になるんですよ」


 母親が取りだした観覧車のペアチケットを、少女が受け取って、私達へ差し出して来る。私は微笑んで受け取った。イリスも私の真似をして、親子へ頭をぺこりと下げた。


 「ありがとうございます。のぞみちゃんもありがとう」


 親子と別れたあと、浴衣のレンタル時間が終わったので、私は社務所へ戻り元の恰好へ戻った。イリスがまた少し残念そうにしていたが、また今度ねと窘めて微笑む。


「はあ。楽しかった。久しぶりに夏祭り来たなあ。もうお腹も一杯になっちゃったし。でも、花火まではまだ時間があるね? どうしようか?」



 ――――18――――

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