第3話『魔王軍、こんにちは〜♪』
その日、魔王軍は進軍していた。
「我らの次なる目標は、“精霊の森”だッ!」
荒野の彼方から迫りくるは、漆黒の軍団。
魔王直属の第三師団――“獄炎の槍”。
先頭に立つのは、冷酷無比な戦鬼・グラン=ベルゼット将軍。
名だたる国を焼き払った、炎の指揮官である。
だがその将軍、今は手の中の地図に震えていた。
「中央部……ここに“巨大熱源”があるというのか?」
魔法測量士たちが示したデータ。
あり得ない密度の魔力、震動、気温上昇、気流の歪み。
「……この森には、“武神”がいる可能性がある。慎重に行動しろ。」
兵たちは息を飲み、森の木々へと一歩ずつ踏み込んでいく。
――そのときだった。
「こんにちは〜♪」
草原の向こうから、ひとりの少女が現れた。
長い銀髪に清楚な白いワンピース。
スラリと伸びた手足、そして太陽のような笑顔。
そう、それは――リュミエール=グリーンリーフ。
「今日はエア空手の日なんですっ♡」
「……な、なんだあの小娘は?」
グラン将軍の額に汗が浮く。
だが、兵士たちはすでに感じていた。
「将軍……空気が、震えてます……!」
「なんだこの圧!? 森全体が……呼吸している!?」
リュミエールが、ふわりと構える。
DVDのインストラクターに倣った、お気に入りの型だ。
「いち、に、さん、はぁ〜い……八方突きっ♡」
次の瞬間――
ズバァァァァァァンッ!!!!!!
何かが割れた音がした。
空気だ。音速を超えた拳が周囲の空間を真空に変えたのだ。
風が消えた。
光が歪んだ。
草が焦げ、鳥が墜ち、兵士たちが蒸発した。
「将軍!! 前衛部隊が消滅しましたァァァッ!!」
「なにっ……!? 回避し――」
ドンッ!!!
その声も最後。
リュミエールの“ついでに出た後ろ蹴り”が、将軍の陣営を吹き飛ばした。
森の入口から草原まで、まっすぐな更地が出来上がる。
本人は、笑っていた。
「わぁ〜、ちょっと元気出しすぎちゃったかも〜♡」
……それが、魔王軍第三師団の最期だった。
後日。
エルフ族の長老会議にて、記録者はこう記す。
「エア空手の呼吸:壱の型・八方突き」
「被害:一軍団」
「理由:朝の挨拶」