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ガチャ012回目:待ちに待った食事

「よお爺、生きてるかー!」


 グレインがズカズカと武器屋に入って来ると、店主は面倒くさそうに一瞥し、再び手元の剣に目を落とした。


「……ふぅ、また昼間っから酒を飲んでいるのか。お前さんが来ると店の中が酒臭くなってかなわん」

「ははは! で、どうだその武器は」

「……元は『鉄の短剣』で間違いはない。そこになにか不思議な物質で磨き上げられたのだろう。輝いて見えるのはその物質の一部が付着してできた結果にすぎんだろうな。その輝きが武器の威力を底上げしているのは間違いないが、恐らく何度か使っている内に物質が剥がれ落ちて行き、最終的には本来の『鉄の短剣』に戻るだろうよ」

「つまり、回数制限付きの一時的な強化ということか。バフスキルの物質版のようなものか」


 普段は飲んだくれのクセに、こういう時は頭が回るグレインの理解力に、店主は口角を上げる。


「そういうことだ。それとこの物質の付着具合からして、つい最近手入れされたばかりで間違いない」

「ふぅ、安心したぜ。近場でこんな武器を紛失した話も出ていないし、坊主の判定は青。盗品ではないことは間違いなさそうだな!」

「グレイン、あの少年はどっから引っ張って来たのだ? 次は安く買い取ると伝えたが、あの反応……。また持ってきそうだったぞ」

「さあな、流れ者だ」

「また流れ者か。なら、()()()()はできんな」


 店主は『磨かれた鉄の短剣』に大銅貨8枚の値札を付け、商品棚に放り込んだ。


「良いのか? 坊主からは銀貨1枚で買い取ったんだろ?」

「聞いておったのか? まあ構わん。あれは珍しいものを見せてくれた礼でもあるのだ。もし他の武器でも同様の輝きを持たせられるのなら、その度に高値で買ってやるさ」

「爺の研究心も相変わらずだな」

「お前さんやザインのお人好しには及ばんよ」


 店主は窓の外へと目をやり、通りを行きかう人間を観察する。


「……一時期は多かったが、また最近流れ者が増えて来ておるようだな。お前さんはこの傾向をどう見る」

「本当に平和になった証拠じゃねえか? 魔王同士の喧嘩やら、神と魔王の侵略戦争が遠い昔みてえだ」

「確かにそいつらによる争いはなくなったが、無くなった原因がわからん以上この平和も仮初のものかもしれんのだぞ。だというのにお前さんは暢気に酒なんぞあおりよって……」

「爺は俺のおふくろかよ。ま、とりあえず短剣が盗品じゃない事が分かっただけ十分だ。俺は帰るぞ」

「ええい、話はまだ終わっとらんぞ!」


『ゴーンゴーン!』


 店主の声を遮るようにして、外からは夕刻を告げる鐘の音が鳴り響いた。



◇◇◇◇◇◇◇◇



「お待ちどうさまでーす! 『夜のとばり亭』特製、ラム肉のステーキと特製パン2人前ですっ」

「おお、美味そうだ!」

『(プルプル!)』


 香りだけでイリスが大興奮している。俺も目覚めてから何も食ってないから、もう空腹で身体のくすぐったさなどどうでもよくなってきていた。正直言ってステーキに米が無いのはいただけないが、異世界なのだし仕方がない。コッペパンのような柔らかそうなパンがあるのだし、良しとしよう。

 ……ん?


「お嬢ちゃん、まだ何か?」


 店員の少女が、一歩下がった位置でこちらを見ていた。


「え、えと……本当に食べれるのかなって」

「言ったろ、ちゃんと食べるって。残したりしないからあっち行っててくれ。見られてたら味わって食べれないだろ」

「カリン! 次運んでおくれー!」

「あ、はーい!」


 俺はもしや、忌まわしきチップ制度が導入されているのかと、内心冷や汗が出てたのだが、どうやら違ったらしい。しかしそうか、2人前をちゃんと平らげられるのか心配半分興味半分で見ていたんだな。危ない危ない。

 にしてもあの子、カリンちゃんって言うのか。ちょっと妙に鋭い感じがするし、これからはもうちょっと注意しておかないとな。


『(プルプルプルプル!)』

「おっとすまん、わかったから揺れないでくれ。くすぐったすぎる」

『(プル? プルル)』

「ああ、どうやって食べればいいかって? ちょっと首元から顔を出してみ」

『プル~?』


 イリスが顔をにゅっと覗かせる。そんな彼の視界に映ったのは、2人前の食事とテーブル、そして壁だろう。

 俺は今、食堂の隅っこのテーブルを陣取っており、2人掛けのテーブルで壁向きに座っているのだ。これなら、後ろから思いっきり覗き込まれない限りバレる心配はない。


「でも一応念のためだ。イリスは顔を隠して、俺の腕の裾から身体を伸ばして吸い取るように食べてくれ。それなら咄嗟の時でも誤魔化しが効くからな」

『プル』

「お前にも堂々とご飯を食べさせてやりたいが、それはもうちょっと先だな。食堂ではなく自炊できる環境なり、ホテルの自室で飯を食えるくらいの金と地力が揃ってからだ」

『(プル~!)』


 そうして俺は左手でパンをかじったり、左手でステーキにフォークをぶっ刺して頬張ったりする一方で、右手のすそからはイリスがパンやステーキを丸呑みにしていった。そして、5分もしない内に全ての食事を平らげるのだった。


「ふー、食った食った~」

『(プル~!)』


 イリスも満足気にプルプルしている。異世界の食事事情はちょっとした不安要素でもあったが、ちゃんと美味くて安心した。カッチカチの黒パンに冷えたスープなんぞが出て来たらテンションがた落ちだったかもしれない。

 いや、もしかしたらこの宿がちゃんとしているだけであって、他はハズレを引いたらそんな物件が出てくるのかもしれない。やっぱ、信頼できる組織の信頼できる人に巡り合えたのは幸運だった。いや、そもそもそんな地に降り立てたのが最初の幸運でもあったか。

 ……そういう意味では、前の世界の剛運が作用しているのかもしれないな。けど、ここから先どう動くかは俺次第だ。前の剛運はこの先どんどん作用しなくなるだろうし、俺の力で生き残らなければ。


「わっ、本当に食べちゃったんだ!」


 満腹、とまではいかないが腹が満たされたことに満足していると、カリンちゃんがやって来た。


「正直いうと、もう2人前は行けそうな気がするが、お金がないからやめとくよ」

「お兄さんすごいんだね!」

「はは、ありがと。そろそろ部屋に行きたいんだけど、案内してくれる?」

「あ、それならこっちだよー! ついてきてー」

「ありがとなー」


 と、つい()()()()調()()()頭を撫でて褒めてあげようと手を伸ばしたところで、全身を悪寒が走った。


「ッ!?」


 恐る恐るその元凶がいそうな空間へ顔を向けると、厨房の奥から悪鬼羅刹のように怒気を孕んだ目で睨みつけてくる屈強な男がいた。

 こっっっっわ!!!

 

「おっさんの比じゃないぞおい……」


 『威圧』がどうのとかってレベルではなく、純粋に命の危険を感じる! もしかすると、カリンちゃんのお父さんだろうか? となると、俺の行為は絶対によろしくないものだ。あの人に喧嘩を売るのは不味すぎる。ここは大人しく、手を引っ込めるべきだな。

 うん、そうしよう。


「こっちだよー!」

「い、いま行くよ」


 そんな状況を知る由もないカリンちゃんは、明るく元気に手を振っていた。

 にしても娘を溺愛する父親か。俺も将来ああなるのかな~。……絶対なるよな。うちの嫁達はあんなに可愛いんだぞ? その娘が可愛くない訳がない。

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