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その70 親切な夫婦

 始まりは中学生のころでした。私今高2なので、2年前ですね。


 小学生のころからの知り合いで、クラスメイトの男の子がいたんですよ。


 どんな人だったかというと……痩せてて、身長が低くて、なんか臭くて………いつもオドオドしてました。制服とかも明らかにボロボロで。なんていうか、家が貧乏なのかなって感じの見た目だったんですけど………。


 でも実際のところ、別に家は貧乏じゃなくて。


 庭付き一戸建ての立派な家でした。なんなら駐車場には割と高そうな車まで停まってました。お金には困ってなかったと思います。むしろ裕福なほうだったんじゃないかと。


 私、家が通りを挟んで向かいだったんで、彼の親も見たことあります。


 父親はなんていうか、ベンチャー企業の営業っぽい感じで、体格も良くて、"毎週日焼けサロン行ってます"って肌色でした。なんかいつもテカテカしてて、金色の指輪とかよくつけてました。


 母親のほうは、若くて美人だけど、なんか水商売っぽい感じの印象でした。顎のラインとか、胸の大きさとか、絶対に何百万もかけてるよなって感じの…………。


 …………それで、私、例の彼と小学生のころからずっとクラスが一緒だったんです。で、ある日気になって、訊いてみたんですよね。"家は金持ちそうなのに、君はいつもなんでそんなボロボロなの?"って。


 ほら、まだ子供だったからデリカシーとかなかったといいますか(笑)


 まぁそれはともかくとして、そしたら彼はうつむいて黙り込んじゃったんですけど………。


 ………今だからわかりますけど、あからさまに虐待ですよね。これ。


 彼の身長が低いのは、ろくにご飯食べさせてもらえてなかったからでしょうし、臭いのはお風呂屋歯磨きをさせてもらえていないからでしょう。オドオドしてるのは日常的に暴力をふるわれているからでしょうし、性格が暗いのも、なんか虫歯とかあったせいじゃないですか?


 で、多分あの子、生まれてからずっとそんな扱いだったんでしょうね。親も産みたくて産んだわけじゃないんでしょうね。行政も、周りの人たちも、誰も助けようとしなかったんでしょうね。


 あるいは助けられなかったのか………。


 まぁ向かいに住んでた私が言えるようなことじゃないんですけど(笑)


 ………で、まぁ私もたまに"かわいそーな子だなぁ。誰か助けてあげてほしいなあ"とか思うくらいで、正直あんまり関心がなかったんですが。友達だと思われたくないですし。


 だけどある日、そんな状況に変化があったんですよね。


 きっかけは、例の男の子の家のとなり。大きめの新築一戸建てに、新しく家族が引っ越してきたことでした。


 どんな家族だっていうと、まぁやっぱり同じくらいお金持ちそうな家族です。でも隣とは違って上品そうで、落ち着いていて………なんていうか、いかにも"コツコツまじめに何十年も働いてきました"っていう印象の、初老の夫婦です。子供はいないようでした。


 引っ越してきた当初、私の家にも挨拶にこられたんですが………話しぶりや所作もしっかりとしていて、"隣の家とは真逆だなぁ。おせっかいだけど、上手くやっていけるのかなぁ"って、そんな心配をした覚えがあります…………。


 それで、2ヶ月くらい経ったころでした。


 ある日、その初老の夫婦の、奥さんのほうです。私が下校しているときに道でばったり出くわしまして、少し話したんです。


 最初はまぁ当たり障りのない話から始まったんですけど、思いのほか盛り上がりまして………20分くらいかな? 道ばたで立ち話したんです。


 そしたらですね、例の男の子が近くを通りまして。下校ルートが同じだから当たり前なんですけど。


 それで自然と、その彼の話になったんです。


 で………まぁその、彼の様子って、やっぱりちょっと異常じゃないですか。だから奥さんの方も心配していたようで………。


 "たぶん彼、虐待されてるんだと思います"………って私が言ったら、その奥さんも"まぁ"と驚いたような反応をして………。


 それでちょっと、あの家の家族構成とか話して、それで終わりました。


 そして………。


 1ヶ月後くらいでしたかね。


 そのころから、例の男の子の様子がどんどん良くなっていったのは。


 はい、良くなっていったんです。


 肌ツヤも良くなって、毎日お風呂にも入れるようになったみたいでした。制服もカバンも新品になってましたし……明らかに笑顔が増えて明るくなって…………医者にも通っているようでした。


 なんか、逆に不気味でした。それまで何年もひどい状態だったのに、きゅうにそんなことになるなんて。


 だから私、気になって訊きました。"なんか急に明るくなったけど、何かあったの?"って。


 そうしたら、彼………。


 "親がふたりとも行方不明になったんだ"って、笑顔で教えてくれました。


 私、向かいに住んでいるのに全然気がつかなかったから、すごくびっくりして、さらにいろいろ質問しました。"え、なんで?"とか、"お金はどうするの?"とか、"警察には?"とか………。


 彼の答えはだいたいこんな感じでした。


 "理由は分からないけれど、ある日突然帰宅しなくなった。帰ってきてほしくないし、面倒だから警察には言っていない。

 父や母の勤め先から人が訪ねてきたけれど、今のところおおごとにはなっていない。

 生活費に関しては、隣の夫婦が面倒を見てくれている。

 なんでお金を出してくれるかっていうと、彼らには子供がいないから、親切心で出してくれているということらしい。

 正直、父にも母にもずっとひどい目にあわされていたから、いなくなってくれてすごく嬉しい。何が起こったのか、別に興味ないけれど、できれば惨たらしく死んでくれていると嬉しい。"


 ………要約するとそんなことを言ってました。


 私、喜べばいいのか、怖がればいいのか、分かりませんでした。


 人がふたりいきなり行方不明になるなんて、明らかに異常ですし、喜ぶべきじゃないのに、でも目の前の彼はたしかにそれで助かっていて。


 それに、隣の夫婦も怪しいです。いくらなんでもタイミングが合いすぎてます。親切だからといって、赤の他人の子供の生活費を出してあげるもの不自然ですし………。


 私、もしかしたら、(あの夫婦が彼の両親を殺してしまったのではないか……?)なんて考えました。


 でもなんのために? きまってます。


 彼を虐待から救うためです。


 私が、"彼は虐待されている"だなんてあの夫婦の奥さんに話してしまったから……だから、こんなことになってしまったのかと………。


 私、それ以上何も言えませんでした。


 私………彼が人生を取り戻した喜びよりも、自分が犯罪のきっかけになってしまったのかもしれないという恐怖のほうを、つよく感じてしまったんです。


 ………で、実はこの話の本題はここからで………。


 私がいよいよ中学校を卒業しようという頃でした。


 例の彼も当然、同じタイミングで卒業することになったんですけど………ちょっと進路について訊いてみたら、彼、進学しないんですって。


 (まぁ、両親がふたりともいなくなってしまったし、当然か……)なんて思いながらその話を聞いてたんですが………。


 なんていうか、よくよく聞いてみるとそういうわけでもないみたいで。


 彼、いつの間にか隣の夫婦の養子になってたんです。


 それで、"あの夫婦は自分を救ってくれたから、働いて恩返しをしたいんだ"ってことで、彼、中卒で働くことにしたそうです。


 他人の人生の選択にとやかくいうつもりはないですけど……その…………。


 あの夫婦がそれを許したのが意外だなって。


 だって、まともな感性してたら、わざわざ養子にとった子供に中卒で働いてほしいなんて思うわけないじゃないですか。たいへんな人生になるのは分かりきってるんですから…………。


 でも、彼の決意はかたいみたいで………有無を言わせない感じでした。


 私も、それ以上突っ込む理由も義理もなかったので………"がんばってね"とか、そんな当たり障りのないことを言ったおぼえがあります。


 それから、私は高校生になって、彼は社会人になって………。


 ときどき、朝出かけるときにちらりと姿を見るくらいだったんですが…………。


 半年ほど前に、彼のお葬式がありました。


 過労死だったそうです。


 毎日深夜まで働いて………土日もいろいろなことで動き回って………。


 その果てに、朝、駅のホームで倒れてそのまま起きなかったそうです。


 私、彼の葬儀に出席したんですけど………。


 あの夫婦………彼を養子にとった夫婦、すごく悲しんでいました………。


 "どうして気づけなかったのだろう"とか"私たちの責任だ"とか………そんなことを泣きながら言ってましたけど。


 どうにもそれらの言葉が白々しく思えて、私。


 あの夫婦に不信感を抱くようになったのはそれからです。


 あの笑顔も、柔らかな物腰も、本当は何かおぞましい本性を隠すための擬態なのではないか………そんな考えが頭にこびりついて。


 だからそれを確かめるために、私、探偵にお願いしました。あの夫婦の来歴とか、そういう調査を。


 バイト代と貯金、合わせて数十万円使って………本当は未成年がこういう契約するのは、保護者の承認がいるんですけど、その探偵さん、親切な人で………黙ってやってくれたんです。


 そして分かったのは………。


 あの夫婦、実はとんでもない大家族だったんです。


 一緒には住んでいません。あの家に住んでいるのは夫婦のふたりだけです。


 でも、全国に10人以上もの………いたんですよ。


 養子たちが。


 その養子たちも、みんな何らかの事情で親を失った人たちで………みんな、ひどい境遇から救われた人たちだったんです。


 「彼」と同じように。


 そして、その養子たちも「彼」と同じように………過労死したり、その寸前で入院していたり………。


 たくさんたくさん働かされて………そのお金を夫婦に納めさせられているんです。


 私、それを知ってしまってから、怖くて………。


 だってそんな都合よく、不幸な身の上の子供ばかり引き取れるわけないじゃないですか。子供たちがみんな多大な感謝のために過労になるわけないじゃないですか。


 あの夫婦、狙ってやってるんですよ。


 そのために何回も引っ越ししてるんですよ。全国を………。


 そして手を尽くして、子供たちを引き取って………。


 カネも命も吸い上げ尽くす。


 あの夫婦の裕福な雰囲気は、子供たちの苦しみの上にあったんですよ………。


 ………あの老夫婦、私の家の向かいから2ヶ月前に引っ越しました。


 どこに行ったかは知りません。

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