8-③
マデリンはこっそりと用意していた使用人の服に着替えた。
(もう、私は部屋で泣いてばかりの少女ではないわ)
紐で髪を後ろに束ねる。いつも侍女にやってもらっているせいか、少し手間取ってしまった。
マデリンはロープを取り出すとベッドの柱にくくりつける。
(お父様は私のことを何もわかってない。五年間、私がただ耐え続けたと思う?)
まだ子どもだったマデリンは、自身がか弱い存在であることを理解していた。
ひとりで生きていくだけの力はない。生活能力は平民と比べたらほぼないに等しかった。
今もひとりで生きていける自信はない。
しかし、五年前のようにウジウジと部屋に閉じこもるつもりはなかった。
ロープを窓の外に垂らす。マデリンの部屋は二階。ロープは一階の窓まで伸びた。
マデリンはそのロープを使って器用に降りる。こういうとき、運動が得意でよかったと思った。
(小さいころは木登りなんてはしたないって怒られたけど……。案外役に立つじゃない)
地上に着地しながらマデリンは思う。
身体を動かすことが得意でなければ、今ごろ窓の外を眺めているだけの令嬢だった。
マデリンは幼いころからやんちゃだ。だから、この屋敷には正門以外の抜け道があることを知っている。
主人が使い、人々が出入りする正門はしっかりと整備され、門番が一晩中見張っている。しかし、他の抜け道は違う。見張りがときどき巡回する程度だ。
使用人が業者から食材などを受け取るための裏門がある。
そこは鍵の管理もずさんだ。見張りがいないことを確認して、マデリンは屋敷を抜け出した。
そして、屋敷を振り返る。
「いってきます」
寝静まる屋敷に頭を下げる。
鼓動が早い。
いつ、屋敷を抜け出したくなってもいいように、五年間たくさん準備をした。
マデリンにとって、これは命綱のようなものだ。
使えるのは一度きり。
何度も使えない手だから、本当に屋敷を抜け出したいときに使おうと決めていた。
(できれば最後まで使いたくなかったけど)
マデリンは苦笑した。
あと少しで結婚する。
そうすれば、一度も使わずにこの屋敷をでることができた。
(今のタイミングだからこそ、惜しみなく使えたとも言えるわね)
もう結婚してこの屋敷を出る。ほんの短いあいだで使うこともないだろうから。
マデリンは駆けた。
屋敷が管理する馬を一頭借りることもかんがえたが、そうなればマデリンの家出がすぐにバレてしまう。
だから、自分の足で歩くことにしたのだ。
月夜の下、マデリンは駆ける。
悪いことをしているのに、胸は弾んでいた。
***
早朝、マデリンの顔を見るなりアウルは目を見開いた。
「そんな顔しないで、できたら屋敷に招いてお茶でも出してくれると嬉しいんだけど」
マデリンは腕を組み、不遜な態度で言った。
「マデリン、今何時だと……。いや、その格好は……? いや、そんなことよりもどうやって来た?」
アウルはわかりやすく狼狽えている。
マデリンはあからさまに大きなため息をついた。
「何時かはわからないわ。一応、気をつかって太陽が昇ってからにしたのよ? この格好? 似合う? うちの使用人に貸し出している服。どうやってって、見ればわかるでしょう? 歩いて来たのよ。これで、質問は全部?」
マデリンが一気に言い切ると、アウルがまだ理解できていないといった雰囲気で頷いた。
「まだよくわからんが、とりあえず中へ」
「助かる。追い出されたらどうしようかと思ったわ」
「マデリンを? 追い出すわけないだろ」
「あとで中に入れたことを後悔するかも」
マデリンがお茶目に言うと、アウルは肩を揺らして笑った。
「本当にこんな時間にどうしたんだ? 家出か?」
「ええ、そうなの。家出してきちゃった」
「それは大それたことをしたな」
「私にもいろいろあるの」
マデリンは冗談めかした調子で言うと、肩を竦める。
アウルは目を細めて笑った。
「何があったか聞く前に、まずは風呂と着替えだな」
「悪いわね」
アウルは使用人に指示を出した。
すると、あれよあれよという間に風呂が用意され、着替えが用意されていく。
毎日通っていたおかげか、使用人たちもマデリンを好意的に受け入れてくれた。
こんな早朝の訪問だというのに。
着替えを終えたマデリンは、アウルの待つ部屋へと入った。
応接室ほど堅苦しさは感じない。窓の外には花が咲いていて、華やかな部屋だと思った。
テーブルには二人分の朝食が置かれている。
アウルは椅子に座りながら、ボーッと外を眺めていた。
まだ眠そうな横顔。アウルには少し早すぎたのだろうか。それとも昨夜は遅くまで仕事をしていたのかもしれない。
アウルはマデリンを見つけると、目を細めて笑った。




