その71 呪われています、たすけてください。
皆さん、『呪い』ってあると思います?
"あるわけないじゃん"って、普通はそう思いますよね。
私も少し前までそう思っていました。
でも今は『ある』とはっきり言えます。
それはなぜかというと……私いま、呪われてるんですよ。
ええ、今。いまこの瞬間もです。
どういう呪いかというと……ちょっとその説明をする前に、私が呪われた経緯をお話しなくてはいけません。
すいませんね、まどろっこしくて。
元々のはじまりは………いつの頃からでしょうか。
私、自分で言うのも何ですが、あまり良い人間とは言えなかったんですよ。
学生のころからイジメとか万引きとか、そういうのをやる側の人間でしたし、会社で働きはじめてからも、まぁなんというか………いわゆるパワハラ気質で。
管理職になってからは、何人も部下を辞めさせました。
今となっては思います。別にやめさせた人たち、精神を病ませた人たちに問題があるわけではなかった………私が悪いだけ。私のせいで、彼らの人生と心に傷をつけてしまった………本当に申し訳なく思います。
それで、そうした中にいたんです。
その、私に呪いをかけた人が。
なんで知ってるかっていいますと………本人が教えてくれたからですね。
"私はあなたを呪いました"って。
意外ですよね? 私も意外でした。
だって、私は彼にひどいことをたくさんしたのに。
大声で怒鳴りつけたり、威圧的な態度をとったり………暴力もふるったのに。
でも彼は鬱で辞める日にわざわざ出社して、"あなたを呪いました"って。
私、最初は相手にしなかったんですよ。"バカがなんか言ってる"程度にしか思ってませんでした。
でも、それからしばらく経って、"あれ?"って思うことが多くなって。
その………なんていうか。
周りに感謝の言葉を言うことが多くなったんですよ。
たとえば外を歩いてて、道を譲ってくれた人に"ありがとうございます"って言うようになったり。
コンビニのレジの人にも毎回お礼を言うようになったり。
満員電車でスペースを空けてくれた人に軽く頭を下げることが反射的にできるようになったり。
あとは、"すいません"って言うことも多くなりました。
他人に頼みごとするときに、今までは"これやっといて"だったのが、"すいませんが、お願いします"とか……そういう言い回しが口をついて出るようになりました。
ちょっとした失敗したときも"迷惑かけてすいません"って言うようになりましたし………。
………不思議ですよね?
"これ、本当に呪い?"って、あなたそう思いましたよね。
"もしその性格の変化が、本当に何かの呪いによる影響だとしても、良いことなのでは? 何も悪いことはない、むしろ有益なことなのでは?"って………あなたそう思いましたよね。
実は、本当のところを言うと…………。
私、本心ではそんなこと全然思っていないんですよね。
本心では、私の進行方向を塞いでいる人間にはいつも腹が立っていますし、コンビニの店員ごときの格下になんで客の私が礼を言わなきゃいけないんだと思ってます。
他人に頭を下げるなんてザコのすることですし、ザコに生きてる価値なんてないんですから、そんなやつを見てるとイライラしてくるんです。
でも、頭ではそう思っているのに、体は頭を下げてますし、口は"ありがとうございます"って言ってるんです。
体験してないと理解するのは難しいかもしれませんが………自分の本心に反して身体が動くのって、本当に気持ち悪いし、腹が立ちますよ。
それに………怖い。
あの『私に呪いをかけた、退職したザコに怖がらせられている』という事実にも腹が立ちます。ますます腸が煮えくり返る。
でも身体は反射的に頭を下げるし、"すいません"と周りにペコペコする。
耐えられない。
でも確信を持って言いますけど、あなた今私のこと、"いまの方が良い人間じゃないか"って思ってますよね。
本心ではこんなに苦しんでいるんですよ。
なんで助けてくれないんですか?
助けないほうがいいと思ってるんでしょう。
呪いの存在を肯定してるんですよね。
本人の意思に反して行動を強制するなんて、現代の日本では許されない犯罪なんですよ。
私が良い人間ではないから、苦しんで当然だと思っているんですか。
じゃあ、あなたも良い人間ではないですね。
………もしかして。
あなたも私と同じ呪いにかかってるんじゃないですか?
ただ、あまりにも長くかかってるせいで、呪いのせいで強制されている行動を、自分の意思と誤認している………。
実はそうなんじゃないですか?
………次、誰かに"ありがとう"と言うことがあったら、一度自問してみるといいですよ。
『その"ありがとう"って、本当に自分の意思なのか?』……って。
あなたが自分の呪いに気づいて、私と同じに苦しめばいいのに。
………以上です。
長々とお話聞いてくれて、『ありがとうございました』。
たすけてください。




