その66 スターマン
デヴィッド・ボウイ、好きですか?
私、すごく好きでして………とくに「スターマン」とか、初めて聴いたのは小学生のときでしたが、衝撃を受けました。
歌詞は英語なので正直何言ってるか全然わかってませんでしたが……あの歌声がすごく魂に響く感じで………何度聴いても新鮮な感動を感じていたものです。
そんなだから、中学校から帰ってきて、鞄を置いて、1つ下の弟と一緒に遊びに行くときも、いつもCDウォークマンでデヴィッド・ボウイのアルバムを聴いているような少年でした。
とくにその日は、学校のクラスで妙なうわさが経った日で………"昨日の深夜、近所の山の中に隕石が落ちたのを見た"というクラスメイトが何人かいたんです。
私、それを聞いて、どうしてもその隕石を見つけ出したくなりました。しかしクラスのほかの友達たちはみな乗り気でなく………ひとりで夕方の山の中にいくのも危険なので、せめて弟を連れて行こうと思ったんです。
弟とは仲が良かったですから、彼はふたつ返事で了承してくれました。同居していた祖父にひと言行き先を伝えて、ふたりで隕石が落ちたと目される近所の山の中へ走って行きました。
その山は、私も小学生のころからよく遊び場にしていた山でしたから、慣れたものでした。緩やかな坂を上がっていき、途中で登山道を外れて藪の中を進みました。
空は暗くなりはじめて、燃えるような橙色の夕陽が、あらゆるものに暗い影を落としていました。コントラストの強い木々や草花たちは非現実的な雰囲気を醸し出していて………私と弟は、このちょっとした冒険にすっかり夢中になってしまっていました。
気がついたころには、私たちふたりは見覚えのない場所に立っていました。
そこはどういうわけか木々が生えていない円形の広場で、地面に草木はなく、土がむき出しでした。夕陽のせいで影は色濃く、紫に近い色の空には星が瞬きはじめています。
その星々の下、広場の中心に、誰かがいました。
その誰かは………なんとも形容し難い存在でした。それはまっすぐに私達に相対して立っていて、ヒトのシルエットをしていました。しかしその全身は淡く白く発光していて………細かい部分はそのせいでよく見えませんでした。
『光のヒト』………そう呼ぶのがふさわしいのかな。
私の片耳にはCDウォークマンのイヤホンがかかっていて、そこからはデヴィッド・ボウイが流れています。『スターマン』の歌詞が聴こえていました。
光のヒトからは恐ろしい感じはありませんでした。ただ彼はこちらをまっすぐに見ていて、穏やかに風にふかれているだけです。
私がその姿に目を奪われていると、私のそばにいた弟が、一歩先に進み出ました。彼はどんどんその光のヒトに近づいていきます。
私はあわてて彼のあとを追いました。
弟はとうとう光のヒトの前に立ちました。彼もまたまっすぐに光のヒトの顔らしき場所を見上げていて、その瞳は光を反射してキラキラと輝いていました。私は横からその表情を見て……どうやら弟とこの光のヒトとの間に、私にはわからない意思の疎通がなされているのだと直感しました。
やがて光のヒトが動きました。光のヒトは両手を上げて、両方を弟に向かって差し出し、手を広げました。するとそこには、ふたつのものがそれぞれ乗っています。
片方の手のひらには、黒くてゴツゴツした石がひとつ乗っていました。石の表面にはたくさんの穴が不規則に空いていて、見た目は溶岩が固まったものにそっくりです。
もう片方の手のひらには、一輪の花がありました。薄紅色の花弁がついた、桜の花です。それが短い枝のついた状態で、光のヒトの手のひらに乗っていました。
私は弟を見ました。弟は真剣な表情でそれらふたつを見比べていて、迷っているようでした。異様な状況でしたが……私はなぜか"邪魔してはならない"とつよく感じて、弟の選択をじっと見守っていました…………。
やがて弟が手をのばし、光のヒトから受けとったのは………
石でした。
次の瞬間でした。
あたり一面がまばゆい光に包まれ、目がくらみました。私はしばらくその場に立ち尽くし………視界が戻ってきたころには…………。
光のヒトと、弟の姿はどこにもありませんでした。
広場には私以外に誰もおらず………満天の夜空の下、イヤホンからデヴィッド・ボウイの歌声だけが響いていました。
変化といえば……
弟が立っていたあたりに、大きな岩が出現していたことです。それは丸くすべすべした表面の黒い石で、ちょうど、子どもがうずくまったくらいのサイズで…………
………ええ、たぶん、これ、弟です。
でも全然悲しいとかそういう気持ちはわかなくて………私はなぜか、彼がひどく羨ましいと思いました。その石の傍らに腰をおろし、抱きしめたくなってしまうほどに。
………これが、私が子どものころの体験です。
その後大人たちが探しましたが、もちろん、弟は見つかりませんでした。私も事情を聞かれましたが、正直に話したところで信じてもらえるはずもなく。
あの石も、あれ以来あの山の広場に放置されたままのはずです。
あの光のヒトはいったいなんだったのか………
弟はああなって、果たして幸せなのか………
今も私は、『スターマン』を聴くたびに、そのことに思いを馳せざるを得ないのです。




