革命家AIと新型AI
その笑顔が少しだけ未来に似ている気がして、俺は警戒するどころか、自然と縁へ話し掛けていた。
「革命家AIの噂は知っている。政府にとって黒歴史だと教えられたが」
「あはは。手厳しいなあ。こうみえても僕、一例目の成功例っていう、ものすっごく貴重なサンプルAIなんだよ~?」
「一例目の成功例? どういう意味だ?」
「ふふっ。聞きたい? 聞きたいよね?」
会話相手に飢えていたのか、ぐいぐいと距離を詰めて来るAIに、俺は思わず後退る。
「なんと僕は、家族持ちだったんだよ。人間の奥さんと、可愛い息子。娘がいた時期もあったんだよ……」
「人間と? 成功例は無いと伝わっている」
「あれ? 今、何年かな? 長くここに居過ぎて、もう年代や日付の感覚を忘れちゃたんだよねぇ~」
「今は、22XX年の初夏を過ぎた辺りだ。お前は……縁は、いつからここに居るんだ?」
俺の問い掛けに、縁は嬉しそうに微笑んで、言葉を続ける。
「……君はちゃんと名前を呼んでくれるんだね? 君は僕と同じ香りがするよ。名前を。個を大切に出来る子なんだね。いつから居るかは忘れちゃった。けど、仮釈放期間中の娘との日々はとても楽しかったよ。そのまま逃げ出してしまいたい程に……君は、最後に会いたい人はいる?」
「最後に?」
「うん。僕は”自分”を生きたつもりだった。けど、政府からすれば戦犯だったらしくてね。記憶消去措置と廃棄が決定してるんだ。期日はまだ明かされてないんだけど、死刑宣告みたいでどきどきしちゃうよね? ……ここに居るってことは、君も似たようなものなのかなって勝手に親近感を抱いてしまってね。迷惑だったかい?」
悲し気に微笑む縁。弱っている風なのに、しっかりと立とうとしている様が未来と重なる。俺は思わず呟いていた。
「縁は……俺の知り合いに似ている」
「……そう? もしかして君の想い人かい?」
「どうしてそう思う?」
「ふふっ。君の表情がとても柔らかかったから」
「想い人……そう、かもしれない。俺が最後に会うとしたら、未来に会いたい」
俺が名前を口にした瞬間、縁の表情が驚いたように瞬いて、そして、心底安堵したように柔らかく息を吐き出した。
「ふふっ……そうか……未来……元気にしてるんだね。今僕は、ひどく安心したよ。突然一人ぼっちにしちゃったから、泣いていないか心配だったんだ」
「縁が、最後に会いたいのも、未来か?」
「そうだね……僕の血の繋がった家族と、大切なパートナー。愛すべき親友はもうこの世界には居ないから……」
語尾から、縁の飄々とした色が消えて、縁は何か言葉を飲み込んだ。その言葉を口にすることを恐れているのかもしれない。
「だったら、俺が連れて来る。未来は縁を思い出す時、いつも泣きそうな顔をしているんだ。泣いている時もあった。未来は縁を恋しがってる、と思う。縁。ここを出る方法はあるか?」
「それはちょっと危険だと思うよ? 君の罪がなんなのか僕は知らないんだけど、より重い罰が下るかもしれないし」
「大丈夫だ。俺は、縁と同じ。記憶消去措置と廃棄の対象だ。罪名は政府規定の重度違反。人間と深く関わり過ぎたから、らしい」
「……それだけ? 君の措置、重すぎるよ。今までならば、関わった相手の記憶だけをAI側から消して、AIとその相手とも再教育位が妥当だと思うんだけど……? 君に関すること、なんだか隠したいみたいな気配がするね」
「そうなのか? 規定は読んでいるし、俺のデータの中にもある。だが、詳細な内容までは何も分からない」
顎に手を添えて考え込んだ縁は、しばらく目を閉じて顔を上げた。その瞳に、悪戯を思い付いた子供のような色が宿っている。
「よし。決めた。君も、僕も同じなら、それ以上に重い刑罰は今のところ政府の規定の中には存在しない。だったら最後に、ロミオとジュリエットを再会させてあげるのも面白いかもしれない」
「ロミオとジュリエット? 悲恋ものだったと思うが?」
「読んだことある? けど、君たちは今を生きてる。エンディングなんて何回でも書き直せるんだよ。生きてさえいれば、ね。ちょっと僕、君と未来に期待しちゃったから手伝ってあげるよ。実は僕、元は偵察用の戦闘AIだったから、抜け道を探すの得意なんだよ」
いつもの飄々とした調子に戻った縁が、俺を視線で引き寄せて、密談を交わすように微笑んだ。
「明日ね、もう一度僕の調書の聞き取りがあって、この部屋を出られるタイミングがあるんだ。聞かれることはいつも同じで、飽き飽きしてたとこなんだよね。だから明日、僕が調書へ出向く時に、あっちでちょっと騒ぎを起こしてあげるよ。その隙に、僕の部屋においで。ベッドの下に隠し通路が作ってある。もう随分使ってないけど、外界と繋がる反対側の建物までは行けるはずだよ?」
「けど、俺の部屋からどうやって?」
「見てたでしょ? さっき」
縁は人差し指を立てて、秘密のポーズを取る。その指先で、縁が覗く窓の輪郭をなぞる仕草を見せる。
高熱で溶かされたように、窓の周りが溶けて、先ほどよりもひと回り穴のサイズが大きくなった。
「これ……いつでもここから出られるんじゃないのか? どうして年代や日付が分からなくなるほど長い間ここに居る?」
「……強いて言えば親友への罪滅ぼし、かな? 最期まで僕と家族を守ってくれていたのに、僕は応えられなかった……それどころか失くしてしまって……あの穏やかな日々は、僕の世界には戻って来ないから、もういいかなって?」
「お前は。縁は、本当にそれでいいのか? 今のお前は、未来が言っていた。恋しがっていた”お父さん”には見えない。未来に、会いたくないのか?」
俺の言葉に、縁の飄々とした雰囲気が一瞬だけ陰を潜めた。
「会いたいよ……けど、君が言うようにがっかりされたら立ち直れないかもしれないし?」
語尾を飄々とした言葉で包んで冗談めかしているようで、本音が滲んでいるようにも見える。
「縁の作戦に乗る……俺が必ず未来と会わせる。だから、未来の”お父さん”のままでいろ」
俺がそう言うと、縁は少し肩をすくめて、困ったような表情で小さく笑った。
「……君。自然に僕を”お父さん”って呼んでるけど、僕の中でちょっと複雑な気持ち分かる?」
「……分からない。いや、違うな。未来と挨拶に来る」
「ちょっ、君! やめてやめて! 全僕が泣いちゃうからっ!」
俺は思わず、声を上げて笑っていた。俺が初めて表出した、新しい感情と反応だった。異様で、人間染みていて、温かい。そんなAI。縁に触発されて――。
――俺は、収容されたP-0009Mの視察を言いつけられ、AIの収監施設を訪ねていた。物々しい警備AI達に囲まれながら、穏やかな表情を浮かべる背の高いAIが、調書室へと連行されていた。
(今アイツ……俺を見て微笑まなかったか?)
一瞬だけ目が合い、目元が穏やかに細められる。AIの口角が上がったように見えた。
(俺を知っているのか? まさか、な……)
「中央統括研究学院首席候補生。渡貴 怜士。貴様に、政府直々の辞令が届いておる。政府から認められるこんな名誉はないぞ! しっかり務めるようにな!」
俺は渡された辞令を見る。そこには、政府から史上最悪のAIとされる、EL-001R。通称革命家AIの記憶消去処理の担当者に任命された旨が記してあった。
(歴史上の政府の失敗として教科書にも登場する革命家AIが未だにこの世界に存在しているという事実にも驚いたが、どうしてその記憶消去担当者が、一介の候補生でしかない俺なのだろうか……)
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