1-①
連載版を開始しました!
短編版を読了済みの方は2-①から読むとアウル視点から楽しめます。
マデリンの初恋は実らずに終わった。
彼――アウルと出会ったのは、マデリンが十五のとき。
祖父に連れられて狩りに参加したときのことだ。祖父の狩り仲間であるルート侯爵家の当主と、その孫であるアウルと挨拶を交わした。
鳶色の短い髪を後ろでくくった彼は、マデリンよりも頭一つ分背が高い。
垂れ気味の目元がどこか気だるげだと思った。
「女が狩りなんて珍しいな」
アウルはマデリンの全身をジロジロと見たあと、少しマデリンを小馬鹿にするように笑った。
カチンと来たのを覚えている。
「失礼な男だわ。お祖父様、本当に彼がルート侯爵家の若様なのですか?」
「マデリン、そう言ってやるな。アウル君、うちの孫はまだ若いがとても狩りがうまいんだ」
祖父は目尻に皺を寄せて笑った。
マデリンは腕を組み、アウルを睨みつける。
「へえ……。じゃあ、せっかくだから勝負しよう」
「勝負?」
「ああ。どっちが多く大物を獲ってこれるか。どうだ?」
「いいわ」
私はすぐに馬に飛び乗った。
祖父に譲り受けた猟銃と、毎日一緒に走っている愛馬。これがあれば負ける気がしなかった。
アウルも小さく笑うと馬へ飛び乗る。
祖父とルート侯爵―─アウルの祖父は二人で顔を見合わせて笑ったが、反対はしなかった。
***
二人の勝負は引き分けだった。
しかも、そっくり同じ数の獲物を仕留めてきたのだ。
兎が三匹、狐が五匹。
祖父たちは私たちの獲物を見て再び顔を見合わせて笑った。
「これは引き分けだな」
「誰が見ても引き分けだ」
二人は楽しそうに頷く。
マデリンは悔しかった。彼よりも多く獲物を仕留め、勝つつもりだったのだ。
女だというだけで馬鹿にしたアウルをぎゃふんと言わせたかった。
「君が狩りが得意なのは認める」
「男のくせに私と同じ数しか獲れなかったことを恥じればいいわ」
用意していた言葉が言えなかった代わりに、マデリンは最大限の嫌味を言った。
アウルが腹を抱えて笑う。
「ああ、そうだな。本当にそうだ。面白かった。また勝負しよう」
アウルが右手を差し出す。
この手を取るのは癪に障る。しかし、ここで突っぱねたらかっこ悪いのはすぐにわかった。
祖父たちに見守られる中、マデリンは渋々彼の手を取ったのだ。
***
帰宅後、祖父はマデリンに尋ねた。
「マデリン、アウル君はどうだ? 気に入ったか?」
「お祖父様、気に入ったように見えました?」
「だが、楽しそうにしていたではないか」
「狩りが楽しかっただけですから」
「そうかそうか」
祖父は楽しそうに笑って自室へと消えて行った。
狩りは楽しい。
祖父は私に持てるだけの狩りの技術を教えてくれた。
家族の中でマデリンが唯一狩りにはまったからだ。どちらかというとインドア派の兄はでかけることを嫌う。
両親も嗜む程度で、社交でしか参加する気はないらしい。そんな中、マデリンだけが狩りを趣味として楽しんでいた。
なんなら毎日したいくらいだ。
お気に入りの猟銃を磨き、新しい猟銃を祖父とともに見に行くこともある。
「本当にむかつく!」
「お嬢様、どうされました?」
「それがね、今日一緒に狩りに行った男が本当にひどい男だったの」
「そうなのですね。お嬢様をこんなに怒らせるなんて」
「あいつ、『女なんて~』って言うのよ」
マデリンは部屋で侍女に愚痴をこぼした。
けれど、脳裏に浮かぶのは揺れる鳶色の髪。獲物を狙う彼の紫色の瞳。
彼の猟銃を構えている姿を見たとき、「負けた」と思った。
だから、必死に狩ったのだ。負けないように、全力だった。
本当のところ、引き分けでホッとしていた。負けるのだけは嫌だったのだ。
「次は勝つわ」
「そんなひどい方と次もお会いになるのですか!?」
侍女は驚きに目を丸くする。
「だって、今日引き分けだったの。もし、次に行かなかったら『逃げた』って笑われるわ。それに、相手はお祖父様のお友達の孫だから……」
マデリンは口早に言い訳を口にした。
わかっている。祖父に「次は彼抜きがいい」と言えば、彼を来なくさせることも可能だということは。しかし、勝負をしているときは楽しかった。
わくわくした。
祖父との狩りも楽しい。色んな技術を教えてくれる。
しかし、祖父はもう高齢だから、のんびりと狩りを楽しむ傾向がある。だから、ときどき退屈だと思っていたのだ。
そんな中、アウルと出会った。
「では次は勝てるといいですね」
侍女はにこにこと笑いながら私に言った。
「ええ、次は勝つわ」
次はいつだろうか。
祖父の狩りはいつも気ままだ。一ヶ月後のこともあれば三ヶ月待たされることもある。
しかし、祖父が一緒でないと両親は狩りを許してくれないため、それを待つしかなかった。
お茶会に参加して他の令嬢たちとつまらない話をするよりも、狩りをしているときのほうが楽しい。
アウルが現われて、さらに楽しくなった。
マデリンはお風呂に入って疲れを取りながら、彼の姿を思い出していた。
***
アウルとの再会は狩りから二ヶ月後に訪れた。
それは祖父と店に新しい猟銃を見に行ったときのことだ。