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「二人とも。もう授業が終わるよ」
呆れたように息を吐いたリオルの頬でサファイアが輝き、いつの間にか避難していたアリカが水を滴らせながら呆然と立ち尽くす二人を見て楽しそうに肩を揺らした。
合同授業を終えてそれぞれの教室へと戻り、ティリが隣に座るアリカに向かって深くため息をこぼす。
「はぁぁぁぁ……。やっぱりノーランさんもユーリさんも苦手です……」
「あはっ。二人とも怒りっぽくて困っちゃうわよねぇ」
言葉とは裏腹に少しも困った様子のないアリカがノートを広げながら、むしろ楽しげに笑った。
「あの……何でノーランさんにあんなに懐かれてるんですか?」
眉を寄せたティリがアリカへと問い掛け、「懐くって!」とアリカがまた肩を揺らす。
「もぉぉ!真面目にきいてるんですよぉ!ノーランさんがアリカさんに"貴様"って言うのも聞いた事がないですし!」
ティリが頬を膨らませ、アリカに詰め寄った。
「ごめんごめん、つい面白くって。あのね、エレメンタリースクールの頃にノーランと同じクラスになった事があるの。
ノーランったらその頃からあんな態度で、腹が立ったあたしは彼とかけっこで勝負をしたのよ」
アリカは当時を思い返すかのように、時折笑いを噛み殺す。
「なんだか微笑ましいお話ですね」
「ふふっ。六歳の頃だもの。それでね、途中でノーランがどーんって転けちゃって、前を走ってたあたしは戻って擦りむいた彼の足を治したの」
笑顔で語るアリカにティリも微笑み、静かに話の続きを待った。
「それから何故か、怪我をする度に絶対あたしの所に来るようになったってわけ」
くすくすと肩を揺らすアリカに、ティリが「……はい?」と眉をしかめる。
「……意味が、わかりません…」
「あはっ!あたしだってわからないわよ!"貴様"もいつの間にか言わなくなって、気付いた時には名前で呼ばれるようになってたの」
ケラケラと笑うアリカを眺め、ティリがもう一度深くため息をついた。
「……聞いたところでまったくわけがわかりませんでした。ノーランさんってほんとに変わり者です……。加護育成だってあんな怪我するまでやるようなものでもあるまいし……」
眉を下げて机に額をつけた彼女に、ようやく笑いの収まった様子のアリカの声が降ってくる。
「ノーランの家って代々続く由緒正しいところなのよ。家族は政治とか軍関係のお偉いさんだし」
机に頭をつけたまま、顔だけをアリカに向けたティリが呟く。
「……だからあんなに頑張るって事ですか?ご家族に認めてもらうために?」
「それもきっとあるけど、"有事の際にグランメルド家の嫡子である僕が無様を晒すわけにはいかないからな"って本人が言ってたわ」
アリカの言葉にティリが頭をぱっと上げ、不思議そうにぱちぱちと瞬きをした。
「有事って……最後に戦争があったのだって、もう二百年も前ですよ……?」
そんなやり取りの中、音を立てながら扉が開く。
生徒たちの視線が一斉に前へ集まり、ざわついていた空気がすっと静まり返る。
黒板の前に立った教師の姿にアリカとティリも口を閉ざし、小さく目配せを交わした後に姿勢を正した。