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1-⑤

「アウル」


 思わず名前を呼ぶ。アウルは小さく笑うと、マデリンから人一人分離れて並んだ。


「婚約おめでとう」

「ありがとう」

「何も知らなかった。決まったなら教えてくれればよかったのに」

「私も知らなかったから」


 マデリンは自嘲気味に笑う。

 そう。紹介される直前まで、相手はアウルだと思っていた。そう言ったら、彼は驚くだろうか。

 いや、それを言ったところで、何も変わらない。気まずさだけが残ることになる。

 アウルへの気持ちは十五歳のマデリンの中に置いてきた。だから、それを今更見せるつもりはない。


「落ち着いたらまた狩りに行こう。祖父が思い出話をしたいと言っている」

「狩り……」

「君がいないと張り合いがなくてつまらない。それに、君が勝ち逃げなんてずるいだろう?」


 いつもの彼だ。

 まるで山の中に来たような気持ちになる。


「残念ね。私、狩りは止めたの」

「なぜ? 好きだろ?」

「もう飽きたのよ。血生臭いし、汚れるでしょう?」


 マデリンはアウルから顔を背けた。

 これ以上彼の顔を見れば、涙がこぼれ落ちそうだったからだ。

「助けて」と縋りそうだったからだ。そんな格好悪いところは見せたくない。最後までアウルの中のマデリンは強い女性でいてほしかった。

 アウルはぽつりと呟いた。


「残念だな……」

「あなたもじゅうぶん遊んだでしょう?」

「そうだな。君がいないなら、社交くらいでいいかもしれない」

「なによ。私がいたから来ていたの?」


 マデリンはからかうように言った。


「ああ、マデリンは仲のいい友達だからな」

「友達ねぇ……」

「たくさん競い合った仲だろ? 狩りをやめてもそれは続く。そうだろう?」


 友達。

 今、新しくできた二人の関係性だ。

 今までの二人は狩りだけで繋がっていた。それがなくなったとき、二人の縁は完全に途絶えたと思ったのだ。

 しかし、彼は新しい形で残そうとしてくれている。

 マデリンは小さく笑った。


「男女の友情なんてあるわけないわ」


 マデリンの口から出た言葉はとても素直ではない。

 友達でもいい。彼との繋がりがほしい。そう、願っているというのに、素直ではない口は反対の言葉を口にする。


「そんなのわからない。じゃあ、賭けよう」

「賭け?」

「そう。死ぬまで私達が友情を育めたら私の勝ちだ」

「途中でだめになったら私の勝ちね。なら勝負あったようなものじゃない」


 マデリンが一方的に友情を終わらせればいい。


「やってみるまでわからないだろ? やるか?」

「ええ、いいわ。勝ったら何をくれる?」

「君がほしいもの」

「そう。楽しみだわ」

「じゃあ、これからよろしく。マデリン」


 アウルがマデリンに右手を差し出した。

 マデリンはどう返すべきか悩んでその手をジッと見つめる。


「友達はこういうとき、手を握り返すと思うんだが」

「わかったわよ」


 マデリンは言われるがままアウルの手を握った。

 彼の手を握るのは初めてだ。

 少しあたたかい。手から全身に温もりが伝わってくるようだった。


「困ったことがあったらいつでも相談してくれ」

「突然何?」

「いや、友達ってそういうものだろ? 私も何かあれば頼らせてもらう」

「もしかして、未来の公爵夫人との繋がりをつけたかっただけなんじゃないの?」


 マデリンの口は思ってもいないことを言う。

 嬉しいと素直に言えないのか。

 しかし、アウルは怒りもせずに笑った。


「いいな。公爵夫人になったら頼むよ」

「その時まで友情が続いていたらね」


 マデリンは素っ気ない態度で言うと、バルコニーから出た。

 まだ右手に彼の感触が残っている。

 あたたかい。このあたたかさをずっと求めていたのだと思う。


「こんなところにいたのか。心配したよ」


 ルイードが笑顔の仮面をつけたままマデリンに言った。


(興ざめだわ)


 せっかくいい気分に浸っていたのに。

 すぐに彼によってだめにされた気分だ。


「さあ、ダンスを踊ろう。ファーストダンスは婚約者の特権だろう?」


 そう言ってルイードはマデリンに手を差し出す。

 マデリンは断りの文句を考えたが、残念ながらいいアイディアは出てこなかった。

 デビュタントがダンスを一回も踊らないわけにはいかない。

 マデリンはしかたなく彼の手に自分の右手を乗せた。

 あたたかかった右手が瞬時に冷えていく。


(最悪)


 心の中で悪態をつく以外に、マデリンに出来ることはなかった。


 その数日後、アウル・ルートの婚約が発表された。


 ***


 そして五年の時を経た今も、マデリンはルイードの婚約者をしている。

 マデリンは猟銃店を訪れた。


「いらっしゃいませ」


 店主はにこやかに迎えてくれる。

 この五年、マデリンは一つも購入していない迷惑な客だというのに。


「今日も試しますか?」

「ええ、試すわ。端から」


 店主は呆れ顔をしながらも、「かしこまりました」と答えてくれる。

 だから、この店が好きだ。

 マデリンは端から猟銃を構えていく。肩にずっしりと重い。

 ひとりで一丁ずつ試していると、店主が尋ねた。


「お嬢様は何をお探しで?」


 この五年、マデリンは愛馬を失った。

 祖父から譲り受けた猟銃も売られてしまった。

 足を折られ、手をもがれた。そんな状態だ。それでも唯一の抵抗として、月に一度マデリンはここに来る。

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