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【完結】イリスの咲く場所ーAIと少女が未来を選ぶ物語ー  作者: いろは えふ
第2章

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不穏の足音

 カフェテラスでは、イリスが私を待っていて、彼の姿が見えた瞬間、私は思わず、彼の名前を呼びながら彼へと駆け寄った。


「イリス!」

「未来? どうした? 今日のお前は不安そうな顔をしている」


 駆け寄る私へ彼が、柔らかな視線を送って、何気なく私の頬へ触れる。私はその視線と温度に、擽ったい気持ちになってしまって、肩の力が抜けるのを感じた。


「イリス、な? そういえば先週は新月だった。さぞ、イリスの温室は綺麗だっただろう?」

「怜士? 何か怒ってる?」


 怜士は私にではなく、“イリス”という言葉に僅かに反応した彼に、温室の話を振っている。何かを探っているかのような、明らかにいつもと違う怜士の言動に、私は彼へと問い掛ける。


「どうした? P-0009M。俺はイリスの花について話をしているだけだ。何かAIのお前に心当たりでもあるのか?」

「……いや、何もない。どうしてお前は俺を敵視している?」


 怜士は私へ一度、苦し気な視線を向けて、私への答えをくれないまま、イリスへ向き直る。怜士に呼ばれた個体識別番号。今までは普通に返事をしていたイリスの反応が少しだけ遅れた。


「イリス?」

「大丈夫だ。未来。今日の怜士は機嫌が悪いみたいだから外で食べよう。午後の未来の講義にはちゃんと送る」

「怜士も一緒に……?」

「……いや、俺はいい」


 怜士と視線を交わし、強張ったイリスだったが、私が彼の名前を呼ぶと、彼の表情はふっと緩む。外で食べようと言うイリス。私は怜士も一緒にと誘ってみたが、しばらくの間を置いて断られてしまった。


 怜士を気にしながらも、私の手を引くイリスに連れられて、私と怜士との距離は少しずつ離れていった。私へと何かを言いかけて、俯く怜士の表情。泣きそうなその表情の意味が分からずに、私は戸惑う。


(怜士? どうしたの? 何か……あった?)


 浮かび上がった疑問。彼と離れていくこの距離では、私の声は言葉には乗らなかった。汗で張り付く布地の感触が冷たくて、私は唇を小さく噛んだ。


 なんとなく、怜士との距離を感じたまま、数日が過ぎてしまった。今日の外は気温が高い。日差しの下。私は公園のベンチで溜息を吐く。


「――未来? 聞いているか?」

「あ、ごめん……なんだっけ?」

「いや、大丈夫だ。またいつでも訊ける。未来。落ち込んでいるのか? 最近のお前は浮かない顔で上の空のことが多い。心配だ。俺に何か手伝えることはないか?」


 私との距離が近付き過ぎないように気を遣ってくれているのか、彼からの唐突な急接近は随分と無くなって来ていて、私とイリスは心地のいい距離感で隣にいることが増えた。


「……うん。ちょっとやっぱり寂しくて。最近怜士が私を避けている気がするんだよね」

「そうか。お前にとって怜士は、大切な存在なんだな……よしよし。大丈夫だ。お前が頑張っているのは、俺が一番知っている」


 遠慮がちに彼の手が私の頭へ伸びて来て、イリスの手が私の髪を優しく撫でる。私は驚いて、隣に座る彼を見上げる。無表情なのに、掛けてくれる言葉には温かさが滲んでいて、私は思わず笑みを零した。


「なあに? それ?」

「違ったか? お前が好きだと言っていた恋愛モノを鑑賞してみたんだが……」


 私が笑いながら尋ねると、彼は少しバツが悪そうに私の頭から手を離して、微苦笑を浮かべて肩を竦める。その頬が、極僅かに赤くなっている気がした。


「ありがとう。イリス。ほんのちょっとだけ元気出たかも? 今日は日差しが強いね。喉乾いちゃった。ちょっと飲み物買って来るね?」

「分かった。戻ったらまた話そう。俺は人間の通貨を使えないからな」


 私は頷いて、ベンチで待つイリスへと手を振った。日差しが強かったので近くではなく、少し距離のあるドーム裏の日陰の自動販売機へと向かった――。


 ――モニターだらけの警備員室。物々しいその部屋には、モニターを囲むように学院と政府関係者の重役達が、天井から下ろされたモニター越しに座っていた。全ての人物の顔は逆光で映ってはおらず、くっきりとしたシルエットだけが、異様な重苦しさを醸し出していた。部屋の中心の大きなモニターに、未来とP-0009Mの表情が映し出されている。


『P-0009Mの記憶の再分析は済んでいるんだろうな?』

 

『ええ。終了しておりますわ。再分析の結果、かつての革命家AI。EL-001Rと同じような情報の収集の仕方をしていることが分かりました』

 

『それは、我々にとって悪夢の再来になるのではないか?』

 

『そんなことが起こってたまるか! 我々の統治に影響を及ぼす事象など認められん!』


『記憶の統合処理不完全な部分が大きく影響しているようですね。国家機密を守るためにも、この対象との引き離し、記憶消去措置が妥当だと打診いたします。手を焼く生徒にもお灸を据える必要があるでしょう。彼女は候補生として落ちこぼれだ。正しく成長を促すのも我々教師人の務めですから……』


『流石、天下の名門。中央統括研究学院ちゅうおうとうかつけんきゅうがくいんの教授は優秀でいらっしゃるわね』


 1つの太めのシルエットが、暗い部屋に蹲る男の映るモニターを顎で指す。モニターに映る参加者全員が合成音声で、声から個人の判別も難しかった。


『あの政敵、EL-001Rもまだ廃棄とはなっていないのだろう? 私はP-0009Mと、EL-001Rを出会わせるべきではないと思う。初代研究所長も不在になって長い。いつまであの男の身勝手を許しておくつもりだ? もう時効だろう。私はEL-001Rの実証実験も終了するべきだと思うがね』


 その声音には、苛立ちと憎々しさが強くのっていた。徹底して何かを守ろうとする企て。そんな会議の様相を呈していた。


『御意に……では、全てのシステムへ通達を行っておきますわね。2、3日中には全てのページの更新が終わりますのでご安心ください』


 その、太めの男の映るモニターに、一斉にモニター内のシルエット達が頭を垂れる――。


 ――偶然警備室の前の廊下を通っていた俺は、ほんの僅か空いている扉から、中の様子が確認出来てしまった。


「再教育ではなく、引き離しと記憶消去措置……?」


 引き離しは分かるが、記憶消去措置は、AI種の犯罪に対する一番重い刑罰だったはずだ。


(……早いし、重すぎないか? それに初代所長は俺の高祖父。渡貴 啓人だったはずだ。何故今、俺の高祖父の話が出ていた。彼はAIのせいで不幸になったと聞いている。まさか、高祖父は革命家AIの関係者なのか?)


 モニターの収納される機械音が聞こえたあと、何もなかったかのように、警備室へは静寂が戻り、いつも通り、警備AIがモニターを眺めている後ろ姿だけがあった。


 政府の方針に軽微の違反はしていると思うが、P-0009Mは犯罪までは犯していない。警備AIの振り返る気配を感じて、俺は頭の中を整理しながら足早に廊下を通り過ぎていく――。


「イリス。お待たせ……って、あれ?」


 私が飲み物を買って戻ると、ベンチに座っていたはずのイリスの姿が、ベンチにも、公園内へも見当たらなかった。彼が何も言わずにいなくなることはこれまで一度も無かった。


「きゅ、急用だよね? 多分……イリス。どこ行っちゃったんだろう?」


 私は何か胸騒ぎを覚えて、不安を抱えたままその場に立ち尽くす。初夏は夏の盛りへと移行をし始めていた。やけに騒がしい蝉の声が、私の耳に響く――。



 ――――12――――

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