1-②
「こちらの猟銃でしたら、軽量で女性の方の負担も少ないかと思います」
「ふむ……。マデリン、どうだい?」
「確かに軽いわ。でも、軽すぎて手元が狂いそう」
マデリンは祖父のお下がりを使っている。
元々ある程度の重さには慣れていた。
「でしたら、こちらはいかがですか? 最新の猟銃です」
店主が新しい猟銃を出して来たとき、店の扉が開く。
店主が扉に目を向けたと同時に、マデリンと祖父も振り返った。
「おや、アウル君」
「トルバ侯爵。お久しぶりです」
アウルは祖父に頭を下げる。そして、顔を上げてマデリンを見た。
「なんだ、君もいたのか」
「君じゃないわ。マデリンよ。マデリン・トルバ」
「そうだった。そんな名前だった。だが、君だって私の名前なんて覚えていないだろう?」
「私はあなたみたいに鳥頭じゃないから忘れていないわよ。アウル・ルートさん」
「先にトルバ侯爵が呼んだから思い出しただけじゃないのか?」
アウルはからかうように笑った。
祖父も一緒になって笑っている。
「アウル君も猟銃を見に来たのかい?」
「はい。新しいのが入荷したという噂を耳にしまして」
「今、私が見せてもらっていたところよ。横入りしないで」
マデリンはアウルの前に立ち、行く手を阻む。
しかし彼はにやりと笑って言った。
「いいじゃないか。一緒に見よう」
マデリンの制止など気にせず、彼は猟銃にまっすぐ進んだ。マデリンも負けじと彼の隣に立つ。
彼は新作の猟銃を持って構える。その姿にマデリンの胸がわずかに跳ねた。
それがどういう感情なのかマデリンには理解ができなかった。新作の猟銃を奪われるという焦りからだろうか。
「いい猟銃ですね。だが、少し重いな」
「そんなことないと思うけど?」
マデリンはアウルから猟銃を奪う。そして、構えた。
肩と腕にずっしりとくる。
「女の君が持ったら馬の上でバランスを崩すぞ」
「やってみないとわからないわ」
「いや、やめたほうがいい」
アウルは力尽くでマデリンから猟銃を奪った。
「ちょっと!」
「絶対にだめだ。君が怪我をするのは誰も見たくない」
「私なら大丈夫よ!」
マデリンは頬を膨らませた。
しかし、祖父がマデリンのことを止める。
「アウル君が重いなら、マデリンには重すぎるんだろう。諦めなさい」
「本当に大丈夫なのに……」
祖父に言われてしまっては諦めるしかない。マデリンは祖父のおかげで狩りができているからだ。
「猟銃との出会いは運命だ。マデリン、焦ってはいけない。いつか、しっくりくる銃に出会ったら買ってあげよう」
「本当?」
「ああ、本当だとも」
祖父は深く頷いた。
アウルも祖父に同意したのかうんうんと何度も頷く。その姿はなんだか少しむかついた。
「トルバ侯爵、またうちの祖父と四人で狩りに行きませんか? うちの祖父が最近狩りの話ばかりしているんです」
「そうかそうか。なら誘わないといけないね。そろそろ身体にガタが来ているから、ほとんど座ってばかりだが」
祖父は目を細めて笑う。祖父の言うとおり、最近はほとんど猟銃に触れなくなった。
腰が痛い、足が痛いと言って。
半分以上マデリンのために付き合ってくれているのだろう。
両親はマデリンが狩りをすることを嫌う。「令嬢らしく」というのが口癖だ。
マデリンは胸が高鳴っていた。
久しぶりの狩りだ。家で猟銃を構えているだけでは、楽しくない。馬に乗って山を駆け回る。それが楽しいのだ。
***
それから幾度かの狩りを四人で楽しんだ。
祖父たちはほとんどお茶を飲みながら話し込み、狩るのはもっぱらマデリンとアウルだけだった。
「今日は私の勝ちよ」
「今回は譲ったんだ」
「本当は内心焦っているんでしょ?」
「そんなわけがない。最近勝ち続きだったから、君に譲るために手を抜いたんだ」
「それは失礼よ。本気になりなさい!」
マデリンとアウルが結果について言い合いをしていると、祖父たちはいつも目を細めて笑う。
「いやぁ。相変わらず二人は仲がいい」
「お祖父様、どこを見たら仲よく見えるのですか?」
口を開けば喧嘩ばかり。何を見ているのだろうか。
マデリンはアウルのことが嫌いだ。
いつも偉そうで、いつもマデリンの一歩先にいる。
「お似合いだと思うがねぇ」
アウルの祖父もにこにこと笑いながら言った。
「ぜんぜんお似合いじゃないわ!」
「ぜんぜんお似合いでもなんでもありませんよ」
マデリンとアウルが二人揃って言う。
「ほら、息ぴったりじゃないか」
祖父たちが声を上げて笑った。
マデリンはアウルを睨みつける。
(言葉を被せて来ないで! 仲よしだと思われちゃったじゃない)
と、いう気持ちを込めた。
すると、アウルは呆れたようにマデリンを見下ろす。
『君が被せて来たんだろう?』
そんな顔だ。
間違いなくそう書いてある。
しかし、二人で睨み合っていると、突然祖父が激しい咳をして倒れた。
「お祖父様っ!?」
「トルバ侯爵!?」
マデリンとアウルが慌てて駆け寄る。
三人は急いで祖父を医師の元へと連れて行ったが、祖父は結局帰らぬ人となった。
***
祖父の葬儀を終えて数日後、マデリンは両親に呼ばれた。
重苦しい空気の中、マデリンはスカートの裾を握り締める。
父がゆっくりと口を開く。