第2話『1000年後、筋肉天使になってました』
――1000年後。
朝焼けの光が、森の上に差し込む。
その中で、ひとりのエルフが華麗に舞っていた。
「いちっ、にっ、さんっ、バァァァーン♡」
軽やかに、しかし全身の筋肉が爆ぜるような勢いで。
指先から足先まで、まるで芸術のような空手エクササイズが森を染める。
その名は――リュミエール=グリーンリーフ。
変わらず森に暮らすエルフの少女。
見た目は清楚。髪はサラサラ。肌はすべすべ。笑顔は天使。
……だが。
「うおおッ、また風圧で木が倒れたぞォォ!!」
森の動物たちは、リュミエールの型が始まると巣ごと移動する。
なぜなら、彼女が空中で軽く蹴るだけで風向きが変わり、雷が落ちるからである。
「よーし、今日は有酸素燃焼コースから! スタート♡」
笑顔。全開。
音楽代わりにDVD再生装置が1000年前のまま起動する。
『第8426回 KARATE BURN!〜今こそ燃やせ、惑星ごと〜』
「うふふっ、懐かしいボリューム♡」
そのとき――
ボンッ!!
突如として、彼女の足元にあった岩が崩れ落ちた。
軽く踏み込んだだけで、地中深くまで衝撃が抜けたのだ。
「ちょっと元気出ちゃった〜♪」
本人はケロリとしている。
が、森の住民たちはもう知っていた。
「リュミエール様が“ちょっと元気”の時、それは山が一つ消える合図だ……」
彼女の体は、筋繊維が常に振動している。
軽く笑うだけで筋肉が連動し、骨伝導で空気を震わせ、音速に至る。
しかも、無自覚。
彼女は今も「ちょっと引き締まったかも〜♡」と満足気だ。
森の老エルフたちは語る。
「彼女は“空手を愛しただけの乙女”。だがその型は、天災を超える。」
「我らが姫に“攻撃の意図”はない。“健康のため”に世界を壊すのだ……」
その頃、遠くの山々では、異常な気象観測データが集まり始めていた。
気流の渦、雷の頻発、気圧の激変。すべてはリュミエールの**“朝の準備運動”**だった。
しかし当の本人は――
「今日も一日、代謝が楽しみ〜♪」
太陽の下、型を決めて。
汗を光らせながら、世界を震わせているのだった。