その69 メタ・フィクション
いやまぁ実際さぁ。
こわい話のパターンなんて出尽くしてるワケですよぉ。
それが創作か実話かは別としてね?
まずはまぁ……普通に幽霊とか怪物とか、殺人鬼とか出てくるタイプの話ね。
こういうのって、最終的に退治するパターンもあるし、遭遇したあと結末までは語らないパターンもあるわけですよ。
個人的には語らないパターンはあんま好きじゃないんですけどね。あくまで個人の好みですが。
他には、なにか怪異に遭遇したけどとくにオチなく終わるやつね。むしろ『怪談』って言ったら化物どーん!よりこっちのほうが『怪談』らしいスかね。
『結局、私があのとき見たものはなんだったのでしょう……?』みたいな?
このパターンはいい話にも持ってけるし、下手に説明するよりかは、聞き手の想像力を刺激することもできるので心に残る話になる可能性があるわけです。ショックな場面は作りにくいから、ウケにくい諸刃の剣でもありますけどね。
あとはそうだな………メタ・フィクションもメジャーですよね。『実はこの話を聞いてるアンタももう怪異にまきこまれてますよ』的なやつ。モキュメンタリーとかもこれに含めていいのかな?
まぁ、キマればインパクト抜群ですけど、乱用されがちなんで、聞いてるがわが『はいはいまたこのパターンね。』って覚めちゃう可能性が高いですよね。メタ・フィクション的構造自体が"オチ"なんで、話も作りやすいし。
怪異との遭遇過程ももうパターン出尽くしてるんですよね………。
『タブーを犯す』とか、『奇妙な出来事に好奇心から首を突っ込むとか』………『見ていると思っていたら見られていた』とか………。
とにかくもう、物語としてのこわい話ってのは、もう序も破も急もパターン出尽くしていて、その味付けをどう変えるかって話でしかないわけなんすよ。いやこわい話に限ったことじゃないですけど。
なんでまぁ……。
結局私なにが言いたいかっていうと…………。
"こわい話"をたくさん聞くのは、あんまり良くないってことです。
なぜかっていうと、いま言ったような物語のパターンを、もうみなさんもなんとなく分かっちゃってるんですよ。だからますますこわい話を求めてしまう。
"今度は違うんじゃないか""今度は自分の知らない刺激を与えてくれるんじゃないか"……ってね。
『あのとき感じた以上の恐怖を、また味わわせてくれ』
そうやって、『次』に期待して………インターネットでも、本でも、怪談イベントでも…………ますますたくさんの"こわい話"を求めてしまう…………。
でもさ。
『怪談』とか『都市伝説』とかってさ。
『ちゃんと聞かなきゃダメなやつ』もあるんスよ。
いやオカルト的な話じゃなくてですね。
『危険を避けるために、昔から伝えられてた話』とかです。『警句』のような。
人々が本能的、あるいは意図的に………『これはヤバい』と感じたことを、物語か、そうでなくてもちょっとした雑談として他人に伝え………それが伝播したもの。
そういったものも『こわい話』には確実にあります。
でもあんまりたくさん『こわい話』ばかり聞いていると………そういった本物の警句に気がつかなくなる。
『またこのパターンか』と、軽く流してしまう。
そうして、本物の危険のシグナルを見逃し続け、聞き逃し続け…………。
死ぬ。
………だからね。こわい話には慣れちゃいけないんです。
もしかして、もう手遅れだったりします?
あなたこの話、あんまり真剣に聞いてなかったでしょ?
………まぁ、これもよくあるメタ・フィクションですよ。




