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1-④

「あんな男との婚約なんて絶対にいやです!」

「もう婚約は成立している! これを覆すことはできん!」

「私の結婚よ! 私なしで勝手に決めないで!」

「娘の結婚は親が決めるものだ! おまえに選択権などない! 誰か! 反省するまで部屋に閉じ込めておけ!」


 父の言葉を受けて使用人たちがマデリンを押さえる。


「いいか! こいつの狩りの道具はすべて捨てろ! 今すぐにだ!」

「いやよっ! やめて! 全部お祖父様の形見なのよ!?」

「父上だって、孫の結婚のためならこれくらいゆるしてくれる」


 父は冷たい目でマデリンを見た。

 マデリンがいくら騒いでも誰も助けてはくれず、部屋から狩りの道具は乗馬服に至るまですべて持って行かれた。


 外鍵がかけられ、マデリンは出ることは許されない。

 扉が開くのは三度の食事のみだった。

 窓から逃げることも考えたが、窓の下には二十四時間五人もの使用人を配置し、マデリンが脱走しないように監視する。

 マデリンはベッドに突っ伏した。

 食事を抜かれているわけではない。

 折檻をされるわけでもない。

 ただ、この婚約に納得するまでの謹慎。

 趣味を止めることに納得するための謹慎。


(なんで? 私はあんな男と結婚しないといけないの?)


 ルイードはいやな目をしていた。

 直感が言っている。あの男はだめだと。いいや、違う。アウルじゃなきゃだめなのだ。


(なんでアウルじゃないの……? お祖父様たちだってお似合いだって言っていたじゃない)


 今更自分の気持ちに気づいても遅い。

 この屋敷には味方がいないのだ。

 何日も何日もマデリンはただ部屋に閉じ込められた。ただそれだけ。けれど、心は疲弊していた。


(いっそのこと、家出をする? でも、私には何もないわ)


 家を出て暮らすお金がない。

 宝石類は持っていてもすぐに跡がつく。

 十五歳のマデリンに稼ぐだけの知識も能力もなかった。頼る人もいない。

 一瞬、アウルの顔が頭を過った。しかし、家の問題に巻き込めるわけがない。

 アウルはマデリンと関係がないのだ。

 婚約者でも、恋人でもない。狩りという趣味を奪われた今、唯一の繋がりも消えてしまった。

 マデリンはベッドの上で膝を抱えた。


(お祖父様、私どうすればいいの?)


 祖父はいつも「マデリンは好きなように生きなさい。そうできるように儂が頑張ろう」と言ってくれていた。しかし、その祖父ももういない。

 マデリンは無力だった。


 そして、マデリンは三十日の謹慎の末、婚約を承諾し、趣味を一つ手放したのだった。


 ***


 社交デビューの当日。彼はマデリンの隣に立った。

 アウルではない。ルイードだ。


「公爵家の婚約者らしく振る舞ってくれよ。野蛮な真似をしたらどうなるかわかるな?」

「猟銃でも振り回せばよろしいの?」


 ルイードが小さく舌打ちをする。

 婚約は了承した。しかし、だからと言って心まで捧げるつもりはない。

 トルバ侯爵家の娘としてやらなければならないことだけをこなす。そう決めたのだ。

 初恋はその存在に気づく前に終わってしまった。

 だから、あのときに生まれた心は十五歳のマデリンの中に置いてくることにしたのだ。


「野蛮な女がお嫌ならもっと上品でお淑やかな女性と、婚約すればよかったではありませんか。今なら間に合いますよ」

「淑やかな女は繊細だから公爵家の女主人は務まらない」


 ルイードはマデリンの頬をわしづかんだ。


「おとなしくしていれば、公爵夫人としての栄誉を与えてやる」


(そんなのいらないわ)


 そんなものになんの魅力があるというのだろうか。

 マデリンは小さくため息をついた。


 ルイードのエスコートで会場に入ると、多くの人から挨拶を受けた。みんな、すでにマデリンのことをルイードの妻とでも言わんばかりの口ぶりだった。


「婚約発表を聞いたときは驚きました。しかし、これほど美しい女性なら納得です」

「トルバ侯爵家のお嬢様がこれほどだとは知りませんでしたわ。お茶会にはあまり参加されていないようでしたら。よろしければ、ぜひ招待させてくださいね」


 マデリンはただほとんど笑わずに短い返事を繰り返した。

 この男の横では笑顔すら惜しい。そう、思ったのだ。

 ルイードは笑顔の仮面を張り付かせながら、紳士的に対応する。


「どうやらマデリンは初めての舞踏会で緊張しているようだ」

「しかたないわ。デビュタントはそういうものですもの」

「そうそう、私も十年前は彼女のように初々しかった」

「ルイード様だって、最初のころは緊張なさっていたでしょう?」


 みんながマデリンのことを勝手に決めていく。

 緊張している。

 人見知り。

 慣れていないだけ。

 ぜんぶ違う。つまらないからだ。つまらないから、何もしない。マデリンのことを尊重しない男の隣だから笑うつもりもない。それだけ。


「疲れたので、少し失礼します」


 マデリンはそれだけを言うと、人の輪から離れた。

 彼らも目当てはルイードだ。マデリンがいるかどうかは重要ではない。

 その証拠に誰も引き留めはしなかった。ルイードでさえも。

 マデリンはすぐにバルコニーに出た。

 誰もいない。冷たい風に吹かれると、馬に乗っていたときのことを思い出す。

 マデリンの愛馬は、部屋に閉じ込められているあいだに売られてしまった。

 もう、あの風を一緒に感じることはできないのだ。

 すると、バルコニーの扉が開く。扉の向こう側から現れた人を見て、マデリンは目を見開いた。

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